第76話 香世ちゃんとリオネル……どちらも俺といっしょに働いているのにどうしてここまで差がついたのか
『香世ちゃん』
『!?』
香世ちゃんがいた宿の一室はめちゃくちゃ豪華だった。「ホテル・リューンフォート・クラシック」のスイートもすごかったけどあれよりもずっと豪華……というか華美というか派手というか。
柱までなんかすごい金箔とか貼ってあるもん。
寝台に腰掛けていた香世ちゃんは俺の登場にびくりとするも、すぐに俺だと気がついて立ち上がる。
『鷹岡さん!』
『うわっとっ』
いきなり抱きつかれた。う、うおおい、びっくりしたよ。でもうれしいよ。女の子に抱きつかれたことなんてないもんよ。
ああ、なんかふわふわしてやーらけーわ……いいにおいもするわ……っても、そのあたりは全部教会から与えられたもんなんだろうけども。
『香世ちゃん、長居できないんだ』
『はい、わかってます。さらってください』
単刀直入に言ってくるな、この子。
『……ほんとうに、いいんだね?』
『どういうことです?』
『俺といっしょに逃げることは可能だし、おそらく足がつくこともない。だけど今、香世ちゃんが着ているような高い服は用意できないし、贅沢もそんなにできないよ? 働いてもらうことになるよ?』
本音を言えばそこそこ贅沢はできるはずだけど、それを当てにされても困るしね。
『はい、鷹岡さんといっしょに働けるならどこへでも行きます!』
『…………』
ちょっと。
ちょっと聞きました? 今の言葉。
社会人になったら一度は言ってみたい言葉「俺のところで働いてくれないか」。社会人になったら一度は聞いてみたい言葉「あなたとならどこででも働きます」。
これ転職の話じゃないからね。もっと重たい話だからね。なんせ香世ちゃんは俺が迷宮主だって知った上で言ってくれてるんだから。
『……俺んとこ、いろいろ大変だけどいいかな?』
『はい。わたし、こっちの世界に来てからずっと考えてました。鷹岡さんも絶対こっちの世界にいる、って。鷹岡さんに会うまでは死んでも死にきれないって。会ったらなにを話そうかってそればっかり考えてました。つらいことがあっても、鷹岡さんに会えるって思ったらまたがんばれたんです』
『香世ちゃん……』
『でも、考えても考えても答えは同じなんです。会ったらこう言おうって決めてたんです……「鷹岡さんとまたいっしょに働きたいです」って……』
俺の服をつかむ彼女の手が震えていた。
目は潤んでいた。
いくら鈍感な俺だって気がつく……香世ちゃんはずっと不安だったんだ。俺は唯一の、彼女にとっての希望だったんだ。
そんなにたいしたもんじゃないよ、俺は。仕事だってそこそこしかできないし、その証拠にずっと平社員だった。こっちの世界じゃ戦闘力皆無で他の人に頼りっきりだ。
それでも、さ。
それでも香世ちゃんが望んでくれるのなら、
『香世ちゃんのデザインをいちばん理解しているのは俺だ。行くぞ』
彼女の希望にくらい、なってやる。
『——はいっ!!』
ま、彼女といっしょに仕事したのなんて数か月っぽっちだけども。
「……やっぱり現れたか」
そのとき部屋の窓がぎいいと開いた。
「外」からの侵入には気づけなかった——俺は、迷宮主だからだ。
彼は、勇者は、手にすべてを切り裂く光剣を発動させながらこっちを見据えていた。
香世ちゃんが俺の前に立って両腕を広げる。
『鷹岡さんから離れてください! この野蛮人!』
「……迷宮主、聖女様からすぐ離れろ。殺すぞ。聖女様を盾にするとは。殺すぞ」
『わたしにつきまとわないで! 窓から入ってくるとか最低です! ストーカーですか!』
「その方は高貴なるお方だ。殺すぞ。お前の汚い手で触っていい存在じゃない。殺すぞ」
勇者が一文ごとに「殺すぞ」を挟んでくる。だいぶ語彙がアレでヤバイ。なんだ俺の仲間か。
まさか聖女様——香世ちゃんからストーカー扱いされているとはつゆほども思わないだろうな……ある意味ご愁傷様、とは思わん。ザマァ!
『香世ちゃん、香世ちゃんは同じ貴職七称号だからあの剣は絶対当たらないんだ』
『えっ。そうなんですか? もしかしてわたしって無敵ですか?』
『い、いや、俺とか他の人の攻撃はふつうに当たるからね、対勇者においてはってだけだからね。油断しないでね』
『そっかー……』
しょんぼりする香世ちゃんはなんかもう子犬感ある。
「おい、なにをこそこそ話している。殺すぞ。聖女様が嫌がってるだろ。殺すぞ」
『香世ちゃん、必ず転移させるから、俺のお願いをひとつだけ聞いて——』
俺が香世ちゃんに作戦を伝え、すぐさま香世ちゃんの前に立った。
「聖女様に剣を向けるとは何事だ。お前はほんとうに勇者なのか? そんなしょぼい魔法をひけらかして」
「しょ、しょぼい……だと……?」
勇者の顔は青ざめたと思うと、真っ赤に染め上がる。
「殺すぞぉおおああああああ!?」
ほとばしる光。
剣を振りかぶり、壁を、天井を、削りながら俺へと迫る。
そして剣は斬った——俺、の、残像を。
「チィッ!? どこ行きやがったッ!」
勇者が吠える。建物が一部崩壊する。騒ぎを聞きつけた付き人が駈け込んでくる——。
『ひゅう〜……危なかった』
ぎりぎりまで引きつけて、まず俺の身体の陰で香世ちゃんを転移。それから俺自身が緊急避難からの高速移動のコンボ。
俺は香世ちゃんとともにホテルの地下にいた。
ホークヒルに戻らなかったのはやらなければいけないことがあったからだ。
『だ、大丈夫ですか、鷹岡さん! ケガとか……』
俺の顔とか身体をぺたぺた触ってくる香世ちゃん。あ、そうか、彼女からしたらここは真っ暗だよな。
『香世ちゃん、俺は大丈夫だから。先にちょっと送る部屋でじっとしててくれる?』
『は、はい……わかりました……なるべく早く来てください……』
『急ぐ』
俺は香世ちゃんを迷宮内の1室に送り出す。香世ちゃんを迎え入れるために準備を整えておいた部屋だ。
で、だ。
俺はさっさとホテルとの接続を切って、迷宮外とする。
地下道もどんどん空間復元で元あったとおりに戻していく。
グランフィルミスにはかなりの地下道を掘ったけど、そのほとんどを元に戻す。さもないと勇者が地下を掘ってきそうだからな。
レッペハッカ購入用のルートだけ残して、よし、完了。
時間は——あれから15分か。
「!?」
俺は即、「ヒルズ・レストラン」に戻るつもりだった。
しかしさっきの部屋に……誰もいない。リオネルも、アルスも、レイザードたちも。
どこだ。どこにいる——。
「なに……!?」
彼らはいまだ迷宮内に、いた。
だけどそれは俺の予想をはるかに超えた場所だった。
「行けッ、そこだッ……ああーっ! なにやってんだよ骨がッ!」
「レイザードぉー。ここにいるの全員骨だよ?」
俺がやってきたのは、地下の大空洞。
22体の骨が、しゃれこうべを追いかけて走り回る……そう、「しゃれこうべサッカー場」だ。
「——サッカーのルールはですね、軍でも採用されている『球走り』競技に似ていますが、手を使ってはいけません。手を使えるのはゴールキーパーのみとなっていて——」
「リオネル様。なにをしているのですか……?」
「ハッ」
にっこりと微笑みかけるとリオネルの奥歯がカタカタ鳴った。
「え、えぇと……アルスさんから聞かれましてね、『このダンジョンを造る目的は』と……『もちろんサッカーをやるためだ』と答えましたところ、どうしても見てみたいと……ちょうど今日は2部リーグの昇格戦がありましたから……」
「案内した、と」
「はい」
この短時間でサッカー場に移動してるとかさすがリオネルさんだわ。2部リーグ昇格戦とかいうパワーワードも挟んでくるあたりさすがリオネルさんだわ。さすリオ。
面白そうな顔でアルスが口を挟んでくる。
「こんなにエキサイティングなものを隠していたなんてずるいなぁ。どうして公開しないんだい? ルールもちょっと特殊だけどすぐ理解できるし、なにより細かく知らなくても楽しめるじゃないか」
「公開したいんですけどねえ」
おいクソリオネル、なにてめぇは勝手に言ってんだ。
「こ、こんなにスケルトンがうようよしているのを見たら、市民は卒倒するし、冒険者が討伐するだろう」
俺は精一杯抵抗する。
「んー……大丈夫じゃないかな? そもそもここがダンジョンだってわかっててみんな来るだろうし、モンスターを使った見世物というのはすでにある。安全面については高位の冒険者……たとえば僕らみたいな人間が、安全を保証しているとなれば安心して見てくれる」
「さりげなく自分を売り込んできたな」
「あっはっは。ユウは鋭いね。どうだい、公開してみては?」
リオネルが俺を見ている。それはもうキラキラした目で。……なに? 観客が欲しかったの? 骨仲間じゃダメなの?
あとさりげなくアルスも、俺がここの決定権を握っていると考えてるな。
あー、クソ。リオネルひとりに話させるんじゃなかった。どうせ「ボスが……じゃなかった、タカオカが」とか言い間違いとかしたんだろうな。
「——ま、公開してダメなら転移トラップを閉じればいいだけなので、いいのではないですか、リオネル様?」
「そ、そうですか? よーし、それじゃ公開しちゃいましょうか!」
「アルスさん、安全面のお墨付き、頼むよ——もちろん無料で」
「これは一本取られたな。無料で構わないよ?」
にっこりしやがった。そういうのがいちばん怖い。
しくじった。
タダより高いものはないって言うもんな。
「……代わりになにを要求するんだ?」
「イヤだなー。そんな要求するわけないじゃないか。でも、そうだな……もしここで新しい企みをすることがあったら真っ先に見せて欲しい。体験させて欲しい」
「…………実験台になりたいのか?」
「じ、実験台? 僕はただ新しいものが好きなんだ。それと——」
「まだあんのかよ。タダなんじゃないのか」
「いやいや、これは要求ってほどじゃないよ。ここに即時帰ってこられる転移アイテムがあるだろう? あれが欲しい。僕は冒険者だからたまには街を離れることもある。冒険者ギルドに通知してくれればどこでもメッセージは受け取れるけど、帰ってくるのは大変だからね」
「ふーん。まあ、それくらいならいいけど……」
「なら、決まりだね」
手を差し出してきた。握手を求めているのか?
「リオネル様。アルスが握手を求めていますよ」
「え? ああ、はい」
「…………」
俺はシカトしてリオネルの骨の手を押しつけた。
冒険者の手なんて怖くて触れるか。ただでさえ俺の戦闘力は皆無なんだぞ。
アルスはこっちの味方とは少なくとも言えない。だけど、敵になる気は今のところないようだ。……なんか、俺を発明家みたいに思ってるのかな? そこに価値を感じているのか?
まあ、いい。
警戒しておくにこしたことはない。
そんなわけで秘蔵の(できれば未来永劫隠しておきたかった)しゃれこうべサッカーは、公開する運びとなってしまった。
「ちょっと待てや」
と思ったらレイザードが口を挟んできた。
「アルスの名前じゃしょっぺぇからよ。俺様が名前を貸してやる」
「——いや、レイザード。君が出ると話が大きくなりすぎる——」
「そうかい? 是非お願いしたいな」
俺が受け入れるとアルスが苦い顔をした。くくく、レイザードのほうが冒険者として格が上。アルスがむちゃくちゃな要求をしてきたときに盾として使えるかもしれん。
「俺様も報酬はいらねえ。だが、要求が1つある」
むっ……こいつもかよ……。
ヤバイ条件突きつけてこないだろうな……?
「それはな」
たっぷりもったいつけてレイザードは言った。
「俺様の名前を冠したしゃれこうべサッカー大会を開くぞ!『レイザード杯』だ!」
こいつがバカでほんとうによかった。
その背後でカタカタカタカタって大喜びしている骨どもと同じレベルだ。
どんな大会にするかでリオネルまで乗り気になったので、「ヒルズ・レストラン」に戻ってからその詳細を詰めることとなった。「ホーク・イン」に部屋を取ってあるからある程度話がまとまったら案内するようルーカスに伝える。アルスたちが来ていたことは伝えてあったけど、こんなふうに話が転がるとはルーカスにも予想外だったらしく、
「新たなエンターテイメントですか……しかしチャレンジングですね」
と、きわめて常識人らしいことを口にした。ぼくもそうおもいます。
とりあえずそのあたりはまた今度考える。問題は先送りにしてなんぼだ。
『——お待たせ』
俺はそこから移動した——香世ちゃんの元へ。
『鷹岡さん!』
『ごめん、ちょっと時間掛かって——』
まただ。また、抱きつかれた。
ちょ、ちょっとぉ、困っちゃうでしょぉ、ひょ、ひょっとしてアレかな、俺のこと……好き、なのかな……?
「…………」
なワケねえよな。わかってる。調子に乗っただけだ……。
異世界で心細くて、俺に頼っただけだよな……。
『香世ちゃん、とりあえずここのこと説明するよ』
彼女を落ち着かせて、俺は説明する。
俺が迷宮主であること。ここがダンジョンであること。ダンジョン内は転移トラップを使って移動できること。なにかあってもすぐに逃げ出せるようにダンジョンを拡張しまくっていること。
……結構話すこと多いな。まだルーカスたちのことを話す前に、香世ちゃんがうとうとし始めた。
『香世ちゃん、今日はもう寝な。話の続きは明日しよう』
『……鷹岡さん、あの……わたしが寝るまでそばにいてもらえませんか……?』
もじもじしつつうつむいて香世ちゃんは言った。
えっ、と思うことはなかったよ。
だってさ、俺が説明している間、ずっと俺の服の裾を握ってたもんな。
『もちろんだよ』
『あっ、じゃ、じゃあ、手も……握っててもらっていいですか?』
『お安いご用だ。なんなら添い寝してもいいくらいだ』
軽いジョークを飛ばしてみた。
『……はぃ。お願いします……』
えっ?
いや、いやいや、えっ?
添い寝だよ? 同衾だよ?
手を引かれ、ベッドに向かう。
いいの? マジで? マジ……お、大人の階段上っちゃうの……? ガラスの靴履いてないよ……?
香世ちゃんは顔を真っ赤にしていたけど、先に布団をめくって入り込む。顔を背けたままじっとしている。
『た、鷹岡さん……ど、どうぞ』
『あ、はい』
あ、はい、とかリオネルかよ——と自分で自分に突っ込みつつ俺もベッドに上がり込んだ。
これ……ヤバイ。ヤバイわ。俺の理性をごりごり削ってくる。まずシチュエーション。次にニオイ。そして体温。どれ1つとっても俺の心臓を八つ裂きにできるレベルの攻撃力を持っている。だがな、俺の心臓はなんと1つしかないのだ! 3回死んでるわ。
どうしよ、どうしよ、これってアレか、「来てもいいわよ!」という意思表示なんだろうか? 人生で初めての体験だからどうしていいのかわからないんですが。B’zが授業の内容はこういうときに役に立たないって歌ってたけどほんとだわ。ベッドでの女子との触れあい方について講座を開いてください、誰か、今すぐ、オンデマンドで——。
『……鷹岡さん、わたしたち、どうなっちゃうんですか……?』
震える声。
絞り出されるような彼女の心の叫び。
俺は我に返る。
そうだよ……香世ちゃんが不安がっていたことくらいわかってた。俺は、頼りがいのあるセンパイなんだ。彼女の中では。今はそれに応えてあげないと。
血液が集中して超合金ほどの硬さを誇っていたマイ・サンはしゅるしゅると衰える。すまんな、我が息子。今日は出番ではない。
『きっと日本では……俺たちは死んでいる』
びくり、と彼女の身体が動いた。
『帰れないんでしょうか……』
『帰る手段を探すことはできる。それなら俺も手伝う。だけど——その手段がないとわかっても絶望しないで欲しい』
『どうしてですか……? 絶望、しますよ。日本に帰りたいじゃないですか……』
それは偽らざる香世ちゃんの本音だろう。
俺よりもずっと充実した人生を送ってただろうし。
もうこの世界でもいいかな? とか思っちゃう俺とは違う。
それに迷宮主として孤独への耐性がある俺よりも、彼女のほうが心にダメージを負っているんじゃないかと思う。
『香世ちゃんが絶望したら、俺が悲しい……俺たちはふたりぼっちなんだから』
『ふたり、ぼっち?』
『せっかく会えたんだ……ひとりぼっちじゃないって俺もわかってうれしかった。また俺をひとりぼっちにしないでくれよ……』
『鷹岡さんも寂しかったんですか?』
『そりゃあ、不安も寂しさもあったよ。俺なんて人間じゃないんだぜ?』
『……人間にしか見えませんけど』
『それを言ったら香世ちゃんだって俺の腕生やしたり、人間離れしてんぞ』
『わたしたち、異世界人で、人間離れしてて、そこも同じなんですね』
くるりと身体をこっちに向けた香世ちゃんは、鼻がちょっと赤かった。まつげも少し濡れていた。
『鷹岡さん……ぎゅってしていいですか』
『いいよ』
抱きつかれた。途端に勢いを盛り返してくる俺の股間のフランクフルト。出番ではござらぬ、控えぃ、控えおろう!
『……すぅ、すぅ……』
すぐにも香世ちゃんは寝息を立てて寝始めた。
ふう……危機は去ったか。主に軽蔑されかねないという意味で。
ふたりぼっち、か……。
そうは言ったけど、実はそうじゃないと俺は思っている。
フランス出身のナポレオンかぶれの迷宮主だっていた。他にも、いるかもしれない。
だけどその辺の話はまた今度だ。他の日本人は少なくとも見かけていないし。
俺たちはこれからどういう未来を切り開いていけばいいんだろうな。
わかんねー。
迷宮主の出世コースなんてどこの転職サイトにも載ってなかったよ。
香世ちゃんを剥がそうとしたけど手の力を逆に強められた。俺はこのままの姿勢で翌朝まで眠れずに過ごしたのだった。




