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第70話 勇者のパレード前夜

 おれはこの日の夜、「赤ら顔」にやってきていた。お目当ての人物はいなかったが、カウンターでちびちびエールをやっていると、


「おっ、ユウ」

「こんばんは、ユウさん」

「おおー、もう飲んでるの? 意外とヒマなの?」

「今日も飲み比べるか?」


 ルンゴ、アイシャ、モーズ、ヤッコの4人がやってきた。


「そっちこそ遅かったじゃないか」

「ああ、うん、アイシャが終わるのを待ってたから」

「まだ宵の口なんだから先にここに来てくれてよかったのに。ルンゴは過保護なんだよねー」

「別に過保護ってわけじゃ……治安もよくないしさ」

「そういうのが過保護っていうの」

「むう」

「あっ、別に迎えに来てもらうのがイヤってわけじゃないのよ? いつも感謝してるから」

「それならいいけど」

「うんうん!」


 なんだ、これは。いつの間にかルンゴとアイシャがリア充になってないか?


「……モーズ」

「ユウ。お前が言いたいことはわかるよ〜。俺もこいつらの頭に植木鉢でも落ちてこねえかって思ってるもん」

「ほんとだぜ。『しあばち』だぜ」


 謎のワードをヤッコが口にした。「幸せなヤツらに植木鉢」というスラングらしい。リア充は爆ぜろってことですね100%同意です。


「……っつってもユウもなにか楽しそうじゃん。なんかいいことあった?」

「ん? ああ——」


 ふっふふふ。

 いいこと、あったぞ。

 思わずにやけてしまうが、モーズたちに言えることじゃない。


 なんと、「上級迷宮主ハイクラスダンジョンマスター」への進化条件を満たしたのだ!


 あのあとミリアと触覚、味覚を研ぎ澄ませていき、それぞれ特殊迷宮主への進化条件を満たした結果、ついでのように「上級迷宮主」への道が開けた。

 おそらくだけど、2種類の進化条件があって両方を満たす必要があったんだろうな。

 1つは魔力量。

 もう1つは複数の特殊迷宮主の進化条件を満たす、か、五感にまつわる特殊迷宮主への進化条件をすべて満たす。

 なんにせよこれでいつでも上級に進化できる。うん、特殊なヤツは止めておくわ。俺は冒険しないのだ。


 すぐに進化してもよかったんだけど、進化のタイミングで気を失うんだよな。どれくらい長く気を失ってるのかわからない。

 だから、今日は止めておいた。

 せめて3日後の勇者のパレードを見物してからにしようと決めたのだ。


「……なんだよニヤニヤして。相変わらず気持ちの悪いヤツだ」

「ちょっ、ヤッコ! なんだそりゃ、撤回しろ!」

「撤回する必要があるか? 俺たちとあまり変わらない年齢で、やたら金を持ってる。そのくせ庶民的で肝っ玉も小さい。お前はだいぶ奇妙だぞ」


 字面だけ見るとだいぶ毒舌なんだけど、言ってるヤッコはニヤニヤしている。無愛想なヤッコがここまでニヤニヤしているのは俺も見たことがないし、ルンゴやモーズもそうだったみたいで驚いている。

 どうやら俺は相当ヤッコに気に入られているらしい。アレか。殴り合ったあとは大の仲良しってパターンか。って違ったわー俺は一方的にぶっ飛ばされただけだったわー。

 ……じゃねーよ!

 男に気に入られてもしょうがねーわ!


「っていうかなに言ってんだよ。お前らと年齢が変わらないワケないだろ。俺は10歳くらい違うぞ」


 さばを読みました。正確には14歳も違います。


「え?」

「へ?」

「は?」

「えええええっ!?」


 いちばん驚いたのはアイシャな。

 とはいえ彼らの驚きもわかる。俺、こっちの世界に来てから肉体年齢が結構若返ってるみたいなんだよな。

 二十歳のころくらいかなあ。さらに言えば肉体労働者である男3人は年齢以上に見えるから、のほほんと温室栽培されている俺とトントンか、ヘタすると彼らのほうが上に見える。

 といっても俺の中では、俺は32歳だ。これは譲れん。


「人は見た目に寄らないんだね」

「おいおいルンゴ、さくっと納得しすぎじゃね、お前」

「……聞いたことがあるわ。裕福な家庭に育つと年齢よりも若く見えるって!」


 裕福って言うか苦労してないって言うか箱入りって言うかダンジョンから出られないって言うか。


「まあ、いいじゃねえか。何歳だって……な?」

「ヤッコ。お前もいいこと言うな」


 ふっ、と笑って差し出されたジョッキにジョッキをぶつけ、エールをぐびぐび飲む。


「これでユウの得体の知れなさが増したってだけだ」

「ぶほっ」

「ぐあああ!?」


 思いっきりエール噴いたわ。思いっきりルンゴにかかったわ。


「はー……ったく。ヤッコが俺をからかいたかっただけだってことはよーくわかった」

「くっくっく」


 ヤッコがぐびぐびとエールを飲み始めるのを見計らって俺は言った。


「3日後の勇者のパレード、『ホテル・リューンフォート・クラシック』のスイートルーム予約したから。みんなで騒ごうな?」

「ぶほっ!?」


 今度はヤッコのエールが噴き出され、モーズにかかる。


「ちょぉぉヤッコォ! なにすんだよ!?」

「げほっ、がはっ、い、今のは、しょうがねえだろ……」

「え、ユウ、さすがに冗談よね? ヤッコに仕返ししただけでしょ?」

「仕返ししたかったのはほんとうだし、予約したのもほんとうだよ」


 ふふふ、どうだ。予約してくれたのはディタールだけどな!


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 え? なにこの沈黙。


「……ユウ、悪いけど、この話はなかったことに……」

「……そ、そうよね、ユウに悪いわ……」

「は!? なに言ってんだよルンゴ、アイシャ! 約束しただろ!?」

「い、いや、あんなホテル、畏れ多くて入れないよ」


 そんなに有名なのか。だいぶ老舗っぽいことディタールが言ってたような気がするけど。

 ううむ、「樫と椚の晩餐」も富裕層向けの店だったしなあ。


「今回は俺のおごり、っていうか、予約してくれたヤツがいるんだよ。だから気にせず来てくれよ」

「でも、なあ……?」

「うん……」

「さすがにあんなところは……」

「いやいやいや! 頼むって! そんなところにみんなが来てくれなかったら俺ひとりで宴会すんの!? 寂しすぎるだろ!?」


 必死になって説得の弁舌を振るい、ようやく4人は「それじゃあ行ってみるか」と言ってくれた。

 はあ……まさかの苦労だよ。




 ルーカスが俺を呼び出したのはそれから2日後、勇者のパレードを翌日に控えた日のことだ。

 ホークヒルではなくずっと町の方にいたらしい。

 リューンフォートタイムズに出稿する話、クーポンをつけた話をルーカスに伝えると、


「クーポンの使用数で効果を測定するというのは新しいですね!」


 と目を輝かせていた。

 日本で広告効果をいかにして測定しいかに活用するかという考え方が一般的になったのは、まだ20年程度だもんな。インターネットができてから急速に進歩した分野だ。その辺はグ○グルさんがめっちゃ切り開いていったな。

 そもそもそれまでは屋外広告や雑誌広告が多くて、テレビの視聴率くらいが広告のリーチ範囲を数値化できていたくらいだ。

 この世界で効果測定を行うのは、はっきり言えば割に合わない。クーポン数を毎週数える「人件費」が、「広告を最適化した結果もたらされる利益」を超えてしまうのだ。

 俺の場合は人件費がゼロだからな。その点、分析はやり放題である。


「ホークヒルの賑わいも増えているようですね」

「そうだな。やっぱりアルスが初級第2ダンジョンをクリアしたことが大きいみたいだ」


 毎日の売上はすこしずつではあるが過去最高を更新し続けている。


「あとはちょいちょい改良もしている」


 俺もこの2日ほど、ホークヒルへのアクセスがよくなるよう改良を続けていた。

 レストランやテナントのあるエリアに冷たい風が吹き込まないよう可動式の壁を設置したり(春になったら外す)、リューンフォートの門から転移塔への短い道に屋根付き歩道を作ったり。

 こんな屋根付き歩道作ったら衛兵に破壊されるかも……とびくびくしたけど、むしろ彼らはおもしろがっていた。

 街の外のことは管轄外のようだ。


 こうした細かい手入れは、確実に顧客のアクセス数を伸ばす。


 今のデータはこんな感じだ。


 ホークヒル(86日目)

  現在所持金:金貨717枚、銀貨61枚、銅貨10枚

  初級踏破者:13名(第1)、1名(第2・金貨6枚)、N/A(第3)

  中級踏破者:0名(未実装)

  上級踏破者:0名(未実装)


 初級の踏破者が微増している。100%のピュアシルバーは珍しいようで、このあたりも「売り」のひとつになるよなあとは漠然と思うのだが。

 今度新聞の広告に載せてみるかな?

 にしても所持金だ。

 俺レートの日本円換算で3500万円を突破している。今のところ毎日50万〜80万円ずつ積み上がっている。俺の金銭感覚がどうかしちゃいそうだ。

 いやまあ、どうかしちゃう前に全然使ってないんだけども。


「それでルーカスのほうはどうだった? 印刷工房の社長になってくれそうな人材、いた?」


 ローバッハ会合以降のルーカスの動向に水を向けてみると、ルーカスはにんまりと、なんとも楽しそうな——ビジネスが当たったような笑顔を見せた。


「お、おお……その顔は、やったのか!?」

「はい。やりました」

「すばらしい! どんな人材だ?」

「3人おります」

「3人も!? すばらしい!」

「はい。かつて商業学校時代に私と机を並べ、僭越ながら『4秀』などと呼ばれていた残りの3名です」

「えっ、そんな3人が来てくれるの? すごすぎない?」

「ふふふ、お褒めにあずかり光栄です」

「よくやったルーカス!」

「ふふふ」


 なんともうれしそうな顔をするルーカスが言った。


「私が先生のすばらしさを力説すると、生意気にも『そんなにすごいヤツかどうか確かめてやる』などと言いましてね。先生と直接会い、このすばらしさを知ればいいのです。『ルーカスの言うとおりすごいヤツだったらその職場で働こう』という言質は取りましたので」

「……え?」


 ちょっ、ルーカスさん。

 え?


「いや待てお前それって俺が面談ていうか面接試験みたいなことするってことか!?」

「はい。先生にはお手数ですが、彼らの適性を見ていただきたく。あの3人の鼻っ柱を叩き折ってください!」


 違うぅぅ! それ違うぅ! 俺がヤツらに面接されるヤツぅぅ!


「演算能力は高い連中ですので、『神なる鷹の丘商会』のさらなる飛躍のために役立てましょう!」


 俺の知らないところで俺のストレスを生み出してくれたルーカスは、一点の曇りもない笑顔でそう言ったのだった。

 勇者のパレードは明日。

 俺のストレス源は2つ……ルーカスのお友達と、アルスとの面会だ。明日ちゃんと楽しめるのかな、俺は。


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あれ?面接する側だと思ったら品定めされる側だった件
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