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312 第五大陸

 アンラマリーゼには見えていたようだった。自身に繋がれた行き先を縛り付ける宿命の糸……運命の鎖が可視化されているかのようだった。と、女神は微笑みのままに言った。


「紡がれた過去でもなく、紡がれていく未来でもなく、彼女がひたすらに今を求めたのは。わたくしの導きによってではなく、彼女自身が導いた結論であり希望だったのでしょう。故にはるこ、あなたとの決着こそを第一にした。当代の王の始末よりも王都の破壊よりも、あなたを。彼女は喜んでおりましたよ」

「喜んでいた? 何を」

「勇者の一人があなたであることを──自分の前に初めて立ち塞がった敵が、あなたであることを。アンラマリーゼは大層に喜んでいた。重く背負う使命さえも、あなたとの逢瀬のひと時だけ捨て置く程度には」

「……ま、それは感じてたよ。アンちゃんてばちょっと、私のこと好きすぎんなって」


 おどけて言いながら考える。アンラマリーゼの本音ラブコール。私はそれに応えられただろうか? 彼女の熱、彼女の想い、彼女の吐き出したい全部。私にだから向けたはずのそれらに、同じだけのものを私は向けていただろうか? 返せていただろうか? ただそうあれと宿命に生かされているだけの彼女へ、そんなことを忘れられるくらいに楽しい時間を与えてやれただろうか……。


 別に、そんなものをくれてやる義務なんてあるわけじゃないんだけど。だって魔族はどうしたって人類と相容れない連中だって、それはもう嫌ってほどに実感させられてきたことだから。魔族に傷付けられた人も物も私は忘れていないし、忘れちゃいけないから……その音頭を取っていた魔王に同情なんてしないけれど。


 でも魔族がそこまで外れてしまったのは女神の画策によるもので。アンラマリーゼはその因果を一身に背負わされていたようなもので。いくらカルメラの生まれ変わりだからって彼女だって一個の命、本当なら一人の人でしかなかったはずなのに、そうじゃなくさせられて、その末路を辿る以外に道もなくて。そんな境遇にあったことを知ってしまえばどうしたって考えないわけにはいかない。


 せめて少しでも悲しまずに逝けたのかなって。ちょっとでもそれを癒せるように見送ることができたのかなって、そう思わずにはいられないのだ。


「素晴らしき愛です」

「はい?」

「人同士が育む愛とはまた異なる。敵同士が故の、決して交わらない者同士であるが故の愛なのです。アンラマリーゼはあなたへ、そしてあなたもアンラマリーゼへ確かにそれを捧げていた。憂うことはありませんよ。あなたは同じだけのものを返していたのです。アンラマリーゼは受け取った。自分が生きた証を、悔いのない死を、はるこによって与えられた。わたくしに誓ってそれを保証いたしましょう」

「……さいですか」


 なんだかな、と思いながらも。女神の言うことに嘘はないし、人さまの内心を無遠慮にも見抜きまくる彼女のこと、きっとアンラマリーゼが何を思っていたかについても正しく把握しているのだろうから、それが間違いだったり勘違いだったりすることもないはずで。だから少し安心を覚える。


 死に際に見たアンラマリーゼの笑み。儚くも優しいまるで幻のようだったあれは、幻ではなかったのだと。本当の彼女の笑顔だったのだと信じられたからだ。


「猜疑を持ちながらも宿命に殉じた彼女にはわたくしも敬意を払いたく思います。彼女だけでなく、これまで均衡の維持に大いに役立ってくださった歴代の魔王と魔族たちにも。その尊い犠牲あってこそ次代を迎えられるのですから。……と言っても、本当に新しい時代を迎えることができるかは人類のこれからに懸かっているのですが」


 だろうな、と私は頷く。思惑通りにアンラマリーゼを誘導して、目論見通りに魔王期の終焉へと導いたんだ。女神には言わずもがな次代の形が、どういう波が世界に起ころうとしているのかは知れている。そして起こる前からそうやって前兆を受け取っているってことはつまり、それは大小で言えば大のほう。白を全滅させかねない大きい波ってことになる。


「いい加減に教えてよ。魔族に代わって人類を脅かす次の黒ってのは、いったいなんなの?」

「魔族の存在が塞き止めていたもの。『第五大陸』の魔物たちです」

「────、」


 だいご……え、なんて? 第五大陸? そう言ったの今?


「第五って、何さ。大陸の数は四つでしょ?」


 人間の国だけじゃなく、エルフの国やドワーフの国や獣人の国もあるっていう第一と第二の大陸。そしてそれより小さくて、連合国っていういくつもの種族が寄り集まって形勢された「対魔王期」のための前線基地ひとつしかないここ第三大陸。その第三大陸よりもさらに小さい、そして魔族以外の生き物がいるのかすら定かではない──瘴気と呼ばれている初代魔王の魔力の充満を思えばマジで皆無か、いたとしても魔族由来で瘴気に適応している独自生物くらいだろう、とエルフタウンでルールスさんから話を聞いたときにそういうこぼれ話もしてもらった──魔境こと第四大陸。


 これだけしか私は知らないし、たぶん、こっちの世界の住人たちも同じだろう。第五の大陸なんてものがあるなら第一や第二の話が出たときに一緒に説明されてなきゃおかしい。これまで一度だってそのワードが出てこなかったからにはバロッサさんもルーキン王も、そして魔王期を三度も経験している超絶高齢者かつ知恵者であるルールスさんもその大陸の存在を把握していないってことになる。そんなのがありえるのかって話だ。


「あなたは大陸の位置関係については?」

「あーっと……それも前に聞いてるよ。こう、連合国のある第三大陸を中央に置いたとして、その上にふたつ並んであるのが第一と第二で、反対の下にぽつんとあるのが魔族のいる魔境……で、合ってるよね」


 めちゃくちゃ大雑把にしか理解していないけど、でも第三大陸が魔境に蓋をしている構図だってことはしっかりと覚えているので、大きく間違っているってことはないはずだ。身ぶり手ぶりのジェスチャーでそれぞれの大陸の位置を示してみせた私に、女神は小さく頷きを返してその手を伸ばした。


「ここに第五大陸があります」

「ここって……」


 女神の手が置かれたのは私が魔境・第四大陸の位置とした場所よりももうひとつ下。しかも距離を明らかに離している、言うなれば最下層の位置だった。


「第四大陸にはカルメラの魔力が満ちる以前から何もありませんでした。草木も生物も殆どいない、種族間闘争時代よりも古い時代において五人種の祖たちが見捨てたまさしくの不毛の地。そんな場所だからこそ魔族の住まう檻に相応しかったわけですが──」


 さらりとまたまた人心に欠ける物言いをしながら──これで魔族に対して悪感情がないどころか「犠牲にした」ということを多少なりとも悼む思いがある様子なのがかえって恐ろしい──女神は続けて。


「人類種が寄り付かず、また距離故に観測の術もなく、第五大陸は人の目に触れることなく今日へと至った。しかし、もしもかの時代にカルメラが生まれず、わたくしがシステムの導入を行わなければ、否応なしに人類は第五大陸の存在。そしてそこに蔓延る脅威についても気付かざるを得なかったでしょう」

「……! それって、じゃあ。あんたが意図的に波を起こすことで防いだ大きい波っていうのは、その第五大陸にある脅威だっての?」

「ええ。ですのでと称すならそれは第三大陸以上に、第四大陸こそが正しいでしょうね」


 第四大陸が魔境と化していたからこそ真なる次代の黒は生じなかったのですから、と。女神は淡々とそう言った。



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