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京の公家の状況は思っていた以上にひどいらしい

 さて、二条御所を退出したのち、俺は宿泊をさせてもらっている近衛家の邸宅に戻った。


「只今戻りました」


 この屋敷の主であり島津の主筋でもある近衛前久は現状ではまだ内大臣だが、後に関白・従一位に上り詰めた。


 そんな身でありながら、史実においては、越後国の長尾景虎が上洛した際、越後に下向し、景虎の関東平定を助けるために上野・下総に赴き景虎が越後に帰国した際も危険を覚悟の上で古河城に残り情勢を逐一越後に伝えるなどをした。


 しかし、武田・北条の二面作戦を行う謙信の関東平定が不可能と見るや失意のうちに帰洛したという。


 そしての永禄の変で将軍・足利義輝を殺害した三好三人衆は将軍殺害の罪に問われる事を危惧して揃って近衛前久を頼ったが、前久は義輝の正室である自分の姉を保護した事を評価してこれを認め、彼らが推す足利義栄の将軍就任を決定した。


 しかし、足利義栄が入京せぬままに、織田信長が足利義昭を奉じ上洛を果たしたことで、殺害に近衛前久と二条晴良が関与していたのではと疑われ朝廷から追放されたが、足利義昭が追放された後に京に帰参した後は織田信長と親交を深めたりした人物だ。


 織田信長と本願寺との調停も行い最終的には石山本願寺の降伏にこぎつけたのも彼の功績とされる。


「うむ、ご苦労であったな。

 ところで前回は断られたが私の妹を嫁にしてもらえぬかな?

 わが妹ながら気立ても器量も良い娘であるが」


 すでにお平が子をなしているし今回は許可ももらってる。


 なんだかんだで影響力の大きい人物だし今度は断らないほうが良いだろう。


「はい、そのお話お受けさせていただきます。

 そして我が島津と以降はより親密にしていただければと願います」


 俺の返答を聞いて晴れ晴れしい笑顔になった近衛前久。


「うむうむ、それはこちらも願うところだ。

 妹の婚儀のためには私自ら九州への下向も厭わぬよ。

 その代わりと行っては何だが荘園よりの米の送付はきちんと果たしてくれよ」


「は、わかっております。

 その代わりと言うのもなんですが、公家の中で読み書きを得意とする

 若い方を九州への下向の許可をいただけませんか」


「ふむ、それは構わぬがその者達はどうするのだね?」


「はい、九州の地歩を固める上で、京の公儀の組織を真似したいと思っております。

 ですので主に問注所における古文書を読んで土地の権利を把握できる方がほしいのです。

 残念ながら武士には古文書を解読できるものは少ないものですから」


 近衛前久は満足そうに頷いた。


「うむうむ、鎌倉の公方が大江広元や三善康信を必要としたのと同じようなものであるな。

 よしよし、任せておくが良い」


 残念ながら薩摩の家臣で古文書の漢文をちゃんと読めるものは少ない。


 だからここは地下の公家などを採用していくことにする。


 実際鎌倉や室町幕府でも大江氏や中原氏などは活躍しているしな。


 実際のところ訴訟案件と言っても国人や地侍同士の所領関係の訴訟(所務沙汰)離婚とかのその他の民事訴訟(雑務沙汰)犯罪に対しての刑事事件の取扱い(検断沙汰)など種類はたくさんある。


 それらに対して公平な裁きを行えるようにしなければならないわけだし、地縁がない人物の方が公平な裁きもできるだろう。


 室町幕府は守護などに対しての所務沙汰に対して応仁の乱の時点でその義務を放棄してしまったのが守護からそっぽ向かれた理由だしな。


 そして俺が近衛家の娘との婚姻を引き受けたという噂は京の公家の間にあっという間に広まったらしい。


 そして一番早く動いたのは九条家の九条稙通くじょうたねみちだった。


 この人は天文2年(1533年)に関白および藤氏長者となったが、経済的困窮のため未拝賀のままに翌年に辞任している。


 元は祖父である九条政基くじょうまさもとと父である九条尚経くじょうひさつねが応仁の乱中、近江の坂本に避難していた時に、その際の公事用途200貫文を家司で従兄弟でもあり菅原氏でもある唐橋在数からはしありかずに立て替えてもらい、その借銭の棒引きの条件として、家領のなかから和泉国日根荘ひねのしょう入山田村の年貢を息子尚経の代まで在数に引き渡す約定となっていた。


 そして、在数が日根荘からの段銭徴収に失敗した穴埋めのため日根荘を抵当として根来寺から融資を受けたが、その返済が滞ったことから、根来寺は抵当権の実行をはかり日根荘を渡すべきと迫ったことで、九条家は重要な所領を喪失する危機に直面した。


 唐橋在数は九条邸に押しかけて、政基・尚経父子に返済の談判をしたが、これに腹を立てた政基父子は在数を殺害した。


 しかしながら唐橋在数は家司として九条家に仕えてはいるが、もともと公卿に昇りうる家格を有する堂上家の当主ですでに殿上人として天皇に直接仕える身であり、大学頭・大内記の官職に任じられていた。


 最終的には親子は勅勘に処し出仕を停止され、以降九条家は家令を持つことを禁じられた。


 他にもいろいろあって現状の九条家は他の五摂関家より少し格下に見られていているのだ。


「島津の当主よ。

 近衛家から嫁を取ると言うのであればぜひ我が九条家からももらってほしい」


 頼む立場なのに何故うえから目線なのかと思うが、この人織田信長に対してもおんなじように上から目線だったらしいし、本来島津は藤原家の家来でしかないので名目上の立場的で位でも上なのは当たり前ではあるのだがなんか釈然としない気はする。


「は、はあ、しかし私はすでに妻もいますし、近衛家との婚儀も決まっております」


「ならば弟の日向守の嫁にどうだ?」


 弟の嫁か……結局カネを出すのは俺がやることになるんだろうけど、箔付けにはいいかもな。


「そうですな、弟の嫁もそろそろ考えなかればなりませんでしたしそれで良ければうけさせていただきます」


「う、うむ、たすかるぞ。

 その代わりと言っては何だが財の援助を頼むぞ」


「かしこまりてございます」


 もちろんそもそもそれが目的だろうし現状は九条が一番没落しているみたいだしな。


 近衛や九条が島津に嫁を取らせるならと一条、西園寺からも島津への嫁取りの申し込みがあったのでそちらに関しては一条は俺の弟で三男の歳久へ、西園寺は俺の弟でまだ元服前の四男の又七郎へと嫁がせることにする。


 西園寺は五摂家からは一つ家格が下がる清華家だからというのもあるのだがこれで不満を言われても困るぜ。

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