第84話 万が一への対策、その後の会議は混沌とする
リューンフォートで上がっている煙を見て、フォルは飛んで帰っていった。ローバッハを連れて。
ローバッハは「ファナといっしょにいるゥゥゥゥゥ!」と奇声を上げていたが、当の妹本人から「妹が帰る屋敷の安全を確認するのも兄の務めでしょ?」と言われて渋々帰っていった。
「…………」
イヤな予感がする。
地下に張り巡らせておいた俺の迷宮網の破損規模はたいしたことないんだけど、「迷宮を破壊した」というのが気になるんだよな……。
「なんだあれ」
「うおっ、火事かよ!? 帰るわ!」
「バカ、なに言ってんだ。門はもう閉まってるぞ」
「あー!」
リューンフォートでの異変を嗅ぎつけた来場客が騒いでいる。
そうだ。門はもう閉まってるはずだよな……でもフォルたちは迷いなく帰っていった。貴族パワーで開けてもらうのだろうか?
「どうしよう……うちにゃ、嫁と小せえガキがいるってのに……」
不安のあまり泣き出すお客まで出てきた。
まずいな。
これ、大事になったらホークヒルの立場まで危ういぞ。
「なにかあったときに帰れない」じゃあ、客足だって鈍る。ここに来てフォルが提案した「市内に転移ポイントを作る」っていう提案の価値が高まるとは。
「ユウ——」
「ごめん、リンダ。ちょっと今から手を打ってくる。リンダはファナといっしょにいるようにして」
「うん」
「あっ、あと! あとで話があるから! どこが『損にはならない』だよー!?」
釘を刺すだけ刺して、俺は迷宮司令室へと戻った。迷宮内拡声器を使ってリオネルを呼び出す。
あいつ、レイザードといっしょにいるから俺が高速移動で迎えに行けないんだよな……。
「お呼びですか、ボス」
「きりっとした顔で来てるけど、キマッてないからな。サッカーユニフォームじゃ」
「いやー新デザインを試着してたらどれもこれも捨てがたく」
「今から俺が言う言葉を、このマイクに向かって話せ」
俺はリオネルをマイクの前に立たせた。
その声は——迷宮内にいる人間、迷宮の外にいる人間、ショップやホテルにいる人間、転移塔にいる人間へと響く。
火事が起きたときとかを想定して作っておいたんだ。
——迷宮にやってきた諸君。我が輩はこのホークヒルを創りし者である。報告によると、今、リューンフォートでは大きな事件が起きているらしい。家族が心配な者もいよう。だが、この時間はリューンフォート門は閉鎖されている。そこで、だ。我が輩が諸君らにとあるアイテムを授けよう。1つは、ボタンを押すとリューンフォート市内へ転移できるアイテム。もう1つは、諸君を含む5人まで、ホークヒルまで転移させられるアイテム。市内が危険だと感じた者は、一時的にホークヒルに待避することを許可しよう。なお、このアイテムは今より24時間のみ使用できるものとする。
その間に俺は、キ○ラの翼を用意した。現在ホークヒルにいる人間は179名。従業員も含む。転移先をリューンフォート大通りに設定したものを179、使用者含む5人までを転移できるトラップを179。
1つ造れればコピーするのは簡単だ。MPさえあれば力技で処理できるのが迷宮主の強みだな。
キ○ラの翼のひな形だけ大量に造っておいてよかった。
「——ゆ、ユウ、なんだよ今のアナウンス? しゃべってたのってリオネルか?」
「ミリア、いいところに来た。手を貸してくれ」
「ん?」
俺はミリアに、往路用キ○ラの翼の入った箱を持たせる。復路用は俺だ。
「行くぞ」
転移トラップでレストランの個室へと移動する。
「オーナー!」
ディタールが俺に話しかけようとするが、
「ディタール。帰りたい従業員はみんな帰していい。ルーカスにも伝えてくれ!」
「かしこまりました」
こういうときディタールは、一切疑問を挟まずに行動してくれる。
ありがたい。
——どうなってんだ!?
——街でなにが起きてんだよ。
——アイテムはどこだ! 出てこいよ迷宮主!
外に出ると、冒険者や市民がざわめいていた。
遠目に見えるリューンフォートの煙はますます濃くなっている。
「皆さん、聞いてください!!」
俺は大声を上げて注目を集めた。
「俺の隣の彼女が持っているアイテムが、市内へ戻る用! 俺が持っているものがホークヒルへ戻る用です! 先ほど迷宮主からアイテム支給がありました! 全員分あるそうです!」
おおおっ、と声が上がる。
最初に駈けてきたのは、さっき泣いていた男だった。まったく。泣くくらいなら泊まりがけでダンジョン来てんじゃねーっての。家に小さい子いるんだろ。
彼はミリアから往路用のものをもらうとすぐにも起動しようとする——。
「こっちも持っていって! なにがあるかわからないから!」
俺の気迫に押されて、戸惑いながら男はうなずき——キ○ラの翼を使い、姿を消した。
それを見てまたもどよめきが上がる。「消えたぞ」「消えた」そりゃそうだろ。
転移アイテムなんて怪しいと思う人間も多かったけど、背に腹は替えられない、というところだろうか。
行列ができてアイテムをもらっていった。
俺とミリアは必死で配り続けた。ひとり1つという制限があるから簡単ではあるけどな。
それにしても俺は——イヤな予感を振り切れなかった。
なにがあったのかはまだわからないけど、迷宮を破壊したんだ。
俺はすべての通路に平面整地をかけて、つるつるにしている。歩きやすいだけでなく、こうすることで通路の硬度が高まるというのもある。
どれくらい硬いのかというと——上級冒険者レベルの魔法使いが、全力魔法をぶっ放さないと駄目なほどに。
間違っても、火事程度で崩れるようなものじゃない。
「……なにが起きてんだ……?」
アイテムは100個と少しを配り終えたところで、列がなくなった。
この後に迷宮から出てくるお客もいるかもしれない。遅れてやってきたディタールに、レストランの従業員でホークヒルに残ってもいいという者に、このアイテムを配ってもらうようお願いする。また、残ってくれた従業員には今日の日当を5倍にしてやるようにとも。その金は俺が負担する。
「ミリア、ありがとうな」
「あ、えっ? い、いや、たいしたことじゃねーよ。配っただけだし……でも」
「でも?」
「役に立てたんなら、よかったよ……」
俺はぽんぽんとミリアの頭に手を載せた。「子ども扱いすんな」と怒られた。いやいや、だってさ、素直なミリアなんて珍しいじゃんか。
「ルーカス! ちょっと話がある」
先ほどから近くで様子を見守っていたルーカスに声をかける。ちょうどフードコートの入口にリンダとファナも見えたので、彼女たちも呼んでレストランの奥の個室へと移動する。
部屋にいるのは俺、ルーカス、リンダ、ファナ、中二、ミリアの6人だ。ディタールには人数分のお茶を頼む——と、
「やあ、面白そうなことになったね? 僕らの分のアイテムもあるんだろ?」
そこへ招かれざる客である、アルスとレイザードたちがやってきた。
面倒なところに来たな……こいつらには話を聞かれたくなかったんだけど。
ん、待てよ?
「もしかして、リューンフォートに様子を見に行ってくれるのか?」
「もしかしなくとも、そうだよ。冒険者として当然の務めだろう?」
しれっと適当なこと言いやがった。なーにが冒険者として当然、だ。冒険してないだろ、お前ら最近。
まあ、今はそっちのほうが都合がいいんだけど。
「レストランの外にいる従業員からアイテムをもらってくれ。できれば後で、状況も教えて欲しい」
俺も直接見に行きたかったけど、なんか怖いじゃんね。ほら、迷宮主は戦闘力皆無だし。
「オーケー。じゃ、レイザードよろしく」
「ふん……お前に使われるのは気にくわないが、荒事は俺様向きだな」
「きゃぁっ! レイザード様カッコイイですわ!」
パー子もいた。なんか興奮してる。
「えーっと……パーリナーダも、市内に行くの?」
「はいっ。レイザード様や皆様の活躍をこの目にできるチャンスですもの」
あ、そう。いってらっしゃい……と手を振っていると、なぜかアルスまで手を振っていた。
「アルスは行かないのか?」
「僕は頭脳派だから。——あ、僕の分のお茶もよろしくね」
レイザードたちと入れ違いに入ってきたディタールにアルスは告げる。
「……アルスも行けよ、関係ない人間には聞かせられない話だ」
「SS事業ですでに関係者だと思うけど? あっ、一所懸命ここをもり立てようと思っているのは僕だけで、ユウからしたら僕なんてこき使ってポイ捨てするくらいの人材だったってこと? 悲しいな〜悲しいな〜」
こいつ本気で性格悪いな! 俺が否定せざるを得ないこと言ってきやがる!
ちなみに「SS事業」は「しゃれこうべサッカー事業」な。
「そうは言ってないだろ。ただこれは部外者には聞かせられない」
「彼女は? 見ないエルフだけど」
「…………」
ファナか。
うん、部外者だわ。
「あたしを追い出してリンダにいかがわしいことするつもり?」
「……なんでそうなるんだよ、ファナ」
「呼び捨てしないで」
「ファナさん」
「名前呼ばないで」
「…………」
もうめんどくさいなあ! もう!
「ファナ、ちょっと——」
おお、リンダがフォローしてくれてる。ありがたい……。
「——そこのハチミツ取って」
違った! 女神は相変わらずマイペースだった!
「もういいや……俺が話があるのはルーカスとリンダだけだから。まずルーカス、リンダが連れてきた徴税官から『納税しろ』と言われた」
「——なんですって?」
ルーカスの表情が強ばる。中二——ロウィートもまたそうだ。
この言葉の意味がわかるのはやっぱり商売人だよな。
商売にかかる税率は純利益に対して一律で40%。かなりの高額だ。実は日本の法人税もおよそ40%なんだが——まあ、それは置いておいて、これを回避すべく節税対策がいろいろあるんだけど、ウチの規模だと使えない手段が多い。雇用確保とか、設備投資とか、そういうのだ。
雇用は言わずもがな、めっちゃ人数少ない。
設備投資? 俺の迷宮魔法は元手タダだよ?
「しかし先生。市外での商売に課税するなんて聞いたことがありませんよ? ましてやダンジョンなんて」
「ダンジョンの入口そばで、探索に必要なアイテムを売ったりすることは?」
「もちろん課税されません」
「だよな。で、徴税官は、『市内に転移塔を造る許可を与える』と言っていた。課税に対する交換条件だろう」
「先生……それは交換条件としてはあまり意味をなさないのでは? ダンジョンのビジネスはリューンフォートに限らず、転移塔を別の都市に置くこともできるはずです。であれば置いた都市の数だけ課税されるのでしょうか?」
「建前で言うと、そうだよな」
「建前……先生は納税義務を受け入れる覚悟がある、ということでしょうか?」
「まさか」
俺は笑った。
「どっかのタイミングで行政が手を伸ばしてくるのはわかっていた。だからたぶんこれは……前哨戦なんだと思う」
フォルと話したときはあわてたけど、だんだん俺も落ち着いてきた。
向こうもいろいろ考えている。
領主から見たら、得体の知れないダンジョンに市民が、貨幣が吸収されているのだ。これは結構まずい事態だよな。
ダンジョンマスターは話せる相手なのか?
ダンジョンマスターは金が欲しいのか?
ダンジョンマスターの最終目的は?
調べる最初の手段として、「税金」を持ち出したのはなかなかいい手だ。
「他の商人にせっつかれて」という言い訳もできるし、ダンジョンが金を欲しがっているのかどうかもわかる。
「へぇ〜〜〜。ユウっていろいろ考えてんだなあ」
説明すると、ミリアが感心したようにうなずいた。
どうでもいいけどお前、メイド服着てるのにどうして給仕しないで座って茶飲んでんの?
「……先生、腑に落ちないところがあります。どうして徴税官ごときが『市内の転移塔建設許可』などを口にできたのでしょう?」
「どういうこと?」
「税を扱う財務部下部組織と、建設許可を出す建築部、治安に関する統合警備部はまったく違う組織ということです。ダンジョンの入口を街中に造るかどうか、こんな議論が出ているなら、絶対にどこかから漏れます。これでも私だって情報網を広げていますからね。まったく聞こえてこないなんてありません」
「なるほど……」
ルーカスの言うことはもっともだった。
ということは、だ。
「リンダ。質問があるんだけど」
「うん?」
「あの徴税官は何者なんだ? 俺に言ったよな。損にはならない、って。あれはどういう意味?」
「ああ……あの人、すごく頭がいいってウッドエルフの例会で聞いたことがあって。交渉ごともめっぽう強いから、相手を立てつつちゃんと進めるんだって」
「え? ウッドエルフの間で話題になるような人なの?」
「ウッドエルフをなんだと思ってるの。世捨て人の集まりじゃないんだから」
ちょっとだけムッとしたような顔でリンダが言うと、ファナが「世捨て人みたいなウッドエルフもいっぱいいるじゃない」と混ぜっ返した。いっぱいいるんだ。
「いや、ごめん、ちょっとよくわからないんだけど、つまりフォルって……あちこちで有名になるような人ってこと?」
「先生、今なんて?」
「え?」
「フォル……まさか、フォルカ公ですか!?」
フォルカ公?
なにそれ?
「フォルカ=リューンフォート。現在のリューンフォート領主ですよ」
……え?
俺がファナに視線を向けると、彼女は肩をすくめて見せる。
リンダを見ると、彼女は「そうだよ」とこともなげに言ってお茶請けのクッキーをぱきりと食べていた。
そういう大事なことはイのいちばんに言おうよ……。
領主が直接接触してきた。
かなりの切れ者だと思ってたけど、女の子——女性とはな。
ホークヒルを取り込みたいということだろうか? うーん、まだわからないな。でも、直接自分で乗り込んできたあたりは好印象だ。
「わかった。税の話はとりあえず蹴る。で、向こうの反応次第だ」
「ええ。それがよろしいかと」
「あとはリューンフォート市内でなにが起きているかだな……」
フォルは——フォルカにとっては、今日の騒ぎは不意打ちだったようだ。
気になる。イヤな予感がするし。……ああ、クソ、ロージーとヴィヴィアンも市内にいるんだよな。モーズたち木工職人グループは自分たちでどうにかしそうだけど、ロージーたちは不安だ。なにかあればキ○ラの翼を使ってくれるだろうけど……。
そこへアルスが小さく手を挙げる。
「じゃあ、話もまとまったしみんなで見に行こっか?」
「——は?」
「市内観光としゃれこもうよ。こんな日にしか見られないものもあるかもしれないよ?」
「ちょっと待て、お前自分で頭脳担当とか言ってただろ」
「百聞は一見にしかず。見なければわからないこともものも多いのだよ」
こいつ……なにが目的だ? いや、違うな。ただ今の混乱をおもしろがってるだけだ。
でも——ちょうどいいかもしれない。いい、ボディーガードが手に入ったと思えば。
「おや、ユウ。その目は行く気になった?」
「いいぜ。行こう。その代わり最初の行き先はリューンフォートタイムズ社だ」




