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第63話 彼女たちの三者三様

「先生、お疲れ様でした。今回私はなにもできませんでした……」


 アーケードに入り、俺が再占領したことに気づいたのだろう、ルーカスがそう言ってくれる。

 リンダは興味深そうに俺とルーカスのやりとりを聞いている。質問したいのだろうけれど今は止めてもらいたいところだ。ひとつずつ説明すると何時間もかかることはルーカスに説明したときに経験したからな。


「なに言ってるんだよ。お前がいてくれたからこんな馬車も用意できたし、貴族との会話でボロも出ずに済んだ。すげー感謝してるよ」

「先生……」


 瞳を潤ませたルーカスはマジで感動屋だと思う。


「……それはそうと印刷工房の件ですが」


 ぎくり。

 先ほど丸投げした内容ですね、わかります。


「なにか書面で告知がされているのでしょうか? いきなり押しかけても社員はどうしていいかわからないと思います」

「あ、ああ……一筆書いてもらった。そう言えば前社長が捕縛されたあとも営業活動はしてるんだよな?」


 俺はローバッハに書いてもらった文書を取り出した。


「工房自体は動いているようですよ。フルフラール社長の息子が一時的に指揮を執っているようです。……先生、この書面ですが」


 文書に視線を落としたルーカスが、渋い顔をする。

 え? なんかまずかったか?


「……読めません」

「はい? どういうこと?」

「そのままの意味です。書いてある内容が読めないのです。先生はお読みになれるのですか」

「ん? どれどれ——『青雲鳩印刷工房の社長フルフラールは公正を守らねばならない商取引において詐欺的行為を行ったためにその身柄を拘束され、罰を与えられることが確定している。本来なら同工房は取りつぶすべきであるが、男爵位を所持している我の裁量で取りつぶしを取りやめる。しかしながら経営に疑問があるため、同工房の所有権をユウ=タカオカに与えるものとする。異議のあるものはリューンフォート公へと奏上すべし。在リューンフォート 男爵ローバッハ=ルン=ノゥダ』」

「…………」

「な、なんだ? 不備があったか?」

「いえ! 違います、書類としては完璧です。ですが……その、先生は、エルフ語を読めるのですか?」

「ん? エルフ語?」

「その文書はエルフ語でしょう?」


 そうなの? と思って見てみると、確かに文言はふだんその辺に書かれている看板とかとは違う。


「正確にはノゥダエルフ語と私たちは呼んでいる」


 するとリンダが口を挟んだ。


「私も、驚いた。私だってノゥダの文語は読むことができない」

「……そうなの?」

「エルフは閉鎖的な種族。凡レゲルガンド語はエルフもウッドエルフも話せるけど、それぞれの種族に伝わる文語は独自のもの」


 レゲルガンド、とは、この国——セントラグロリア王国もある、大陸の名前だ。

 大体どこに行っても凡レゲルガンド語が話されているし、街にはこの言葉の看板があふれているし、書物もたいていこれだ。


「……そうなんだ」


 俺はこのとき、フェゴールのジイさんのことを思い出していた。

 あのジイさんが遺してくれたものはほんとうに大きい。

 とんでもない量の言語もそうだし、ジイさんを吸収して得たMPもそうだ。

 ……まあ、エロ本もあるけどな。アレを回収するのにほんとに苦労した。


「ある人が教えてくれたんだ。その人にはほんとうに感謝している」

「……そうなのですね」


 さすが先生、とはルーカスも言わなかった。俺の言い方に、その人物の死を感じ取ったのかもしれない。


「この文書があれば、印刷工房を引き取ることが可能です。それで先生——私が直接手を掛けて印刷工房を動かすことはできないと思います」

「だよなあ……ルーカスも十分オーバーワークだもんな」

「……ただ、この街で最も大きな印刷工房のうちの1つを所有できるチャンスを逃したくありません」

「なにか方法が?」

「はい。私たちに足りないのは人材です」


 人材不足。

 これはどの業界でどんな仕事をするにあたってもぶつかる壁だ。

 この問題を解決するには、採用するしかない。だけどいい人材をそう簡単に採用できるわけがない。

 いい人材はその会社を伸ばすために活躍するし、会社がクソだった場合はさっさと離脱する。基本的にはいい人材とは会社に定着して活躍しているものだ。そしてまともな会社ならいい人材が離脱しないように適切な給料を払う。


 一方で、いい人材が大量に放出されることもある——会社の倒産、リストラ、事業の売却などだ。

 同業他社にとってのビッグチャンスになる。単純にライバルが減ることもそうだが、人材を獲得できるからだ。


「人材採用になにかアテがあるのか?」

「……ちょっと難しいかもしれませんが、心当たりがあります。先生、一度彼らに会ってもらえますか?」


 彼ら? ってことは複数?


「もちろんだ」

「ありがとうございます。ではすぐに面談の手はずを整えますので……」


 ん? で、誰なの? その説明はないの?

 まあ、いいか。さすがにルーカスがトンデモ人材を連れてくるとは思えないしな。


「申し訳ありませんが、先生からヴィヴィアンさんに事情の説明をしていただけますか」

「ああ、構わないよ——もうリューンフォートタイムズか」


 馬車が停まる。


「私はこのまま馬車を戻して、行動しますので」

「わかった。それじゃあな」

「はい」


 ルーカスにうなずき、俺は馬車から外に出る。

 あ……社屋から出てくるヴィヴィアンとロージーが見える。

 すごい勢いだ。思わず笑ってしまう。そうだよな、自分の会社がどうなるかの瀬戸際だもんな。


「……?」


 あれ? そう言えばリンダは——どこだ?

 周囲を見回すと、リンダは大通り沿いにあった黒の柱——アーケードを支える柱の注意書きを読んでいた。

 そこからこちらへと戻ってくる。


「あれは、ユウが造ったの?」

「…………うん」


 今さら隠し事もできないな。


「へえ」


 単純に感心したような反応だ。思うんだけどリンダは反応が薄い気がする。


「どうやって雪を溶かすの」

「ん?」

「雪が積もらないと書いてあった」

「ああ」


 そのやり方を俺は説明する。

 実はアーケードの骨格部分に地下水を通し、循環させている。

 循環している水の温度はおよそ10度前後なので、雪が積もる前に溶ける。

 地下水の循環パイプとは別の排水パイプを用意し、雪解け水を排出している。排出先は地下通路を通ってずっと離れた川だ。


「へえ……すごい」


 あまりすごそうに言わないよね?


 そんな会話をしていた俺たちだったが、ふと気づくとこちらに向かっていたヴィヴィアンとロージーが出てこない。

 見ると、エントランスのところで立ち止まっている。

 なんでだ——と考えたところで、俺は気づいた。


「それで、ここはなんの建物なの」


 俺の横にはリンダがいたからだ。


「……ユウ様?」

「……ユウさん?」


 にこやかながらも目がまったく笑ってないふたりが、


「「そちらの女性はどなたですか」」


 声をハモらせて聞いてきた。

 いや……その前に印刷工房のこと聞こうよ? ねえ?




 応接室に通されて俺たちは向かい合う。

 なぜか俺の右隣にヴィヴィアン、左にロージー、そして向かいにリンダだ。

 リンダが「?」という顔をしている。俺も同じ顔をしている。脂汗かいてるだけ俺のほうが顔色は悪い。


「それでユウ様、ローバッハ様との会合はどうなりましたか?」

「あ、はい」


 俺は一通り説明をした。印刷工房を俺にくれてやると言ったくだりはさすがに驚いていたようだったけど、ヴィヴィアンは「さすがユウ様」とルーカスみたいなことを言った。


「というわけで、リューンフォートタイムズはこのまま継続できる。あとは記者の質の担保や内部的な経営状況をもう一度洗い直して——」

「ユウ様? そちらの女性の説明が抜けていますが?」


 いやいやいやいや……会社の今後のほうが大事だろ? ……大事だよね? 俺、そのためにがんばったんだよね?

 だけどヴィヴィアンもロージーも、リンダのことを聞くまでは許さないみたいな目をしている。

 ちなみに言うとかなりふたりが両サイドから接近してくるので圧迫感がすごい。


「……リンダはローバッハ男爵の知人——」

「ちょっと待ってください」


 ロージーが口を挟んだ。


「呼び捨て、ですか?」


 ……はい?


「あたしも気になります。ユウ様、リンダ……さん、とおっしゃる方とは呼び捨てになさるほどの関係なのですか?」

「そこはどうでもいいでしょう?」

「よくありません!」


 ひぃっ。


「……私はウッドエルフ。ユウを観察することにした」

「か、観察!?」

「観察とは、具体的にどういう……?」


 ヴィヴィアンとロージーがたずねる。

 俺はなんだか——イヤな予感がした。


「いっしょに暮らす」


 ほらぁ! 変なこと言い出した!

 それはまあ光栄ですよ? 女神——じゃない、リンダとひとつ屋根の下なんてね? でもね? のぞきの報復なワケでしょ? それで「いっしょに暮らす」って悪い予感しかしないよ! なにされちゃうの、俺!?


「……ユウさん、確かミリアさんともいっしょに暮らしているんでしたっけ?」

「え? ああ、うん」

「ユウさんは人族が嫌いなのですか?」

「——へ?」


 ロージーの質問の真意がわからずにきょとんとしたが、すぐにわかった。

 確かに俺の同居人に人間はいない。

 ミリアは魔族でリンダはウッドエルフだ。ちなみに言うとリオネルは骨だ。


「いや別にそんなことないし、人間は好きだ」

「そうですか」


 明らかにロージーはほっとしたように見えた。

 自分が嫌われているかもしれないと思ったのだろうか? 俺がロージーを嫌うわけはないのに……ま、まあ、確かに、「樫と椚の晩餐」でなにが起きたのか報告せずにすっぽかしてはいたけど……。


「ユウ様、今後のことを話す必要がありますね?」

「え? あ、ああ……そうですね、ヴィヴィアンさん」

「出稿いただく広告のこととか、またビジネスについても教えていただきたいですし」


 ビジネス講義のことは忘れてよ!


「そそそそうですね……」

「なので」


 すっくとヴィヴィアンは立ち上がった。


「これからユウ様のお宅にうかがってもよろしいでしょうか?」


 …………。


「イヤですよ!?」

「どうしてです? そちらのリンダさんも連れて行くのでしょう?」

「イヤですって! 散らかってます、そう、散らかってますからね!」

「多少散らかっている程度なら問題ありません」

「私も行ってみたいです。いつも打ち合わせのときにはカフェでお目にかかってばかりでしたから。ご自宅がわかれば私からうかがいます、毎週」


 なんだかわからないがロージーも立ち上がって宣言した上に「毎週」という言葉を強調して言う。


「へ、へぇ〜それならあたしも毎週ユウ様のおうちにうかがわないと?」

「あら、ヴィヴィアンさんは行く必要がないでしょう?」

「出稿してくださるお客様ですからね、おほほほほ」

「あらあら、今こそ社主は会社を強固にするべく行動すべきでは?」


 なんだ……このふたり、どうしてこんなに仲が悪くなった……?


「ユウ。用事が済んだなら早く行こう」


 そんななか、リンダだけはマイペースだった。

 ていうか……あれ? ロージーとヴィヴィアンも連れて行かなきゃいけない流れですか?




 結局、今後の話は特にできないまま新聞社を出ることになった。

 ローバッハとの対決で気力を使い果たしていた俺は、「とりあえずホークヒルへだけは連れて行こう……そうすれば満足するだろう……」という単なる希望的観測に基づいて行動していた。

 掃除をしてくるからちょっと待って、10分後に門の外の転移タワーからゆっくりホークヒルへ来て、とだけ伝えて彼女たちとは離れた。

 ていうか俺は、アーケードの中は動けるけど外には出られないからな。

 ホークヒルで寝起きしていることを知ってロージーたちは驚いたようだったけど、そこまで意外ではなかったのか素直にうなずいてくれた。

 リンダを連れて行きたかったがさすがにリンダだけ連れて行くと「それなら私たちも」と言われることは間違いなかったのでリンダをふたりに預けた。

 リンダはリンダで「わかった」と素直にうなずいてくれたのは助かった——たぶん俺がいなくなってからいろいろ質問されるのだろうから、


「例の件は、内密に……」


 とこっそりリンダにささやいておく。

 俺が迷宮主であることとか洞穴であったいろいろのこととか秘密にして欲しいんだけど、という意味を込めて。


「? わかった」


 それわかってないよね? という反応が怖すぎる。

 でも詳しく説明もできないので運を天に任せた。俺はもう、あらゆることに対する気力のガードが下がっている気がする。




「ボス、お帰りなさい」

「ユウ! 生きてたかよ!」


 迷宮司令室に戻るとリオネルとミリアが待っていてくれた。

 リオネルに至っては、今日は大事なしゃれこうべサッカーの試合があるだろうに……いや、まあ、どこで仕入れたのかわからないサッカーユニフォーム着て行く気満々だけど……まあ、それでも一応待っててくれたんだからありがたい、のか……?


「こっちはどうだった?」

「問題なく。ボスの造った魔力バッテリーも動作していましたからね」

「そんでユウ、お前のほうはどうだったんだよ」

「いいニュースと悪いニュースがある」


 俺はリオネルへの心の中のツッコミをとりあえず封印して、言った。


「いいニュースは、ローバッハ男爵への説得が成功した」

「おお」

「やるじゃん」


 無邪気に喜んでくれるふたりがうれしい。

 そうだよな。この反応がふつうだよな?


「それでボス、悪いニュースは?」

「ローバッハ男爵の知り合いである、ウッドエルフがしばらくここで暮らすことになった」

「…………」

「…………」


 沈黙。

 あ、やっぱりこういう反応になるの?


「……その方は、何者ですか? というかボス、迷宮主であることは隠し通したのでは?」

「隠せたんだけど、リンダ——ウッドエルフの名前な、リンダはその前から俺が迷宮主であることを知ってたんだ」

「もしかしてボスが『女神』と呼んで崇拝していた?」

「!?」


 なに!? なんでリオネルが知ってんの!? 女神のことは俺がひた隠しに隠してたぞ!? 大体ここから見て山ふたつ超えた向こうに洞穴があるんだぞ!?


「ははぁ、ボス、たまに声が漏れてましたよ。『女神が降臨されない』とかなんとか」

「い、い、い、いや、それにしても、な? なんで女神とリンダを簡単に結びつけたんだよ……?」

「骨の勘です」


 骨の勘怖い!


「とりあえず、リンダは俺のことはローバッハ男爵に黙っててくれてるから大丈夫。それでリンダはこれからロージーとヴィヴィアンといっしょにこっちに向かってる——」

「ユウ」


 俺は思わず言葉を切った。

 冬の雪よりも冷たい声——ミリアが、俺に剣呑な空気を発していた。


「ちょっとそのへん、説明足りねぇんじゃねーの?」


 こ、怖い……魔族怖いよぉ! なに怒ってんだよ!

 リオネル、ここはお前が俺を助け——、


「あれ、リオネル?」

「リオネルならしゃれこうべサッカーの試合に行った」


 あんの骨がよぉ! 一瞬でばっくれるとはよぉ!


「え、えーっと……ミリアさん?」

「説明」

「いや、あの、話せば長くなるというか」

「おいら、お前とそこそこ長くいっしょにいるよな? なんでおいらが把握してない女の名前がいきなり出てくんの? そんでいっしょに住むとかなってんの?」

「ひっ」


 この同居人(穀潰し)怖すぎぃ! ニート魔族のくせになんなのこの威圧!

ヴィヴィアン「ユウ様のお宅に行けるチャンス!」

ロージー「どうしてヴィヴィアンさんはライバルが増えたのに元気なのかしら……これが若さ……い、いえ、せいぜい2つか3つしか違わないんだから、私もがんばらないと!」

ミリア「なんかわかんねーけどムカつく! 同居なんてゆるさねーからな!


リンダ「地下水ってあったかいの?」

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