第83話 火種
昼の3時を過ぎると客足も一通り収まった。
空席も常にあるようになり、急遽増設したテラス席用のテーブルとイスを撤去する。
明らかに色合いが違うからなあ。
「ユウ様! すごい人でしたね!」
「記者のみんなも興奮していました。みんなダンジョンに入ったことがなかったので『本物のダンジョンってこんな感じなのか』って言ってて」
ヴィヴィアンとロージーがやってきた。
どうやら香世ちゃんのもくろみは当たりみたいだ。やっぱり知らない人からしたら「ダンジョンらしさ」みたいなのもひとつの引きになるんだろう。
記者が興奮したのと同様に、一般市民の客も興奮して、そばにいた冒険者にたずねたりしてたもんな。そうしたら冒険者もまんざらではない顔で「ダンジョンとは」を語ったりして。
香世ちゃんを褒めてやりたいところだけど、あのあと軽食をとったらものすごく眠そうだったので仮眠を取っておいでと部屋に帰している。
「最初は物珍しさで来てくれるだろうし、広告も打てるだけ打ったからね。問題はこれが継続するかだろう」
「昨日ちょうどウチの新聞も発刊でしたからタイミングどんぴしゃでしたね! それにだいじょーぶですよ! ユウ様ですし!」
ヴィヴィアンの無限の信頼が怖い。ルーカスも怖いけど、ヴィヴィアンはなにも考えていないからよりいっそう怖い。
「私も大丈夫だと思います。金額もリーズナブルで、なにより美味しいですから。ダンジョン目的じゃないお客も増えそうですね」
そこなんだよな。
リューンフォートから東部方面の商隊や乗合馬車のお客が利用してくれることも期待できるが、それ以上に、一般市民が食べに来るとなおよい。
でもなあ……一度門の外に出ないといけないからなあ。
街の中に転移トラップを造ることは何度も考えたんだけど、これやっちゃうと絶対領主に目ぇつけられるよなぁ……。まあこんだけ目立っておいて今さら目をつけられることを考える必要もないだろうけど。
領主……ん?
俺、なにか忘れてるような……?
「ユウさん?」
「あ、うん、ごめん、なんだっけ?」
「はい。私が食べた『白樺亭』のパイ、とっても美味しかったですよ」
ほう、あのシェフはパイなんか出してるのか。
俺もほんとうに軽くお昼を食べただけだから小腹が空いてきたな。
「俺も食べてみようかな」
「是非そうなさってください。私たちはこれから打ち合わせなので……」
「へえ、昨日発刊したばかりなのに、よく働くね」
「ええ。記者たちが自発的に、次はこのダンジョンのページをもっと開いて『娯楽面』として展開したいと言っているので……」
うれしいな、それは。マルコ以外の記者もダンジョンの記事を書きたいと思ってくれたんだ。
「そっかそっか。それなら有益な情報をひとつ。その『白樺亭』だけど、さる有名シェフが監修した料理を出しているんだよ」
「えっ!? そうなんですか!? それなら納得です……その有名シェフのお名前をうかがうことは」
「それを調べるのは記者の仕事でしょ」
「ですよね。がんばってもらいます」
あはは、と笑うロージー。
いずれバレるだろうから先に情報を出しておこう。
実はリューンフォートタイムズ以外の新聞記者が来ているのも確認できたんだよな。彼らも「白樺亭」の料理を堪能して、感動していたようだった――ってさっきディタールが言ってた。
「ねぇ、ロージー。それ、あたしも参加しなきゃダメかな……? あたし最近ユウ様と絡んでないから絡みたい!」
「……ダメに決まってるでしょ。行くわよ」
「ひいいっ! ユウ様、助けて! 鬼が、鬼がっ!」
「がんばれよー」
襟首つかまれて連れ去られていくヴィヴィアン。
なんだかんだでロージーとヴィヴィアンはうまくいっているな。
俺が「白樺亭」へと向かうと、ちょうどお客も切れていてすぐに注文ができた。
メニューは3種類。「ミートパイ」「キノコパイ」「ベリーパイ」。なんつう潔さ。
「じゃあ『ミートパイ』を」
「銅貨80枚です」
安いなー。「樫と椚の晩餐」の客単価「金貨2枚」を考えると破格だ。
まあ、ベインブのところが銅貨50枚だから、ちょっとお高いんだけど。
ミートパイは、宅配ピザのLサイズの一切れくらいの大きさって言えばわかりやすいだろうか?
それに、厚さが5センチくらい。
肉がみっちり……というわけではなくて、みじん切りにされた野菜も挽肉に織り込まれておりクレープ状のなにかが層を作っている。
パイ生地のバターの香りが食欲をそそる。
どれ……いただきます。
「!」
なん……だ、これ?
食ったことのない味だ……。
肉汁がすごい。それはわかっていた。だけどこの野菜か……香辛料か?
食べたときの肉汁のインパクト、その次にやってくる野菜の甘み、仕上げに香辛料……と思っていると、クレープに織り込まれたさわやかな味わいがやってきて口を洗い流す。次の一口を食べるときにはさっぱりしていてまたフレッシュな感覚でミートパイを味わえるんだ。
それに、だ。
中央はがっつり肉。
外側にいくに従ってクレープ生地の味わいが勝ってきて、どんどんさわやかに食べられる。
買ったときに「これ食い切れるかな?」と思ったにもかかわらず、気づけば食べ終わっていた。もう一切れ行けそうな気さえする。
「うむむ……」
シェフを呼べ! とか言いたいくらい感動したけど、見たところシェフはいない。さすがに「樫と椚の晩餐」を放置するわけにもいかないんだろうね。
パイなら、下準備をしっかりして、時間を見計らって焼けばいいからシェフが常駐しなくていいし。
「どうしたの、難しい顔」
「いやさ、このパイがほんと美味しくて――って、リンダ?」
「うん、今来た」
ハッ、とした。
つーか、忘れていたアレを思い出した。
そう……リンダは今日、朝からいなかった。
理由はひとつ、
「ほんとうにあの『樫と椚の晩餐』のシェフがやっている店なのかね」
「お兄ちゃん……疑うなら来なくてよかったのに」
エルフにして男爵でもあるローバッハ=ルン=ノゥダと、その妹にして女神2であるファナを迎えに貴族街に行っていたんだ。
「へえー、男爵がめちゃ推ししてたのがここかあ」
ん……? 見知らぬ少女――女性? が、くっついてるな。
銀の短髪は耳の下までで、それだけ見ればちょっと少年にも見えるんだけど、まあ着ている服は――貴族然とはしてないけどめっちゃ仕立てのいいコートとワンピースだし、少年はさすがにないな。
目は緑色で愛くるしい。
10代に見えるけど、ひょっとしたらもっと上かもね。
まあ、お忍びでやってきた貴族仲間……どっかのボンボンかな?
「パイ3種類全部ちょうだい」
「はい、銀貨2枚に銅貨40枚です」
「男爵ー! お金ちょうだい」
おお、貴族が貴族をアゴで使っている。ひょっとしてめっちゃ偉いのか――と思っていると、
「いい加減にせよ」
「あだっ!?」
ごつんとげんこつで叩かれていた。親戚の子でも叱っているかのようだ。
怒りながらもローバッハはちゃんとボンボンのぶんまでお金を払っている。マジで親戚かもしれん。
「ではごゆっくりお楽しみください」
うん、貴族には貴族の楽しみ方があるよね。お供をつけないで来てるってことはなにか事情があるんだろうし。
俺みたいな門外漢はここで失礼を……。
「ちょっと待って。君に聞きたかったんだ」
「うぇっ!?」
ボンボンが俺の手をつかんでいた。もう片方の手では器用にキノコパイを食べている。
「き、聞きたいこと……とは」
「ここのオーナーでしょ?」
「オーナーはルーカスという男で――」
「ああ、いやいや、調べはついてるからさー。とりあえず座って?」
くいくいとアゴでイスを示す。
この有無を言わせぬ感じ……めんどくせえな貴族ってマジで!
「しかしですね、私めにもまだ仕事がありまして――」
「……ユウ、ここはおとなしくしておいたほうがいい。あなたの損にはならないから」
リンダに、そっと耳元で囁かれた。
え? なに、どういうこと?
見ると、ファナも眉をひそめながら小さくうなずく。
なに、なに? なんか怖い……。
「話してくれる気になった? それにしてもこのパイ、おいしーねー!」
この話のずらし方、どことなく「身体は子ども頭脳は大人」の名探偵っぽさを感じる。
くっ……あのマンガに出てくる容疑者の気持ちがわかったぜ……めっちゃやりにくいしイラッと来る!
俺が座ったのを確認して、横にボンボンが座る。
「あ、僕はフォルっていうんだ」
「はあ」
知りたくもないお名前をちょうだいしました。しかも僕っ子です。
「で、なんと…………実は貴い血を引いていてね」
「はあ」
「あれ? 驚かない? 僕、自分が貴族だって打ち明けたんだけど?」
「あ、大丈夫です。続きをどうぞ」
「つまんないなー。じゃあ、これならどうかな? えっと、ここはリューンフォート市外にあるよね?」
「まあ、市内ではないですね」
「でも管轄はリューンフォート市だ」
「そうかもしれません」
「で、僕は徴税管理の仕事をしているんだけど」
「――えっ!?」
徴税管理?
税務署職員みたいなもん!?
「ここの営業、税金払ってないよねえ?」
「あ、う……」
アレだ、がさ入れだ! やべえ、やべえよ!
「あっはははは! 大丈夫、そんなにあわてなくても!」
「で、でもアレだろ? 追徴課税で信じらんないくらいの金を支払わせるつもりだろ!? ずりーよそんなの! 横暴だ!」
「ちょっと待って一言も言ってないよね!? 僕どんだけ悪者だと思われてるの!?」
心外だなー、とか言いながら唇を尖らせているフォルはちっとも可愛くない。
むしろ得体の知れなさが増している。
これのどこが「損はさせない」だよお! 女神さんよお!
「……ベリーパイ、おいしい」
女神はパイに舌鼓を打っていた。
ちくしょう、マイペースだなエルフは!
こういうときの特級冒険者だ! アルス! アルスはいないか! ――いないのはわかってたよ! あいつら、今夜しゃれこうべサッカーの「エキシビションマッチ」やるって言って張り切ってるもんな! 人間+リオネルvsスケルトンオールスターズで!
「安心してよ、ユウ=タカオカ。今の時点ではここでの営業はリューンフォート市内ではないから納税の義務はない」
「よかっ……」
待てよ、「今の時点では」?
「ひとつ計画として、ここまで防壁を伸ばして、市の一部とすることもある」
「えええっ!? じゃあ税金払わなきゃいけないのかよ!?」
「って君の心配ってそればっかり!? 言葉使いもだいぶフランクだよ!?」
「し、失礼しました」
貴族だもんな。「無礼者」って言って平民なら殺せる立場だもんな。
抑えねば……抑えねばならぬ……。
ていうかフォルはどれくらいの立場なんだ? 徴税ってことは税務署の官吏? いや、さすがにもっと上……税務署長みたいな?
「やれやれ、話が進まないよ。最後まで話を聞いてもらおうかな? リューンフォートでは市の拡張を検討していてね。おかげさまで人口が増えているからさ。だから防壁を延伸するというのはあながち間違いじゃない。ここまではいい?」
うんうんとうなずく俺。
「だけどここ――ホークヒルと言ったかな? ここまで防壁を建築するとしたらお金がいくらかかるかわかったもんじゃない。まあ、現実的ではないよね。さっきは脅かすこと言ってごめんね」
ぺろりと舌を出すフォル。
可愛らしいんだけど、かまかけて脅してきたことを俺は絶対に許さないゾ。
「だけど、リューンフォートの目と鼻の先でここまで派手にビジネスされると、『市内では商売に課税しているのに、市内の客を持っていくあいつらには課税しないのか』という意見が上がってくる」
ああ……ありそうだな。実にありそうだ。
人間なんてやっかむ生き物だもんな。
「お言葉ですが、市内の税金は、市内において安全を確保するためのもの、市内の設備を利用するためのもの、そういった意味合いが強いです。市民としての存在――市民登録を維持することへの税金を払うことはやぶさかではありませんが、通常の税を課すとなるとそれは……」
「君の言うことはもっともだよ。なるほど、確かに賢いね。話が早くて助かる」
褒められてうれしくは、まったくなかった。
なぜなら――フォルの目が怪しく光ったからだ。
「税金は要らない。だけど、ここでの事業を市内にも展開して欲しいんだ」
「……なんですって?」
「同じサービスが市内にあれば、市内で利用する客もいるだろう。市内の店舗には正規の税金が課されるわけだから、不満を言う人間にも言い訳が利く」
ふむ……妥協点を探りに来たか。
「……ちょっと難しいですね。いかんせん人手が足りません。それに市内で同様のサービスを展開するとして、売上は正直見込めないでしょう。場所代がかかるだけです」
「ふうん? 売上が立たないことの説明を聞こうか」
「ここは『ホークヒル』というダンジョンエンターテインメントを中心に、事業展開をしています。ゆえに、ダンジョンの集客力を抜きにしては成り立たないサービスばかりです」
「このフードコートはどう? 市内の一等地でやればすごく人が来るんじゃない?」
内心でため息をつきたくなる。
まったく、若造が。
お前な、ここの店舗誘致にルーカスがどんだけかけずり回ったと思ってんだよ?
それにフードコートはエンターテインメントとセットでやるから相乗効果が出るんだよ。
「私はそうは、思いませんね。もしそれでも『売れる』とおっしゃるなら、フォル様が同じ事業を市内で展開してみたらよろしいでしょう」
「ふうん……」
とはいえ有名店を集めれば市内でもそこそこ売れるような気はするけどね。食そのものがエンターテインメントになりうるから。ラーメン博物館しかり。
もちろん、やぶ蛇になるので言わないけど。
「じゃあこれならどう?」
「はあ、まだあるんですか?」
懲りずに提案してくるフォルに、ややげんなりする。
「市内に、このダンジョンへの転移箇所を増やしていいよ」
………………え?
「便利だよねー、転移トラップ。でも一箇所にしか設置してないでしょ。増やしたとしてもあとは西門と北門付近かな? でもいちばん便利なのは市内への設置だよね? これ以上客を呼ぶならさっ」
それは俺が考えては却下していたアイディアだった。
いちいち門から出なくちゃいけないからお客さんは来るのに手間がかかる。開門時間に気を遣う必要もある。
これが――市内にあったとしたら? そういった問題はすべて解決する。営業時間の延長もできるだろう。ホテルは打撃を受けるが、それはそれ、違うサービスで差別化もできるはずだ。
「……そんなこと、できるはずがありませんよ。ダンジョンの一部が市内にあるようなものですよ? 領主が許すはずもない」
便利になることを歓迎するお客さんはいるだろうけど、転移塔がたとえば自分の家の横にあったら、絶対に嫌がるよな?
ダンジョンのモンスターが出てきたら? とか、人通りが増えてうるさくなるのでは? とか、不安要素を上げればキリがない。
「転移トラップの置き場所にはすでに目星をつけているんだよねー」
「なんですって?」
「屋台街だよ」
「――――」
そう来たか。
屋台街――つまり市場と食料品店がごっちゃになったエリア。
そこならば通行量が増えたところで誰も文句言わないし、むしろ増えた方が周辺の出店者も喜ぶ。
さらには屋台街は区画分けされていて、出店料も区画によって異なる。これを仕切っているのは商人ギルドだ。貴族が手を回せば、転移塔の土地くらいは空けてくれるだろう。
「転移トラップを市内に設置することで、ここも市内の一部とみなすことができる。そうなれば税金を支払うっていうのも筋が通るよね?」
「なるほど、これが本命でしたか」
「あはははーバレた?」
最初に、実現できそうだけど実入りが少なそうな提案。これを俺が拒否したら、美味しさがアップした提案を持ちかける。
子どもっぽいくせによく考えてる。名探偵かな?
「ですが懸念はありますよ。まずは、ダンジョンマスターがこの話を呑むかわからないということ」
俺は一応、ダンジョンマスターと接点があって商売させてもらっているという体だからな。
そこはこのフォルも踏まえている。
「それは君が説得できるでしょ?」
「どう反応するかは読めませんよ。税金どうのは我々人間サイドの問題ですからね」
「ふうん……人間サイド、ねえ? でもさ、市内に転移トラップを設置できるっていうのはダンジョンにとっても美味しい話だと思うけどね」
「まあ、その方向で話してみましょう。――もうひとつは、領主が許すかどうか、です」
領主はリューンフォートの治安に責任を持っている。
迷宮の入口が市内にあるとなったらかなり気に病むんじゃないだろうか?
確か、リューンフォート領主はかなりの敏腕だ。なにを考えるか、俺にはわからない。ていうか会ったこともないしな。
「ああ、それなら大丈夫だよ。だって――」
「!」
そのとき俺は、立ち上がっていた。
「……どうしたの?」
「シッ」
俺は……異常を察知していたんだ。
ダンジョンマスターの機能として、迷宮全体を常に把握できるというものがある。
その迷宮に、異常があるのだ。
崩れている……? 爆発?
リューンフォート方面で、俺の迷宮が一部崩落している。
「ちょ、ちょっと失礼!」
「あ、待ってよ!」
俺は走り出した。本来なら高速移動でも使って飛んでいきたいところだけど、とりあえずフードコートから出てリューンフォート方面を見てみる。
「な……」
「急にどうしたんだよ? 僕、変なこと言ったかなあ……って、あれ?」
俺の横に立ったフォルも気がついたみたいだ。
「煙だ」
リューンフォート方面から煙が幾筋か上がっている。
雪が降っていないから、はっきりと見えた――黒い煙を。
一箇所なら火事だろう。
でも、何本も何本も上がっている――。
「リューンフォートでなにかが起きてる!」
めっちゃ前の伏線を回収していきます。
女神2とシスコンの出番が全然ないなこれ。