周冠英《手を取った同志》
どこにだって壁はある。
実力の壁、年齢の壁。
それらは分厚く、中々破れるものではないだろう。
F1に参戦した初年度、オレが直面していたのは『人間関係の壁』だった。
あまり思い出したくもないが、オレはあの時尖っていた。
それが自らの本意ではないと気づいたのは、だいぶ後になってからだ。
F1界の中でも孤立しかけていた時。
オレの手を取ったのは、最も刺々しく接していたはずの瀬名だったんだ。
あの時かな。
瀬名やルイスの言う通りに、オレも『繋ぐ』ことを意識し始めたのは。
『『アブダビグランプリ…ウィナー!Sena Fushimi!!!』』
17年前のF1最終戦。
伏見瀬名は、参戦初年度でのワールドチャンピオンという偉業を成し遂げた。
「『早くシャンパン飲みたくてウズウズしてんだろ?…何故だか知らんが、オレもそんな気分だ。』」
表彰台の上。
まだ角が残っている…と自分では思っていた当時のオレは、そう瀬名に話しかけた。
笑う瀬名と乾杯を交わし、シャンパンを開ける。
オレも、誰もかも、その時はまだ瀬名の身体が悲鳴を上げていることに気づいていなかった。
シャンパンファイトが終わった後。
オレとルイスは、瀬名と共に控室へと向かっていた。
「『後ろで見ててもアツいバトルだったぜ』」
「『そりゃあそうだろうな。負けたが、楽しかった。』」
後腐れもなく清々しい表情で話すルイスと、オレも興奮して上がったテンションで食いついていた。
その時だった。
後ろで、ドサッという物音がする。
何事かと、オレたちは同時に振り返った。
そこには、倒れながらも必死に身体を起こそうとする瀬名の姿があった。
「『まあ、そういうわけっすわ』」
待てよ。
おい。
「『そういうわけっすわ、じゃねぇよ。』」
事情は全て聞いた。
瀬名の身体のことも、それを押してF1に参戦してきたことも。
「『今はアドレナリンで何とかなってるけど、これじゃ後で痛みも出てくるかもな…』」
知らなかった。
チームメイトとして戦っていながら。
オレはなんとも言えない感情に苛まれた。
気付いてやれなかったことへの後悔?
そんな状態でマシンに乗るなという憤り?
そのどれでもない。
だが、その全ては、次の瀬名の言葉で吹き飛ぶことになる。
「『…二年後…。俺の大切な…弟みたいなヤツが、ここに来る。』」
まるで、遺言みたいなその言葉。
「『だから、そいつには目をかけてやってくれ。』」
オレの手を取ったのは、まぎれもなく瀬名だった。
次は、オレが手を取る番なのだと。
そう思わせてくれた。
寂しいとは言えない、言いたくもない人生を送ってきた。
存在の証明すらヘタクソのまま。
「グァンちゃんはいつだって、親身に話を聞いてくれたんだよ…!!!」
ドア越しにその声を聞いたとき。
オレは絆を感じた。
裕毅としてはあの時、切羽詰まっていたんだと思う。
それに関しては申し訳ないが、オレはその状況に手ごたえを感じたんだ。
孤独な弱虫だったオレが、人と繋がれたんだと。
その年の開幕戦で、オレは裕毅の手を取った。
最初は不器用ながら、励ますことぐらいしかできなかったが。
その握った手は、やっぱり暖かかった。
大切にしたい、守りたい、と思うものは人それぞれあるだろう。
オレの場合、やっぱりそれは『絆』になるんだろうと思う。
瀬名がワールドチャンピオンになった時。
裕毅がメルセデスに移籍が決まった時。
それぞれの最後。
最後に、笑えるように。
凛がエリカの手を取った時、オレは久しぶりに感動した。
オレたちが繋いできたバトンが、また新たな世代でもリレーしていく。
それは人から言われてやることではなくて。
人の中で、自然につながっていくもの。
オレはそれを大切にしたい。




