第64話 痛い腹を探られる
ミリアへの説明を、「もうすぐにもリンダたちが来るからちょっと待って、ここじゃなくてヒルズ・レストランで迎えなきゃだから」とまたも強引に先延ばしにして俺はレストランへと移動した。
「……?」
すぐにもミリアも来るかと思ったけれど、ミリアが出てくる気配がない。来ないなら来ないでラッキーとばかりに、俺は、俺専用の個室からレストランのホールへと移動する。
「オーナー」
俺に気づいたディタールがすぐに寄ってきた。
「ディタールか……」
「そ、その様子ではもしや……失敗に?」
「いや、ローバッハ男爵の件は成功したよ」
俺の答えに、ディタールがほっと胸をなで下ろす。
ローバッハの介入をもたらしたことを、ディタールは責任感じてたもんな。
「前にも言ったけどローバッハ男爵があの店にいたのは不運だ。ディタールが悪いわけじゃないから」
「……しかし、私の気が済みません」
「その件はホテルを予約してくれたらいいって言ったろ?」
「あ、その件はバッチリです。大通りに面した『ホテル・リューンフォート・クラシック』のスイートを取りました」
「えっ、マジで? なんかすごそうな部屋だけどよく空いてたな」
ディタールがくすりと笑う。
「とある印刷工房の女社長が予約していたそうですよ? 急にキャンセルになったとか」
「…………」
今さらながらだけど、俺はあの女社長の人生をぶっ壊したんだな。
まあ、あの人はあの人で散々悪いことしてたから、その点については後悔はないんだけど。
「……オーナー? もしかして、他のルームのほうがよろしいでしょうか?」
「いや、構わないよ。使わせてもらおう。むしろ正当な権利だ」
「そうですね。ヴィヴィアンさんにとっては、特に」
「……ディタール?」
「なんです?」
「……ヴィヴィアンも呼んだほうがいいかな?」
「えっ」
呼ぶ気皆無だったんだけど。俺は憂さ晴らしにルンゴたちと騒げればそれだけでよかったんだけど。
当然呼ぶのですよね、みたいな空気だったんだけど。
「えーっと……あの、はい、オーナーのお好きなようにしていただければ」
なんかすごく気を遣わせてしまった……。
「それはそうとディタール。今からそのヴィヴィアンたちが来るから、食事を用意して。……たぶん4人か、5人分」
「はい。場所は奥の間でよろしいですか?」
「いや、特別感は出したくないからホールでいいよ」
「……僭越ながら申し上げますが、しばらくは奥の間を使用されたほうがよろしいかと」
「どうして?」
「それは——」
ディタールが説明するよりも、早かった。
レストランに入ってくるひとりの姿——冒険者がいた。
「あ!」
彼は、俺を見て指差した。
「ようやく会えた! いやあ、探したよ。どこに行ってたんだい? それにこのレストラン、裏口はないはずだけどどここから現れたんだい?」
特級冒険者アルスがつかつかと寄ってくる。
う、うわぁ……ここでこのめんどくさい人が出てくるとは……俺の人生呪われてるのか? 次から次へと厄介事が降りかかってくるんだが。
「ええっと、あなたはどちら様でしたっけ?」
俺、とりあえずすっとぼけてみる。
ディタールには「行け」と目配せする。
アルスに、目をつけられたらたまらないからな。
「いやだなあ、アルスだよ。冒険者の。そうそう、前に宣言したとおり初級第2ダンジョンをクリアしたんだ。君に一杯おごるって約束してたろう?」
「ああ、そのようですね、おめでとうございます。でもアルスさんが儲けたお金で俺がおごってもらうわけにはいきませんよ」
「…………」
アルスはじっと俺の様子を観察している。……いやだな、この人。「観察してます」というのを隠そうともしないんだよな。自信家なんだろうな。自分はこの相手には絶対に負けない、って思ってる。
「……悔しそうじゃないね?」
「え、なにがですか」
「僕が初級第2ダンジョンをクリアしたことについて、さ——それはそうと中級ダンジョンはいつ公開されるんだい?」
ああ、みすみす大金を持って行かれて悔しいだろう? って言いたいのか。そんなわけないじゃんね。大体クリアできないダンジョンだったら客がそのうち来なくなるし、クリアできる前提だからあげても惜しくない「1日1金貨」っていう設定なんだから。
この辺はルーカスならすぐに見抜いてきてもっといやらしいカマのかけ方をしてきそうだけど、ルーカスに比べるとアルスはそこまでの知性はないのかな?
「中級ダンジョンの公開時期について俺が知るはずもないでしょう」
「またまた」
「いやいや」
「またまた」
「いやいや」
「またまた——で、実際のところは?」
「いやいや、ほんとうに知りませんよ」
「ふうん……」
俺が尻尾を出さないからか、興ざめしたような声を漏らす。
「ではアルスさん、俺はこれから昼食がありますので……」
「ちょうどいい。僕もお昼はまだだったんだ。いっしょにどうかな?」
「いえ、先約がありますから——」
「ユウ!」
そのタイミングで、声が掛かる。
振り返ったそこにいたのは——ミリアだ。……ミリアだよな? 香油で髪をすいて、銀製のピンで留めている。着ている服も、いつもの普段着じゃなくてぱりっとしたブラウスに革のパンツ。どこぞの粋なお姉さんという体だ。
……その服どこで誰の金で買ったのか、とか、なんで急にキメてきたんだよ、とか、いろいろ言いたいことはある——のだが、いちばんは、
(なんでこのタイミングで出てきたんだよおおおおおお!!)
ってことだよ、バカミリア!
「おや、こちらの女性は——魔族かな?」
アルスの目が細められる。イヤな兆候だ。獲物を見つけた猛禽類だ。
「オーナーの知り合いかな? 美しいお嬢さんだね」
「う、美しいとか、お嬢さんとか、なんなんだお前! わかってんじゃねーか!」
うれしそうにするミリアがほんとバカ。
「お嬢さんは奥から出てきたようだけど、奥には出口はありませんよね?」
「ああ。なんたっておいらここに住ん——むごっ!?」
俺はミリアの口を手で塞いだ。このバカ、なにさらっと問題発言しようとしてんだよ!
「ここに、なんでしょう? ねえ、オーナー?」
愉悦混じりのアルスの声。
あああああ、もう! バカミリア! お前までロックオンされたぞ!
「?」
ミリアはミリアできょとんとしている。
こいつ……俺の立場とかなんもわかってねーな。一度きっちり話をしたほうがいいかもしれん……。
「アルスさん。ほんとうに俺たちはこれから食事の予定があるのです。これ以上は……」
「ええ、ええ、そうでしょう。構いませんよ? 僕もここのホテルに宿を取ることにしたので、ずっといる予定ですから。そうですね——僕もここに『住んでいる』ようなものかもしれませんね」
「…………」
こいつ、ミリアが言いかけたことしっかり把握してやがる。
「……アルスさん、正直、特級冒険者であるあなたほどの方が俺を目の敵にする理由がわかりません」
「あれ? 僕が特級冒険者だってご存じなのかな? さっきは僕のことすら知らないみたいなフリをしていたけど?」
あーくそマジこいつほんとめんどくさい誰か助けて。
「そういう言葉遊びも含めて、あなたの目的がわからないと言っているんです」
「……もう駆け引きはお終いかな? それなら話は早い」
うっすら浮かんでいた軽薄な笑顔は、どこかに行った。
「ここの迷宮主、ですよ」
やはり。
目標はわかってたけど——目的が、わからん。
ごくり、と俺はつばを呑む。
「オーナー、あなたは……」
俺はいつでも高速移動を発動できるようにしておく。
ミリアを転移させたら瞬時に発動しよう——。
「……迷宮主と知り合いなんでしょう?」
よし、逃げ——え?
「え?」
俺の疑問は声に出ていたようだ。するとアルスも「あれ?」みたいな顔になる。
「あなたは迷宮主と直接の面識がある。だからこそここでビジネスを展開する気になり、『神なる鷹の丘商会』を引き入れた。そういうことでしょう?」
いや、違うよ。むしろ俺が迷宮主だよ?
とは思ったものの、もちろん間違いを訂正する気はない。
アルスはなぜか俺が迷宮主ではないと思っている——そうか! 冒険者ギルドのモンスターファイルにも迷宮主に関する情報はほとんどなかった。
一般にウワサされているのは、モンスターの形をしている迷宮主ばかり。
俺みたいな、もろ「人間です」という迷宮主は見つかっていないんだ!
「……なるほど」
俺はもっともらしくうなずいた。時間稼ぎだ。
どうする。
ここで強引に誤魔化してもアルスはホークヒルへの調査を止めないだろう。むしろ突っぱねることで「なんでこいつこんなムキになって拒否ってんの? ハッ、もしかしてこいつが迷宮主?」となったらやぶ蛇だ。
であれば、
「ご指摘の通り、俺はここの迷宮主を知っています」
「ユウ!?」
ミリアが驚いたような声を上げるが、無視だ。
ちなみにミリアの驚きは「え、お前が迷宮主じゃん、なに言ってんの?」という驚きだよな。ほんとミリアはバカ。
アルスが「してやったり」っていうすごい笑顔になってる。
こいつ腹黒だな。
俺はアルスにエサをくれてやる。知りたい情報は適当に教えてやる。その上で、コイツがなにを欲しているのか探る。目的が達成されればアルスはいなくなるだろう——目的が金ではないらしいってことくらいしか今はわかってないけど。
「オーナー、そうしたら僕を迷宮主に会わせてくれ」
来ると思った。
「……アルスさん、あなたの目的がわからないことには……」
「迷宮主に会ったときに話す。もちろん危害は加えない」
「そんな、なんの保証にもならない口約束ではありませんか」
「……特級冒険者である僕の誓いを『意味なし』と言うのかい? ならば武器も預ける」
「魔法は?」
「なぜそれが問題になる? 魔法を使えない空間にしてくれればいいだろう。そういう迷宮だってある」
「……そうなんですか?」
マジで? それができるなら「中級ダンジョン」できちゃうんだけど。俺のアイディアが実を結ぶんだけど。
「迷宮主に聞いてみて欲しい」
「……わかりました、そうしてみましょう」
この提案についてはちょっと検討が必要だな。
そのとき俺はレストランの入口から入ってくる3人の女性に気がついた。ロージーたちだ。
「アルスさん、そろそろ時間が」
「わかった。ありがとう、僕にとってとても有意義だったよ。また来る」
と言ってアルスはきびすを返し、
「あ、そうそう。ちなみに迷宮主の名前はなんていうんだい?」
俺は満面の笑みでこう言った。
「リオネル様、とおっしゃいます」
「ちょっ、ユウ!? リオネルがなんで出てくるんだよ!?」
「なにかあったらあの冒険者に殺されるからな。リオネルなら一度死んでいるし問題ない」
「そういうことじゃねーよ! なに勝手に決めてんだよ!」
「あいつは俺の部下だし、俺が魔力注げば復活するし、なにより、俺が修羅場のときに逃げる根性が気にくわない」
「それ逆恨みみたいなもんじゃねーか!」
「大体な、ミリア。お前が余計なタイミングで出てきたせいだぞ?」
「えっ……」
「しかもここに住んでるみたいなこと言いかけたせいで、アルスに主導権を握られたんだよ。あいつのこと見てなかったのか? お前が、俺の弱点だと思ったんだよ。で、俺じゃなくてお前をつつけば情報を得られると踏んだんだろう」
「そ、それは……」
ミリアがしょんぼりする。「美しい」とか「お嬢さん」とか言われて気分よさそうだったから、余計にしょげるんだろうな。……まあ、ちょっと言い過ぎたか?
「だけど、アルスとはどっかで決着をつけなきゃいけなかったから、ちょうどいいかもしれない。リオネルなら殺されても滅ぼされてもどうにでもなる。いい機会だと思うことにする。トラブルとはすばらしいチャンスでもある」
みたいなことをB’zも歌ってる。古いわ。
「うぅ……ごめん」
ありゃ、お灸が効きすぎたか。
「そんな顔すんな。とりあえず飯だ。……言っておくけど、この場でも余計なことしゃべるなよ?」
「しゃ、しゃべらねーよ! おいら、ちゃんと学習できるからな!」
「そんならいい」
とそこまで話したところでロージーたちがディタールに連れられてやってきた。
「まだお客さんはまばらですし、お好きなテーブルをお使いください、オーナー」
「じゃあそこの壁際にしようか。一応衝立だけお願い」
「承知しました」
恭しく一礼するとディタールは下がっていく。
俺は改めて、やってきたロージー、ヴィヴィアン、リンダを見る。
「ようこそ、ホークヒルへ」
さて、修羅場がまた始まる……ディタールに胃薬持ってきてもらおうかな……。
異世界にきていちばんのトラブルDAYですね。
おばかなミリアがかわいいと思ってしまう私はもうだいぶオッサン目線なんでしょうか。




