むかし話
日本ではまだ残暑が厳しい、9月某日。
今年度のX1グランプリ、夏シーズンの最終戦が行われる。
ここまで好成績を記録していたエリック・フェルスタッペンは、登録名を『エリカ・フェルスタッペン』に変更した。
ドライバーや関係者たちはまた、ヨーロッパへ戻ってくる。
地中海沿岸、モナコ公国。
100年を優に超える歴史を誇るモナコグランプリは、今では夏の終わりの代名詞となっているのだ。
「『なあカレルよお。これかなりギュウギュウなんじゃ?』」
「『…知人がこぞって私の船に詰めかけたからな』」
レースの前日、モナコに到着した僕たちをもてなそうと、ジャンニさんとカレルさんがピザを振舞ってくれるらしい。
せっかくならと、カレルさんが所有しているボートで食事をすることになったのだが。
ちょっと人が多すぎるみたい。
「『車椅子を降りろなんてバリアフリーじゃないですねえカレルさん』」
「『…すまんな。』」
省スペースのために笑いながら車椅子を降りる父さん。
僕は父さんに肩を貸しながら、タラップを降りてボートに乗り込む。
確かに大勢だ。
「「『Zzz…』」」
サングラスをかけて寝ているジャンニさんと裕毅さん。
「『クアトロフォルマッジはハチミツいるだろ?』」
「『…おお。気が利くな』」
対照的に忙しく動き回っているのはカレルさんと周さん。
「『みんなお疲れ。』」
「『賑わってるわね!』」
僕たちから少し遅れて、ルイスさんとエリカも到着した。
僕がこの世界に来て、知り合った人たちが大集合したんだ。
「『うわ何エリカちゃんめっちゃ可愛いじゃんどうした!?』」
がやがやしだした辺りの声を聞いて、ジャンニさんが目を覚ました。
今日のエリカは白いワンピースを着ている。
焼けた肌とのコントラストが美しい。
裕毅さんにいたっては、エリカが女の子であるということを知らなかったらしく、焦った様子で周りに説明を求めている。
「『なんですかそれ。いつもは可愛くないってことですか?』」
すっかり女の子らしくなってしまって。
あのことがきっかけで、自分をさらけ出せるようになったってことなのかな。
お兄ちゃん感動です。
と、勝手に兄貴ヅラをしているうちに。
「『…ほーれできたぞー』」
「『よっしゃ!!!』」
アツアツのピザが運ばれてきた。
「『ジャンニ、お前なんもしてないんだからもうちょっと控えめにだな…』」
「『えー、じゃあなんで裕毅には何も言わないのよ』」
「『ふぁい!?』」
「『裕毅はまだ謙虚さがあんだよ』」
急に名指しされて驚いた裕毅さんが、ピザを喉に詰まらせかけた。
隣にいた僕が背中を思いっきり叩いたら、痛そうな顔をしながら親指を立てていた。
「『エリカ、ちょっと髪伸びた?』」
「『そうね。正直この髪型にも飽きてたし、伸ばしてみようかと思って。』」
「『お、じゃあこのくらいまで?』」
対面に座るエリカに、僕の髪を手櫛して見せる。
「『ほんといい艶してるわよねあなたの髪…シャンプー何使ってるの?』」
少しだけ羨ましそうに、ジト目を向けてくるエリカ。
「『ルイス、気づかなかったけどかなり白髪増えてるな。』」
「『ハハハ、この中では一番俺が死に近いからな。』」
「『…大丈夫だ。お前は長生きする』」
カレルさんが配膳をしながら、ルイスさんの頭をポンポンと叩いていった。
それに気づいたルイスさんも、手を挙げて応える。
皆さん盛り上がってます。
大人たちはビールなんか開けちゃったりして。
裕毅さんは明日レースだからと断っているけれど、長年大人たちの飲み会を傍観してきた僕から見れば、陥落するのは時間の問題といったところだ。
「『なぁ、せっかくこうして集まってるんだ。昔話の1つでもしてみないか?』」
そう切り出したのはルイスさんだった。
遡ること、15年9か月。
都内某所の体育館。
「瀬名さん、楽しい大会運営、ありがとうございました!」
「おうよ。…お菓子は持ち帰ってね」
「あの、それは本当にスイマセン。」
20人のドライバーたちは、控室で大量に山積みになったお菓子を食べていた。
それぞれ、思い思いの会話をしながら。
伏見瀬名が主催したeモータースポーツ大会。
彼がF1運営側のトップとして行った、初めての仕事である。
「『瀬名も食ってけよ。日本のお菓子はどれも美味いよ』」
「『知ってますけど俺早く帰んないといけないんですってば!』」
帰り支度を済ませた瀬名は、足早にその場を去っていった。
「『…子供、か。』」
パリパリと包装袋をいじる音が響く中、カレルは呟いた。
「『どんな子なんだろうねぇ!』」
ポテチを貪りながら、ジャンニは言う。
「『モータースポーツ、好きになってくれるかな?』」
「『そりゃあ、なるだろ。』」
「『ボクたちもカッコいいところ見せなきゃですね!!!』」
周、裕毅。
「『これからの世代のことは、楽しみに待とう。俺たちの使命は、土壌づくりだ。』」
ルイスの言葉に、皆が賛同した。




