302 魔王に仕立てた理由
祝福。それは神様の加護。私たち勇者も最初に与えられた特別な才能のことだ。それはもちろんただの女子中学生でしかない私たちを勇者足らしめるためのものであって、こっちの世界の人たちが特別視、というか神聖視するほどありがたいものではないと私は思っている。少なくとも女神自身は必要な道具を貸し与えたくらいの感覚でしかないだろうと。
素質があったって素質だけで戦えるわけじゃない。素質に合った武器がいる。要はそれをくれてやったというだけのこと……それも私たちを慮ってではなく徹頭徹尾、勇者という役目を遂行させることだけしか考えてないはずだと。女神の加護というものを恭しくこの世界の人たちが語るたびに女神に不信感しか抱いていない私としては内心でそう反論していたわけだけど……だけどだ。
言うほど大層なものじゃないとは思っていても、さすがに祝福をカルメラ──初代魔王にまで与えていたとなると、とても聞き流すことなんてできやしない。
「どういうこと、それ。いったいなんのために勇者じゃなくて魔王に祝福なんて」
「正確には、その時点ではまだ魔王ではありませんよ。どれだけ才があろうと一人の魔人に過ぎず、そんな彼が魔王に至ったのは祝福による更なる才の開花があってこそ」
因果関係が逆です。とご親切にも私の間違いを訂正してくださりやがる女神に鼻を鳴らして、私はすかさず言った。
「じゃあカルメラを魔王に仕立てた理由は、何」
こう訊けばいいんだろう、と睨みながらの質問。これでも私はカザリちゃんみたいにクールになろうと精一杯に頑張っている。頑張っていてこれなのだ。直接嫌味を口に出さないだけその成果も出ているとは思うけど、態度の悪さまでは直しようがない。この女神相手にそこまでへりくだったことは意地でもしたくないっていうのが素直な気持ちだった。
「カルメラの力を引き上げ、伴って位地も引き上げた。その理由は勿論、彼を魔王にする。それ自体が目的です。そうすることで魔人を魔族という彼を頂点とした『大いなる脅威』とし、人類種が団結しなければならない状況を作り出すための方策でした」
「それは、大きな戦争をなくさせようってこと?」
「ええ。人類種では太刀打ちできないような魔物はいずれも人類圏から遠く離れた場所にしか縄張りを持たないこともあって、魔物だけだと人と人が垣根を越えて手を取り合うには足りていない。であるなら、垣根を取り払うだけの他の脅威が要りますでしょう? その用意をしたのです」
これも聞いたことだ。大竜だとか巨人だとかの強大な魔物……討伐に挑戦することさえ許されない「特級」という脅威度の区分にいるヤバすぎる種族は、人里のある地域にいてお目にかかれるような存在ではない。たまーにはぐれのドラゴンが街に壊滅的な被害を与えることもあるにはあるが(その例が最も多いのはドラゴンの棲み処となっている超巨大山脈がある第一大陸だけどそれでも頻度で言えば十数年から数十年に一度あるかどうかくらいのようだ)、それはもはや天災扱いで対処を半ば諦めているという話だった。
人類圏に生息している、つまりは生活の中で頻繁に遭遇する魔物たちについては、街規模の戦力で充分になんとでもなる。稀に飛竜や岩大蜥蜴みたいな配備された兵士だけでは対応に困るような強い魔物だって出るには出るけど、そういうのは数が少なかったり人を積極的に襲わなかったりと、なんだかんだでなんとかなっているのがこちらの世界の魔物事情ってやつだ。
これは連合国内、つまり第三大陸の事情でしかないからドラゴンやタイタンが出るという第一や第二のほうがどうなっているのかは知らないけれど、そちらもそちらで魔物の種類こそ違えど同じようなものだろう。そうでないとまず魔王期対策のために連合国へ戦力を集めたりなんてできない。ましてやエルフタウンやドワーフタウンの維持なんてどう考えても不可能であるからには、そういうことだと思う。
そしてそうだとするなら女神の言う通り、魔物は人類種にとって脅威ではあっても人種の垣根を積極的に壊してまで対策すべき存在ではない。そこまで切羽詰まったものではないっていうのが結論になる。
「強く、数も少なからず、そして積極的に人を襲いにかかる。魔族という『絶対的な脅威』の出現なくして現代社会は構築され得なかったでしょう。でなければ五人種は今の時代においても殺し合いを続けていた──いえ。それよりも前に滅びていたでしょうね」
「そう、なんだ」
滅びていた。そう仮にも神様が断言してしまえる程度には酷い時代だったってことか。そう聞いてもまだ信じられない思いもあるけど、いけ好かない女神だからってこれを嘘八百だとは思わない。何よりなんとなく、女神は嘘はつかないんじゃないかって気もするんだよね。あえて何も言わないとか、そもそも説明が足りていないことに気付いていないとかはあっても、一度言葉にしたならそれは真実なんじゃないかって……いやまあ、ホントになんとなくの印象でしかないんだけどね。
「大昔のこの世界がそんな有り様で、あんたはそれをどうにかしたかった……それに乗っかったってことはカルメラのほうもそういうつもりだったの?」
つまり、まさかが本当にそのまさかで、人類種を一致団結させるための脅威……悪役になることを女神に提案されて、それを引き受けた。魔人が「倒されるべき存在」になるのを了承したってことなのかって意味だ。
そうだとしたらとんでもない自己犠牲、だけじゃなく仲間まで道連れにした種族犠牲だ。そんなの個人で決めきれることかとも思うけど、もしそこで自分が女神の手を取らなかったら世界が滅ぶ……かもしれない、とまで言われたら、人によってはままよとその提案を受け入れてしまうかもしれない。
と、そこまで考えたところで女神は「いいえ」ときっぱり否定した。
「カルメラに自己犠牲の精神などありませんでしたよ。言いましたでしょう? わたくしが提案したのはゲームであると。言わば彼が引き受けたのは世界の悪役ではなく、ゲーム上での悪役ですね。無論、彼からすれば自身が悪だという認識さえもなかったでしょうけれど」
「えっと……そのゲームってのは何、どんな内容のものなの」
「世界の主導権をどちらが握るか。そういうゲームですよ。既存の四人種か、カルメラを王とする新種である魔族か。延々と勝者のいない種族間での闘争を繰り広げるよりもそちらの方が実がある。そうカルメラは決断しました。それが魔族と人類種の決闘である魔王期の始まりです」
「全部、女神であるあんたがセッティングしたことだっていうの? カルメラはあんたに乗せられて、種族ごと人類の団結のためのダシにされたって?」
「はい」
あっさりとした返事に眩暈がしそうだった。こうもなんてこともないように言われてしまうと、実際になんてこともないんじゃないかって気までしてくる……けど、もちろんそんなことはない。今私は衝撃的な話を聞かされている。世界を脅かす魔王を用意したのは女神で、それを倒すために勇者を派遣するのも女神で、そのとんだマッチポンプを世界中の人々が慈悲深い女神の救済だと感謝を捧げている。この構図に気持ち悪さを抱かずにはいられない。
「ですがはるこ、あなたの思う通り。わたくしは嘘を吐いているわけではない。カルメラやあなたたち勇者も含め、誰のことも決して騙してはいないのです」




