第77話 こちらが面接するのと同時に、相手もまたこちらを面接しているのだ
『あ……鷹岡さん、おはよう、ございます……』
朝になってようやく香世ちゃんの力が緩んで、ふっと俺の意識が眠りに落ちてすぐ――香世ちゃんが目を覚ました。
『おはよう……よく眠れた?』
俺に抱きついて眠りに落ちたことを思い出したんだろう、香世ちゃんは顔真っ赤だ。
『はぃ……こっちの世界に来て、初めてです。こんなに眠れたの』
『ならよかった。いくつか着替えを用意したんだけど、サイズが合うかわからないから試してみて。また10分後くらいにドアをノックするから』
俺はそのまま自室に高速移動した。なんか照れてる香世ちゃんを見てたら、マイ・サンが急に元気になり出したものでな……腰を引っ込めたままベッドから出ることはできず、迷宮魔法で逃げたのだ。
顔を洗ってさっぱりして、俺も着替えてから香世ちゃんの部屋の前に向かう。
『ど、どうでしょう?』
『おおっ』
ゆったりとした布地を使い、長めのスカート。襟元はスカーフでくるりと巻いている。
ザ・村娘。
香世ちゃんにはそういうのがよく似合ってる。
頭には毛皮を使った帽子。髪の色がプリンになっていて目立つからそれを隠すのが目的だ。
『よく似合ってるよ。十分溶け込める』
『むふふ。ありがとうございます』
『さて……それじゃ朝ご飯にしてから、ホークヒルを案内するよ』
俺は香世ちゃんを連れてホークヒルの商業施設エリアへと出た。時刻は朝の7時。まだまだ客が来る時間帯ではない。
卵焼きにフレンチトースト、葉物のサラダが出てくると、
『うわあ、美味しそうですね』
『そう? 香世ちゃんだっていいもの食べてたんでしょ』
『豪華だったみたいなんですけど、口に合わなくて……味が濃いんですよね。あとニオイとか』
「ヒルズ・レストラン」で俺が食べるメニューはいろいろ調整してもらってるからな。一度、通常メニューとしてお客さんに出したこともあったのだけど、そのときの評判はそこそこだった。客は、ちゃんとお金を出すなら味が濃いものを食べたいらしい。ベインブの店が流行るワケだ。
ゆっくりと食事をして外に出るころには、リューンフォートから客が押し寄せて来ていた。
『うわぁ……ものすごい混雑ですね……』
リューンフォート・タイムズへの広告出稿は3日前に行われている。新聞の売れ行きも好調のようだ。勇者のパレードまでは広告効果を実感できなかったけど、落ち着いて今日見てみると、これまでより1割以上は増えている気がする。
「先生!」
ルーカスがやってきた。香世ちゃんが俺の陰にささと隠れる。
「そちらが例の……」
「まだこっちの言葉が不自由なんだ。脅かさないでやってくれよ」
「もちろんです。――先生のお連れ様。ルーカスと申します。先生の一番弟子であります」
『こいつ、ルーカス。自己紹介してる』
『鷹岡さんのこと、先生、みたいに言ってませんか?』
『……そこは気にしないでよろしい』
「先生。ところで面接のスケジュールですが今日の午後でもよろしいでしょうか?」
面接……?
あっ、そうか。ルーカスに人材を集めてもらってるんだった。
「わかった。それでお願い」
「かしこまりました」
ルーカスが忙しそうにリューンフォートへと続く転移塔へと移動していく。それと入れ替わりにやってきたのが、
「あぁっ! またユウの周りに女が増えてる!」
「……現れたなミリア。なんなんだよお前のそのセリフは。お隣の情報通ババアかよ」
「ババアってなんだよ! おいらみたいな若い女つかまえて!」
「はー……若い女は一人称『おいら』なんて言わない。見ろ。香世ちゃんがびびってるだろ」
ルーカスが出てきたときよりも隠れている。もう身体のほとんどを俺の陰に入れている。
「か、香世ちゃん? なんだよ、その、親しそうな言い方!」
「ふふん。親しいのだから仕方がない」
昨晩なんて同衾したんだぞ。それ以上はなにもなかったけどな!
「おいらのことも『ミリアちゃん』って呼べよ」
「呼ぶわけねーだろ。どうして呼んでもらえると思ったんだよ」
「むうううううう」
「わかったら威嚇するな。香世ちゃんをびびらせるな」
「バーカ! ユウのバーカ!」
小学生並みのボキャブラリーで罵ると、ミリアはいなくなった。
『あの……鷹岡さん、今の人は……魔族、ですか?』
『みたいだよ。俺もよく知らないけど』
『そう、ですか……教会では魔族は滅すべしという意見の方が多かったようなので、驚きました』
それから「ベインブのスペシャル」や他の店舗を案内する。ディタールとソフィにも挨拶をした。
ヴィヴィアンとロージーのいる新聞社に行くと、ここでも香世ちゃんは俺の後ろに隠れる――のかと思いきや、俺の横に立った。
『わたし、島田香世です。鷹岡さんの同僚です』
「香世ちゃん。俺の同僚」
紹介すると、ものすごく真剣なまなざしで香世ちゃんを見つめるヴィヴィアンとロージー。
即座にふたりはこちらに背を向けて、こそこそと話し合う。
「……ちょっとこれは想定外なんですけど……」
「……どういうことでしょう……かなり親しげ……」
「……あたしたち以上にもう……」
「……向こうも戦う気満々ですよ……」
香世ちゃんは胸を張ったまま、きゅっと口を引き結んでいる。どうしたのかしら、この子……実家で飼っていたチワワがいきなり戦闘モードになったときのことを俺は思い出していた。
「この新聞社の社主を務めるヴィヴィアンです」
「ユウさんから直接仕事を請けているロージーです」
俺の翻訳を聞きながら、ふたりから差し出された手に握手して返す香世ちゃん。
『しゃ、社主……鷹岡さんから直接仕事を……』
『香世ちゃん、気にしなくていいから。なんかこの子たち妙な対抗意識があるだけだから』
『……わたし、がんばりますから。すぐに言葉も覚えますし、がんばりますから。だから、鷹岡さんといっしょに働きたいです』
『え? うん、もちろん』
そんなにがんばらなくてもいいと思うんだけど、とは思うものの、言語習得の近道はやる気だからな。水を差さないでおこう。
俺たちはランチミーティングとしゃれこんで、広告効果で今日は来場数増が見込まれることや、前回の広告デザインについて話をした。
香世ちゃんは特に熱心に広告のデザインを確認していた。技術的にどこまで印刷できるかを事細かにヴィヴィアンにたずねている。ヴィヴィアンでは答えられない部分も多くて、ヴィヴィアンは悔しそうにしていた。この様子だとヴィヴィアンは午後には「青雲鳩印刷工房」に乗り込んでいろいろ情報を仕入れるのだろう。そして香世ちゃんは次回の広告デザインを手がけたいのだろうな。
「今日、印刷工房を任せられるかもしれない人物と面接するから。また連絡する」
俺はそう伝えると、ヴィヴィアンとロージーと別れた。
ホークヒルに戻る前に、子どもが文字を覚えるのに使う単語帳らしき木板を買った。香世ちゃんにはこれで、空き時間に言葉を覚えさせるつもりだ。それとお金を渡してルーカスの商店で生活に必要な雑貨も買ってもらうことにする。
その間に俺はルーカスのお友達と面接である。
うぅ……このイベントをすっかり忘れていた。ルーカスほどじゃないにしても頭がいいヤツらなんだよな……ボロが出ないようにしなきゃ。
午後2時、リューンフォート市内の「神なる鷹の丘商会」の建物へとやってきた。
ホークヒルで活動しているルーカスの商会ではあるけど、本拠地は街の中に定めなければならない。で、倉庫兼、街で活動する拠点として2階建てを借りている。
応接室で、俺はルーカスが紹介する3人と会った。
「ふぅん? あなたがルーカスくんの師事する先生、ねぇ? 僕の目には一般人にしか見えないけどね?」
銀縁のメガネをクイッ、クイッとやりながら絡んでくるのがギンガネ。髪は横一線ですっぱり切れている。
チェックのシャツでやせぎすの身体を包んでいるが、俺の中では「もやしっ子」というあだ名が生まれていた。
「はぁー。あたくしこのあとの予定も貴族街でのお茶会で埋まっていますの。早くお話は終わりにしましょ?」
ピンクのロリータスタイルなのがパーリナーダ。髪の毛もピンクだ。甘ったるい声に垂れ目という、だいぶシュガーシュガーした感じの乙女だけども――くっ、胸が大きい……思わず見てしまいそうになるぜ……!
俺の中で「コイツはパー子だな」と決まった。
「…………」
無口なパンクスタイルの女子がロウィート。黒髪に青い目で、透き通った白い肌もお人形さんのようであるけども、なぜに右に眼帯? 横でルーカスが「眼帯は昔からしていますが、ちゃんと目はあるし、見えています」と囁いてきた。よし、お前は「中二」だな。
「では、まず君たちがふだんどんな――」
出会いですでに疲れている俺ではあったが面接を始めることにした。
が、それを遮って手を挙げたのがもやしっ子だ。
「その前に聞きたいんですけどね? ミルクハット卿の提唱した新しい経済理論『貨幣と流通を巡る諸問題』についてあなたの見解を述べてくれる? それくらいもちろん読んでるでしょう?」
おう、もちろん読んでねえよ。
こちらを遮って発言したと思ったらそんなのかよ。逆面接のつもりか? 得意げな顔をしてやがる。
うんざりしたのは俺だけではないらしく、パー子やロウィートもうんざりとした顔だった。このギンガネ、同じこと何度もやらかしているな。
「ギンガネ、先生はな――」
「待て、ルーカス」
俺の代わりに言おうとしたルーカスを手で制す。
「……ギンガネくん。君は経済理論に詳しいようだね。最新の理論が出てくると論文から読む、と」
「もちろんですよ? それくらい経済人としては当然でしょう?」
「では聞くが、その中でどれくらいのものを実践した?」
「――えっ」
俺は、日本で働いていたとき、インターンでやってきた大学生のことを思い出していた。高学歴で経済学部在籍。習いたての経済用語をぽんぽん並べてふんわりした議論をぶつけてくる。
自分に自信があるんだろう。自分の実力を社会で使いたくてうずうずしているんだろう。
俺は言った――で? って。
「その経済理論を読む時間、経済理論を集める費用以上のお客さんを、君は獲得したんだろう? 実践しない理論を仕入れることほど無駄なものはない。理論武装はいいが、必要のない情報は決断を鈍らせる。鈍った決断は、経営者にとって最大の弱点となる」
「それは――まだ僕は、経験途中の身だから情報は多いに越したことはないし、経営者にはまだまだ……」
「俺がこれから任せようと思っている仕事は、工房を、商会を、ひとつまるごと経営してもらうことだ。事業を動かす、そのトップになってもらうことだ。『リューンフォート・タイムズ』の社主は10代の女性だぞ。だが彼女はすでに俺と対等で仕事をしている。まだまだ成長途中で自信がないのなら、帰ってもらって構わない」
いいよな? という目をルーカスに向けると、ルーカスはうなずいて返した。
ギンガネは口を閉じているが頬は紅潮している。怒っているのか、恥じているのか、わからないが、帰る気はないようだ。結構結構。商売には負けん気も必要だよ。
それまで黙っていたパー子が口を開いた。
「ねーえ? それじゃあもう、やるべき仕事はあるってことかしら? どんなお仕事なの?」
「1つ決まっているのは印刷工房の経営だな。他は、これから始まる新形態の飲食店の立ち上げ。あとは……ルーカスの仕事がふくれあがっているからそのサポート」
「ふぅん……全部地味じゃなくって? あたくし向きの仕事じゃないと思うわ」
パー子はすっくと立ち上がった。
「では下りるか?」
「ええ。おうちのお仕事だって忙しいのですもの。あたくしにはそちらのほうがいいようですわ」
おうちの仕事じゃねーだろ。お茶会っつってたじゃねーか。
「では、ごきげんよう――」
と、彼女が言いかけたそこへ、
「ああ、いたいた。やっぱりここにいたんだ」
やってきたのはアルスだ。
我が物顔でやってくる。
「なにずかずか入り込んできてるんだよ……」
「商会が表に面しているのに、入ってはいけないなんて言うのはおかしいと思うけど?」
「はー……ああ言えばこう言う。わかった。それで用件はなに?」
「例のもの、できてる? 転移トラップできるアイテム。僕ちょっと王都へ行かなければいけないかもしれなくて、今のうちに持っておきたいんだよね」
俺はポケットから「キ○ラの翼」を取り出してアルスに渡した。レイザードたちも必要らしく、全部で5個だ。
「戻ってきたら『あの仕事』も進めようよ。あっ、先に会場の準備だけはお願いね?」
「……まあ、善処する」
やる気かよ。しゃれこうべサッカーやる気かよ。
「アルス……様、ですか……!?」
とそこへ口を挟んできたのは、誰あろうパー子だ。
「まあ! まあまあまあ! ユウさんも人が悪いですわ! 特級冒険者アルス様とお仕事をなさっているなんて!」
「すさまじく食いついてきたな」
「それはそうですわ! 貴族街でのお茶会でも、冒険物語がテーマになると必ずアルス様のお名前が上がりますもの!」
そうなの? と思ってアルスを見ると、
「まあ、家族のせいで僕は悪目立ちしてるからね」
なんて言いながら肩をすくめた。
しかしパー子の目。乙女乙女してる。めっちゃキラキラしてる。でもって俺をちらちら見ては「早く紹介しろ」と目で言ってくる。
貴族にもウケがいいのか、アルスは。
そうか――貴族街でお茶会、と言っても、パー子は貴族には頭が上がらないんだろうな。だからアルスと接点を持ちたがっている。
ははーん?
俺、いいこと思いついた。
「してるよ、アルスと仕事。新しい事業を興す予定なんだ。その責任者も探している」
パー子は迷わなかった。見とれるくらい美しい姿勢で挙手をして、
「天職ですわ」
と言った。
「まーたユウが悪い顔をしてる」
腹黒アルスは黙っていろ。