シンデレラストーリー
「ごめんなー、今日は忙しくてさ。裕毅にちゃんとお礼言ったか?」
「う、うん。言ったんだけど、ドライバーの人も忙しいのでは???」
謎の采配を見せた父さんの運転で、家へと帰っていく。
歩くことはできなくても、クルマの操作は体が動いてくれるそうだ。
裕毅さんは笑って面倒を見てくれたけど、相当なご迷惑だったのでは…。
「僕ももう充分大きくなったし、一人でも行動できると思うんだけど…。」
僕のその言葉に、父さんはフッと笑って空いた左手で僕の頭を撫でる。
爽やかな笑顔…というわけではなく。
苦笑いのようにも見える。
その原因は分かってる。
さっきから後部座席が騒がしい。
「『おい瀬名ー!!!曲流してくれよ!興が乗るやつをよー!!!』」
「『ハハハハ!!!羽田空港ってこの辺なのかな!?』」
「『…面目ない』」
そう。
酔ったおじさま達である。
父さんといざ帰ろうとしたとき、どこからともなく現れクルマに乗り込んできた。
「こんな風に、大きくなったからといって心配が無くなるわけじゃないんだ。それが親心ってもんだよ…」
口角をヒクつかせる父さん。
き…気を付けよう…。
…。
それはそれとして、父さんと話したかったことがあるんだけど…。
これは、二人になってから話そうかな。
「『凛!いっぱい食ってもっと大きくなれよ!!!』」
「『そう!3メートルくらいになりな!!!』」
「『…具合が悪い…。』」
この状況じゃあ真面目な話は無理だもん。
僕はそれから、ジャンニさんたちの話し相手をしていた。
ずっと喋りっぱなしだったから、喉がカラカラだ。
お三方を空港に送った後、僕は父さんに切り出す。
空港で買った、スポーツドリンクを一口飲んで。
「父さん。」
「ん?なんだ?」
すっかり陽は落ちていて、夜の闇をヘッドライトが切り裂いている。
周りにはクルマは居なくて、ただ一台だけが広い道路をひた走る。
ついこの間まで、僕は僕なりに考えていた将来の展望があった。
でも、あっという間にそれは180度別の方向へと転換したんだ。
きっかけはどれだっただろうか。
一つに絞ることはできないだろう。
その一つ一つ全てが、大切なきっかけであり思い出でもあるんだ。
ジャンニさんたちと出会い。
ルイスさんとエリックとも出会って。
この世界に居る父さんの姿を見た。
そして、この世界がどんなに魅力的であるかを知った。
それは見聞きしたことだけではない。
自らの肌で感じ、この結論に至った。
少し前まで考えていた未来の設計図。
そんなものは、もう破り捨てて良い。
そう、僕の中の何かが告げている。
エリックには『遅い』と怒られるかもしれないけれど。
どうせならシンデレラストーリー、今から目指してみても良いだろう。
「父さん。僕、X1に出てみたい。」
モータースポーツに、もっと触れてみたい。
速く走ってみたい。
裕毅さんやエリックと、一緒に走ってみたい。
そんな思いを、父さんにこぼしてみた。
すると。
父さんは急に、右にウインカーを出す。
次の交差点が近づいたかと思うと、そのままUターンをして来た道を戻り始めた。
なんの言葉を発することもなく、淡々と。
僕が何を話すかすら、分かっていたかのように。
「と…父さん?何を…」
困惑した僕の言葉を遮るように。
「何って、空港に戻るんだよ。」
僕がダッシュボードに置いていた、スマホを指差して言う。
「最終便がいつか、調べてくれ。ロンドン行きだ。」