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第十章 其の三

 フォルズスはとにかく巨体だった。本当は肋骨や胸骨を確認するんだけど、脂肪と豪華な服に埋もれてわかるようなわからないような。でも、おおよそこの辺、とあたりをつけて、ハナは心臓を真上から押し始めた。

 やっぱりトーマス君よりかなり難しい。体の横幅があるから近づきにくくてやりにくいし、押すにしても力がいる。正確には一分間に八十から百回押さないといけないけど、とてもそんな速さでできそうもない。


 「何をやっているんだ、ハナ」

 魔王が怪訝な顔をして尋ねてきた。

「あのっ、助けないと。心臓、止まってると思うんです」

 息を切らしながらハナは手を止めず答えた。

「何故、そんな奴を助けるんだ。おまえのことも俺のこともユシリスのことも殺そうとしたんだ。天罰が下ったのだ。俺が殺したわけでもおまえが悪いわけでもない」

 吐き捨てるように魔王は言った。これで死んだら、また邪眼で呪い殺したとか言われるんだろうなと、ハナは思った。

「いい人だから、とか、好きだから助けるわけじゃないんです。だって、死にかけてるから。苦しんでるから」

 心臓マッサージがこんなに重労働だとは思わなかった。肩が痛い、腕が痛い。でも、やめるわけにはいかない。まだ、今、やめたら死ぬかもしれない。


 呆れたように側に立っていた魔王が、ハナの隣りに膝をついてかがんだ。

「俺がやろう。おまえでは力が足りない」

 この人が。

 ハナは驚いたが、ゆっくりはしていられない。

「あの、こうやって、腕は曲げずに、地面に垂直な感じで、まっすぐ下に押してください」

 ハナの指示したとおり、魔王はフォルズスの胸の真ん中を深く押した。

 バキ、と鈍い音がした。

 魔王が一瞬、手を止めた。

「わざと折ったわけじゃない」

「手を止めないでください」

 ハナは即座に言った。

「肋骨、折れましたね、多分。でも、心臓止まったら死んじゃいますから、やめないでください」

「わかった」

 

 さすがに魔王も汗をかき始めている。

 ハナはもう一度フォルズスの手首の脈を取ってみた。

「あ、動いてるかなあ? ちょっと止めてみます?」

 よかった。脈がまた動き出した。ハナはもう止めてもいいことを魔王に告げた。

「助かったみたいです。ありがとうございます、魔王様」

 ふうっと汗を拭いながら彼は軽い笑みを見せた。

「ほんとに、ハナは・・・」


 まだ脈を確認しながら、ハナは、やっぱり言いたいことがあった。

 「あの、魔王様、この人のこと、あたし、ちょっとわかる気がします。あたしもできない人だから。

 魔王様、顔もいいしかっこいいし頭も良くて剣も強いし、しかもこの時代に戦の天才で、家臣たちの信頼も厚くて。一方自分は何をやってもうまくいかなくて、うらやましかったんじゃないかなって思うんです。

 だからって、この人のやったことは悪いことなのは変わらないし、当事者じゃないあたしが許してあげてとか言えないですけど、もちろん。

 弱くてずるくて、普通の人なんですよ。殺したいぐらい憎たらしいって思い詰めるほど、どうしようもできなかったんだってこと、ただ、わかってくれたらいいなと。そういう人もいるんです、あなたと違って」


 魔王は驚いたようにハナを見つめた。

 その時、何かの空気がふうっと揺れたような気がした。

 その動いた空気が渦を巻いたように集まってシェンドリルに吸い込まれるように見えた。魔王の隣に横たえてあったシェンドリルから、どす黒いものが、だんだんと抜け落ちて消えていった。


 「シェンドリルが、鍛えられた初めの輝きを取り戻したようだ」

 突然、ドリエンの声がした。

 銀の髪の魔法使いはかがんでシェンドリルを拾い上げ、今は輝く白銀の刀身を取り戻した魔剣を柄の方から魔王に差し出した。

「これは、あなたの守りだ。あなたには、これからもいしずえとしての道がある。その道を歩むために、この素晴らしい器は必要となってくるだろう」

 魔王はシェンドリルを受け取りながら、静かな声で答えた。

「俺の礎としての役割はもう終わったと思っていた。エルシノアを作った時に」

 ドリエンは崩れたバルラスの城をちらりと横目で見ながら言葉を続けた。

「あなたはその一歩目を踏み出しただけだ。まだまだあなたには成すべきことがある」

 魔王は受け取ったシェンドリルをゆっくりと鞘にしまった。

 ハナには、彼が長年の、憎む辛さから解放されたように見えた。


 「そなたも時を失わぬよう」

 ドリエンは今度はハナの方を向いてはっきりと言った。


 時を失う? 

 不思議に思って見回すと、何もない空間にぽっかりと光る扉が開いているのが見えた。

「あたしのために道を開いてくれたんですか」

 セイアン人がハナのために何かしてくれたのは初めてだ。 

「我が力ではない。岩の古老が道を開き、我がセイアン人の道を開いた。そなたの求める道も同時に開いたのだろう」


 「ハナ、よかったな。これで帰れる」

 魔王が晴れ晴れとした、でもどこか寂しそうな顔で言った。

「あの、ありがとうございました。あなたに会えてよかった。とっても嬉しかったです」

「俺の方こそありがとう。おまえが俺を闇と憎しみのの呪縛から説き放ってくれた。シェンドリルがソリディオミロファロス家の家宝であるように、恐らく金の瞳も俺の中の闇もきっと俺の宝になるんだろう」

 闇も、金の瞳も、と魔王は言ってくれた。そう、忌み嫌っていたものを自分のものとして受け入れることができたら、ずっと穏やかな心でいられるんだろう。

「はい。かっこいいです、魔王様、その瞳。世界にたった一人あなただけのものだから。いろいろ変なこと言ってごめんなさい。魔王様、素敵だし大好きです、あ、ロディアさんの次ぐらいに」

 魔王はふっと幸せそうに笑った。

「俺もだ。ロディアの次ぐらいに」


 「さようなら」

「ハナ、元気で」

「魔王様もいつまでもお幸せで」

 言いたいことはたくさんあった。でも、闇の王からはきっともう解放されているし、礎としてこれからまだまだやらないといけないことがある。ロディアさんもきっと戻ってくるし、大丈夫なんだろう。

「ハナ」


 「愛してる」

 と言われたような気がするけど気のせいかもしれない。

 その言葉はぼやけて、もしかしたら、魔王が言ったのではなくハナが勝手にそう思っただけなのかもしれない。もしかしたらハナと入れ替わったロディアさんに向けた言葉だったかもしれない。


 気がつくと、懐かしいところに座っていた。大学生協のちゃちなパイプ椅子。いつもの夏と変わらず、やかましい旧式のクーラーがぶわんぶわん風を送っている。

 あんまり突然だったので初めは戸惑って、ぼうっとしていた。

「ロディアさん、どうしたの? アイス、したたってるよ」

「あっ? ああー」

 手に持ったアイスが溶けて滴っていた。

 懐かしい友達の声に、ハナは急いでアイスをなめた。

 甘い。これ、食べたかった。


 「今、真由香、ロディアさんって言ったよね。あたし、やっぱりロディアさんと入れ替わってたの?」

「えっ?」

 真由香は驚いてハナの顔をまじまじと見つめた。

「もしかして、ハナ、戻ったの?」

「うん。こっちでは兆候なかった? あっちでは、なんか光る扉が開いたけど」

「やだーっ! ハナ、やっと帰ってきたー! 嬉しいよー」

 真由香はぎゅむーと、いきなりハナのほっぺを引っ張った。

「痛いって! 夢じゃないから。しかもあたしのほっぺだし」

「ごめん」

 真由香は笑って手を離した。大の仲良しの、この乱暴さも変わらない。


 蝉が鳴いている。日本の夏は暑い。エルシノアやバルラスよりずっと。


 ロディアさんはやっぱり息吹 ハナに入れ替わっていたらしい。めちゃくちゃ気の強い人だったそうだ。

 薬理学のセクハラ教授に、誰も言えなかった文句を全員の前でびしっと言ってくれたそうで、上級生や下級生の女子までハナのことを大絶賛してくれたと聞いた。

 その後もハナは時々、知らない上級生から、にこやかに声をかけられたりした。


 そして、心配していた試験はちゃんと受けてくれていた。

「最初は、ハナのお母さん、びっくりして精神科連れてったりしたらしいけど。なんか、ストレスによる一時的な記憶喪失と妄想状態、とか言ってたかな。それで、試験、特別に再試にしてもらって、なんと、受かってたんだよ」

「すごいな。ロディアさん、頭よかったんだねえ」

 試験受けないで受かっているのはラッキーなような申し訳ないような。


 あれからエルシノアはどうなったのだろう。

 ちゃんと小麦はもらえたんだろうか。ユシリスは助かったのか、フォルズスはちょっとはダイエットする気になったのか。ロディアはきっと戻ったんだろうけど、その後、お世継ぎできたのかとか。

 歴史の中の話だったら調べようもあるけど架空だからわからない。

 でも、ヤズーが言ったように、架空じゃないのかもしれない。ハナには見えないけど、ほんとにそういう世界がどこか別の次元ににあるのかもしれない。

 礎の道はこれからとドリエンも言っていた。ロディアも帰ったし、きっとあの人は強く逞しく生きていくんだろう。自分の中の、排除したくてたまらなかった闇と、あの人は和解したのだから。


 どんな人にも魔の部分がある。多分、日本にいる自分にも。でも、それでも大丈夫なんだ。


 「そういえば、ハナ、夏休みの特別救急講習、参加する?」

「救急講習と言えば、あのトーマス君?」

「そう」

「行くー! トーマス君、懐かしい。手垢もランプもついてくれるし」

「え? なんで?」

 真由香は、それ、なんか変だよと笑ったけど、ランプがついてくれる心臓マッサージがこんなに嬉しいって、わかってもらえないかもしれない。

 

( 完 )

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ようやく完結しました。最後まで読んでくださってありがとうございます。


このお話の前編にあたる『私、嘘つきだから、と彼女は言った』を連載中です。

当作品では完全にハナに入れ替わられてしまったロディアとアルシスの出会いの話です。

ジャンルは恋愛でハイファンタジー、シリアスです。またR15で、今度は短編です。


ハナとロディアの性格の違いをお楽しみくださるとうれしいです。

よろしくお願いいたします。


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