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316 アフターケア

「残れ、って言いたいの? 私たちに帰還以外の何かを願わせて、そしてまた戦わせたいって……そう企んでるってわけ?」


 どうしても恐る恐るの、戦々恐々とした問いかけになった。だってそうだろう、もしもこれが合っているならとんでもないことだ。女神はマジで怖い奴だ──何度も死線を彷徨う体験をして、本当に命も落としかけて、それでようやく果たした魔王討伐。その激務からようやっと解放されたというタイミングで、まさかまさかの次なる激務を。それも対魔族よりもよっぽど困難になることが目に見えている超激務を課そうとしてくるなんて、そんなの酷すぎる。いくらなんでも人心不足にもほどがあるだろう。


 だからどうかそうでありませんようにと本気で、心からの願いを込めながら確かめたんだけど……うん。訊ねられて女神がにこりと、わざとらしいまでに口角を引き上げて、これまでで一番の笑みを作ってみせたことで。こればかりはどんなに願おうと叶う余地のないものだと知らしめられた。


 そうだろうさ、この女神に人情的なものをほんの少しでも期待するほうが馬鹿なんだ。


「わたくしが提案するまでもなく理解頂けてとても嬉しく思います、はるこ。あなた方には是非とも勇者役を続投・・してもらいたいのです。この世界を管理するものとしてはそれが最も望ましい」

「いや──いやいや! ちょ、ちょっと待ってよ女神。続投ってそれ、どんだけ無茶言ってるかわかってる!?」


 アンラマリーゼの動向を、その思考まで含めて最初から最後まで把握できていたっぽい女神だ。それと同じようにどうせ私たちの旅の様子もずっと見守っていた──もっと明け透けに言うなら監視をしていたはず。だったら、私たちがどれだけ苦しい戦いを強いられてきたか。一歩間違えればどこで誰が死んでいたっておかしくないような激闘の連続だったことだって見てきているはずなのだ。


 なのに、その戦いが終わったってところで「もっと戦ってくれ」とこうも迷いも衒いもなく頼めるものか? 頼んでいいものなのか? 否、断じて否だ。これはあまりにもふざけすぎている。いくら神だからって、人とは違う立場にいるからって見過ごしてはおけない舐め方・・・をしている。


 特に私は勇者一行の中でも各段に死に近く──それは偏に私の弱さと運のなさのせいではあるが、それは私を選び祝福を与えた女神の責任でもある──こうして存命なのが我ながらに奇跡だと思えるくらい散々な目に遭ってきている。そんな私をいの一番に呼びつけて勇者の立場から解放したくないなどと宣うのは、舐めているどころか舐め腐っているとしか表現のしようがない蛮行だ。そうビシッと言ってやる必要があるだろう。


「勿論、言いましたようにこれはあくまでも提案。強制ではなく、選択権があなたにあることは変わりありません」

「へ?」


 意気込んで反論しようとしたところで水を差されるというか、釘を刺されるようにそう言われて私の勢いは削がれる。え、こっちで選んでいいの? 本当に? てっきりご褒美を何にするかこっちで決めていいなんていうのは見せかけだけのポーズで、魔王討伐の使命を課してきたときがそうだったように、女神の思う通りに動くことを強制されるのだとばかり思ったんだけど。だから続投してくれと言われて頭が沸騰しかけたわけだけど……そうじゃないっていうんなら私としては嬉しい限りだ。


 選べるのなら当然にご褒美は帰還を選ぶ──うん。それしかない、けれど。


「帰還を願うならアフターケアも施しましょう」


 と、私の中に生じた一抹の迷い。さざ波のようなそれに揺られたところに、女神がさも素晴らしいことをするみたいな口調でそう言った。アフターケア? って、何をするんだ。


「こちらの世界での記憶を全て消します」

「は?」

「覚えていてもあなたは苦しむばかりでしょうから」

「何を言って……」


「だってそうでしょう? あなた方が役目を終えて帰還してしまえば、残されるのは第五大陸の強魔物にとても敵わない現地戦力のみ。それ即ち帰還の選択が彼らの滅亡を決定付けると言っても過言ではない、そういう構図になってしまう。元の世界に戻ったとしてもその事実は心に良くないものを残す……それははるこ、あなたのように正しさこそが報われるべきだと強く信奉している者には、些か以上に酷なことですね」

「…………」

「では帰還を選択しなかった場合にどうなるか? それは単純です。引き続きあなた方が、人々の希望たる勇者一行が世界を守るために戦う。あなたが想像した通りの物語ストーリーを描いてもらいたく思います。──それでも戦力が足りているとは思えない、ですか。いいえはるこ、あなたの想定には欠けている要素があります」


 すっ、と流れるような美しい所作で女神が手を伸ばし、私へと向けてきた。その手の中には目に見えない「何か」がある。それが私にはよくわかった。


 これは、もしかして。と覚えのある状況に俄かにあのときの記憶が蘇ったところへ、粛々とした女神の肯定。


「ええ、そうですはるこ。祝福を追加・・いたしましょう」

「つ、追加ってあんた」

「過剰な干渉は管理事故の元となります。あなた方の対となる黒である魔王並びに魔族によって天秤を釣り合わせるならともかく──無論それとてシステムへの思わぬ弊害を思えば積極的に取るべき手段ではないのですが。ともあれ勇者だけにわたくしの力をたっぷりと与えるわけにはいかない。そういうルールがあることはおわかりですね?」

「そーね……たっぷりはダメね。平等じゃないものね」


 そんなルール知ったこっちゃねえからたっぷり寄越せよ命張ってんのはこっちなんだからよ……と思わずチンピラめいた言葉も出かけたが、私もそれが管理のためには悪手だってことは理解できているために頷くしかない。それを受けて女神は「やはり丁寧に説明してよかった」と嫌味っぽいセリフにまったく嫌味を含めずに言って、続けた。


「システムの放棄が決定された今となっては生き残りの魔族を加護の対象とするわけにも参りません。あくまで魔王と勇者によるバランス取りですからそれも元より無理筋のこと、次代が訪れて尚それに固執していては世界の仕組みがその是正として黒をより強める可能性まで出てくる。それがなんとしても避けねばならない最悪のひとつであることも、もうあなたにはよくおわかりですね」


 また頷く。女神はまた続ける。


「故に天秤式の調和は不可能。あなた方へ追加の祝福を施すのも本来ならば不可能──ですが、あなた方から褒美として追加それを望むのなら話は別です」

「私たちから望めば……? なんでそれで制約がなくなるのさ」


 問題となるのは白側の一部へ過度に女神パワーを与えるというか、女神が手を出すこと自体が世界の仕組みを狂わせる原因だって点であって、その行為の主体が与える側の女神にあるか与えられる側の私たちにあるかは重要じゃないだろう。そこの差で何かが変わることもない……としか思えないんだけど、どうやらこの考え方は的外れでこそないものの本質を突いてはいなかったようで。


「問題となるのは正当性・・・です。魔王と勇者へ対等に干渉したのも正当性を守るため。そこさえ乱さなければ世界が不意に揺れることもないのです」

「あんたが私たちに追加で力を与えることも、そこに正当性さえあればできるってわけ……?」

「まさしく。そしてその用意は既にできております」

「……!」


「あなた方へ魔王討伐を強制したことへの対価が『願いを叶える』こと。それもまた正当性を得るための制約に他ならない。その制約によってわたくしにはあなた方が望むことを可能な限りに叶える義務(権利)があるのです」


 それは世界の仕組みに反しない正しい行いである。と、女神はそう言った。



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