310 大いなる波
白は世界を構成する最大勢力であるために、常に脅かされている。女神の言う波というのがそれだ。白の存続を危ぶませるイベントが、何かしら不定期で起こるわけだ。黒っていうのはつまりその波によって出現するその時々の「何か」を表す言葉であって、私が考えていたみたいな「人類に対する反抗勢力」に限るものではない。人類にとって脅威であればそれは伝染する病も自然災害も黒であり、世界が引き起こしたイベントである。
そもそもそんなイベントをなんで世界は起こすのか、って思うけど。これはもうツッコんだところでしようがない。女神もさんざ言った通りに世界はそういうもの、自ずと滅びの道を辿ろうとするものだと飲み込んでおくしかないようだ。こういうイベントでかき回さないとそれこそ停滞によって瞬く間に滅ぶ。無変こそが世界にとって何よりも忌避しなければならないものであるからには、最大勢力に変化と流動を促す波は絶対的に必要なんだとか。
そして波には小さいのと大きいのがある。小さいのは字面通りに人類を全滅させるには至らない、そこそこの変化とそこそこの流動を求めるもの。これに関しては本当に頻度も多く、対処する意味もあまりない──というか対処するほうがマズいので女神もほとんどノータッチ。例に出すならゴブリンだとかオークだとかトロールだとかの人を積極的に襲う魔物。その存在も、繁殖や移動で被害が増えたり減ったりする点も合わせて一応は小さい波にあたり、広義的な黒に含まれる。けれど、だからとて特定の魔物の脅威度が上がるたびに女神がそれに手を下すようなことをしていたら、あっという間に白と黒のバランスはどうしようもなく崩れてしまう。
そんなことにならないよう、女神は小さい波に関しては慎重に判断と選別をしなければならない。ほとんどノータッチ、とはつまり小さい波にも女神が介入しなければならないものもあるということだ。そういう意味では、人類を全滅させるほどではないけど常にその数を減らす一因になっていた「人種間でのいがみ合い」も広い意味では黒であり小さい波だったと言えるだろう。女神はこれに対して小さい干渉を何度か行い、けれど手応えを得られず。その内に干渉を控え目にしていられない状況に陥ったことで大きい干渉に切り替えた。それがカルメラへの接触と、それを起点とした魔王と勇者システムの導入だ──では、女神がそうすることを強いられた原因とはなんなのかという話だけど。
「大きい波が起こった……いや、起ころうとしていた。だからそれよりも先に、多少強引になろうとなんだろうと、現状の問題をどうしても解決しなくちゃいけなくなった。そういうことだよね」
「まさしく」
女神は頷いた。
大きい波は小さい波の反対だ。人類全滅待ったなし。女神がなんらかの手を下さねば高確率で白が滅び、世界も滅ぶド級の緊急事態。何十年、あるいは何百年に一度。波が安定している世界であっても最低でも千年から二千年に一度はどうしてもそういったとんでもないことが起こるらしい。この世界で言えば内輪揉めという(あまりよろしくないタイプの)流動自体は行われており、魔物の被害も決して少なすぎず、安定していると言えばしていたようだけど、それでも大きい波は到来しようとしていた。
その大きさ故に発生前に予兆を感じ取れもするということで、女神は先んじて手を打つことにした……人種間闘争が収まらないままに大きい波が来てしまえばそれこそ全滅が確実。推測するまでもなくそれが明らかであるからにはそうする他に選択肢がなかった、ということだ。
五人種という白の一部を切り捨てるような真似は、本当の意味で女神にも苦肉だったんだ。
「魔王率いる魔族。それを大きい波に見立てることで本物の大きい波を未然に防いだ。そのついで、っていうよりもうひとつの狙いとして人種間闘争を終わらせて人類を団結させた。それは、いつか魔王と勇者システムが破綻して、変革を求められたときに、別の大きい波にも抗えるようにっていう準備でもあった……合ってる?」
「それも、まさしく」
女神は再び頷いて、言う。
「遍くが備えでなくてはなりません。波は繰り返されるもの、滅びの火種は幾度となく熾るもの。黒のひとつを退ければそれで良しとはならないのです。次なる黒へ、大いなる波へ備え続けねばならない。現在の黒への対処は次代を見据えて行う。それが管理の鉄則であり世界存続の不文律。疎かにすればたちまちに未来が細まり行き詰まっていく……それを回避するための手段に黒を管理者手ずからに用意するというものがあります」
魔族がまさにそれだってことだ。そこらの魔物なんかよりよっぽど強くて、よっぽど積極的に人を襲う脅威。ともすれば人類の絶滅も「起こり得る」程度にはヤバい黒を作り上げればそれは大きい波と同等のイベントと言っていい。白に変化と流動さえ起きたなら世界はそう認識する。
大きい波が起きる前にそこへ一石を投げ入れて他の波を起こしたようなもの、か。この喩え方がどれだけ正確に実態を捉えているかは不明だがとにかく私はそう認識しておく。そして現在は女神の一石で起きた波がついに収まった。収まらせる動きを世界が見せたことでまた女神が手ずからにそれを促進させた、という段階にいると。
もうシステムの維持に限界が来ていることだって女神は予感していたんだから、そこで変に抵抗しようとしなかったのは正しいのだろう。おそらく、それをしていたらかえって世界は大きい波を起こしていた。今度こそ止めようもない、何もかもを壊し尽くす黒を生んでいた。それで滅んでしまった悲劇的な例を女神は知っているとのことで。
「形も脅威度もまるで予測の付かない黒が生じる危険性は、可能な限りに排する。これも管理者の守るべき鉄則のひとつ」
「だから魔王と勇者システムを撤廃するために色々とやったんだ。色々って言ってもアンラマリーゼを唆すのと、それに合わせて勇者の数を増やしたっていうのが肝心な部分だろうけど」
「ええ、アンラマリーゼが自覚するともなく自らの宿命に殉じると決めていた、その時点であるいはそれ以上の干渉がなくとも魔王期は終焉を迎えていたやもしれません。ですが白の未来を思えば魔王が勝ち、魔族が生き残り、白と黒が逆転してしまうよりも現存の白を残したいというのがわたくしの求むるところ。管理者としての本音でした」
場合によっては魔族が白になっていた可能性もあったようだ。元が白から生まれた黒であるからにはそういうこともできる。女神がそれを白として扱って管理を目指せば世界もそれに応じて波を変えていく。妙なところではかなり融通が利くものらしい、世界の仕組みっていうのは。
ただしただでさえ数が少なく、また魔王ありきの纏まり方しかできない魔族を再び魔人として使って管理していくのではそれこそ先細りの未来しかない。次代を、そのまた次代を見据えるなら断然に四人種を残すべきだというのが女神の考えだった──故にシステムの維持の目途が立たないと判明したとき、またしても切り捨てる対象に選ばれたのは魔族のほうだった。
王の間で再会したとき。そして戦闘中にもアンラマリーゼは色々と心の内にあるものを吐き出している印象だった。何も隠さずに、開けっ広げなまでに敵であるはずの私に何もかも打ち明けているように思えた。理解こそ求めずとも知っていてほしい。そういう気持ちがどこかに見え隠れしていた……それはひょっとしたら過去に魔人として、そして今も魔族として自分が、自分たちが見捨てられた存在であると薄々わかっていたからなんじゃないか。
今更になって私にはあの恐ろしかったアンラマリーゼの笑みが、必死の悲しい形相だったように思えた。




