第75話 迷宮主リオネル様
しっかし香世ちゃんも同じ異世界に転生していたとは。
聖女の称号まで持っているなんて。
俺なんて迷宮主だぜ? モンスターだぜ? スッポンポンで洞穴にひとりでいたんだぜ?
とはいえ……香世ちゃんはめっちゃ不自由だったっぽいな。言葉だって片言でしか話せないようだったし。
確かになあ。外国にいって半年もしないうちにぺらぺらでしゃべれるワケがないんだよな。俺だってフェゴールのジイさんがいたから運が良かっただけだし。
待てよ? フェゴールのジイさんが使ったような魔法を香世ちゃんも使ってもらえばいいだけじゃないのか? 聖女が話せないのは教会にとって不利益だろう。でもそれをしないのは……あの魔法がかなりレアってこと? フェゴールのジイさんってすごいヤツだった?
——カッカカカカ!
俺の脳裏にフェゴールのジイさんの笑顔がよみがえった。ねえな。あのジイさんがすごい魔法使いだったとかは。ジイさんは……エロに関しては文字通り死ぬほどすごいヤツだったけど。
「やあ、思いの外早く会ってくれるんだね」
物思いから現実に引き戻された。
俺に向かって小さく手を挙げたのは特級冒険者のアルス。「ヒルズ・レストラン」の入口前だ。
どうしても迷宮主に会いたいと言ったアルスとの面会の場を整えたというわけだ。
ま、迷宮主っつってもリオネルだけどな。リオネルなら不意を突かれてブッ殺されても(すでに死んでいるとも言うが)俺がよみがえらせてやれるからな。
「リオネル『様』は勇者のパレードが終わるまで待っていただけだ」
せいぜい俺もリオネルを持ち上げておく。
「ああ、リューンフォート側の転移塔を壊されたんだっけ? 君も勇者に斬られて聖女に回復してもらったとか聞いたけど?」
「……ああ、とんだとばっちりだ」
知ってるのかよ。
「勇者が人間を斬るなんてよほどだと思うけど、どうして君は斬られたの?」
「手違いということだったよ。お詫びとして聖女様が回復してくださったが。……ホークヒルに長くいたせいか、あるいは迷宮産の持ち物があったせいかはわからない。魔物のニオイがしたとかなんとか」
「ふうん?」
こっちを探るような目をするアルス。探るな探るな。そこは探られて痛い腹だ。
ほんとやりにくい。
「じゃあ、これはどう思う? 君をかばったホテルのは斬られなかったどころか勇者の魔法を弾いたとか?」
そいつね。貴職七称号のひとつ「深縁」のディタールね。
「その人物はこのホークヒルでも見かけられる人物だとか?」
「アルスさん。俺は勇者に斬られて気を失ってたんだよ。後になにがあったのかも知らないし、勇者様や聖女様にあれこれ聞ける雰囲気でもなかった。勇者様や聖女様がアルスさんになにかを言ったのか?」
「……いや、言ってない」
よし。
アルスはそこまでは知らないんだな。勇者や香世ちゃんと顔見知りだったら危なかったけど。
であればあとはリオネル「様」を持ち上げるのに専念しよう。
「ただ僕じゃなくて、彼が聞いたんだ」
「彼?」
アルスはちょいちょいと背後を指差した。
「——なんで俺がこんなところまで来なきゃなんねーんだよ」
燃え上がるような赤い髪を持った男がいた。
「えっと……どちら様で?」
たずねた俺を、「知らないの? ほんとに?」という顔で見てくるアルス。いや、知らねーから。誰だよ。アルスよりかははるかにRPGにいそうな勇者キャラっぽいけど。アルスは腹黒くてダメだ。
「炎熱のレイザード。星級冒険者だよ」
「…………」
「どうしたの?」
「……いや、なんでもない」
なに余計なヤツ連れてきてんだよアルスゥゥゥ!
面白そうにこっちの様子うかがいやがってよぉ!
リオネルが死ぬどころか(すでに死んでいるとも言う・2回目)、粉々になって畑にまかれてトマトを育てる養分になっちまうぞ!
「えー? アルスは来なくていいって言ったのに行くって言い張ったのはレイザードじゃん」
「ほらほらからかうのは止しな。レイザードとアンタがケンカして仲裁するのはもうこりごりなんだから」
「ははは。ふたりとも最近暴れておらんからな。鬱憤が溜まっているのだろう」
レイザードの後ろには3人いた。
とんがり帽子の少女、胸は控えめながらスレンダー美人、白銀の胸当てを身につけた身なりのいい男。
「彼らは3人とも僕と同じ特級冒険者なんだ」
はい来た。勇者パーティー。
「……まさか迷宮主リオネルは、彼らがついてきたら会わないなんて言わないよね?」
「ああ。……たぶん」
リオネルには言わないでおこう。
俺はリオネルの冥福を祈った(すでに死んでいるとも言う・3回目)。
ヒルズ・レストランの最奥にある個室。
俺がいつも食事に使っている部屋でもあるけど、そこにアルスたちを通した。
テーブルを用意して、5人横並びで座ってもらう。
テーブルの反対側にはイスが1脚だけ。アルスたちにはお茶を出す。なぜか給仕しているのはメイド服のミリアだ。魔族が来たからといって動じたりはしないアルスたち。
「迷宮主はまだ来ないの?」
アルスが、部屋の隅に立っている俺に聞いてくる。
「もう少し待って欲しいということだ」
「こんな遅い時間を指定したのはそっちなのに、さらに遅刻するの?」
実を言うと、今は午後の10時である。
俺が香世ちゃんと再会してから3日後の。
この時間設定は俺がした。アルスたちは俺の計画に利用させてもらうつもりなのだ——つまり、この時間帯、俺がアルスたちとともにいたという「アリバイ作り」のための。
そう。俺はこの会談中に香世ちゃんをさらってくるつもりだった。
もちろん証拠も残さないし、誰かに気づかれるつもりもない。だけどもし調査されたときに、名の知れた冒険者であるアルスが意見を聞かれる可能性もある。さらには俺を斬ってきた勇者が俺に目をつけたときにアルスの証言は役に立つ。どのみちアルスとはリオネルを引き合わせなければいけなかったのだから、利用してやる。
「リオネル様のお考えは、俺にはわからない」
澄ました顔で言った俺は——ある気配を察知した。
宗教国家セウェルゲートの都市、グランフィルミス。
高級と言える宿はすべて迷宮占領してある。
その一室にいる……香世ちゃんが、いる。
お付きの人もいたのだが、その人物が離れ、香世ちゃんは部屋でひとりになったのだ。
誘拐チャーンス。
俺はポケットに手を突っ込んで、ぽちりとボタンを押した。
迷宮司令室にいるリオネルに「こっちへ来い」というメッセージを表示するボタンだ。
「わからない、って……この時間を指定したのは君じゃないか」
「俺、と言うより、リオネル様だ」
「そのリオネル様は今どこにいるんだい?」
「そうだな——あなたの目の前にいるよ」
「!?」
さすがのアルスも固まっていた。
テーブルにある残り1席。ぼろきれのような黒いローブを羽織った骸骨が、座っていたのだから。ちなみにこのローブはフェゴールのジイさんのものだ。
レイザードを始め、冒険者たちも目を眇めている。
「……転移魔法の類……でも魔力の発生も魔法陣も確認できなかった……おそらく迷宮に使われる転移トラップの類……イスに仕込まれていたということ? 魔法と同じとは考えない方がいい? ……」
とんがり帽子がぶつぶつつぶやいている。アレだな、魔法オタクだな。いいぞー。魔法少女で魔法オタク。割と好物だぞー。
「あなたが……この迷宮を所有している迷宮主、リオネルかい?」
慎重にたずねるアルス。
レイザードや他の冒険者は、なにかあればすぐにも剣を抜けるような雰囲気だった。
ローブのフードに隠れた顔。
眼窩の奥に、ちろりと光が見える——。
「あ、はい。リオネルです。この迷宮で暮らしてます」
つっても、見た目は不気味だけど中身はいつものリオネルなんだよな……。
すんげー軽い。
あんまり軽いからアルスが俺を見てくるもん。こっち見んな。お前の相手はリオネルだ。
「リオネル様、アルスたち冒険者が聞きたいことがあるそうです。俺は料理を確認してきます」
「あ、はい。よろしくお願いします」
俺は適当に切り上げると、部屋を出た。出る直前アルスが、「見た目はスケルトンだけど、スケルトンなのに食事をするの?」なんていう質問をしていた。
よし、さっさと香世ちゃんをさらいに行こう。
アルスは父であるアルヴェリアから迷宮に関して探るよう言われていますが、ユウは知りません。
知っていたとしても知ったこっちゃない上に、リオネルはさらに知らないという。
次回は大誘拐(懐かしい)。