第七章 其の三
ハナと怪我人たちが野営地に着いた頃は、食事用の大鍋がいくつか火にかかってお湯がぐらぐら沸いていた。
どうやったらいいのか、怪我人が多すぎて誰から助けたらいいのか判断できない。
とにかく目の前の人を一生懸命手当するしかなくて、もう、泣くことなんて忘れた。
みんなで手分けして、怪我人の血と泥汚れを川の水で次々に洗ってもらった。湯冷ましを作ってもらったのは、川の水には微生物とか細菌とかいるかもしれないから、できればその後、沸かした湯冷ましで傷を洗いたいと思った。湯冷ましであれば、少なくとも滅菌はできているはず。
抗生物質が発見される前は、人間の最大の敵は細菌だった。土の中には破傷風菌がいて、不潔な傷をそのまま閉じると破傷風になる。
怪我で直接、死ぬ以外に、感染で死ぬ人が、後をたたなかったと習った。
本当は、全員、湯冷ましで洗いたいけど、とても間に合わない。できることをやっていくより他、なかった。
戦争はやだ。人ひとり助けるのにこんなに苦労するのにどうして人が人を傷つけて殺したりするの?
一瞬でも、戦争で小麦がもらえると喜んだ自分が情けなくて悔しかった。でも、小麦がなければ餓死すると魔王が言っていた。
生きていくのってどうしてこんなに難しいんだろう。
後から後から怪我人が到着して、最終的には戦士達もみんな戻ってきた。
気がつくと魔王も一緒に怪我人の手当に当たっていた。
せっかく戦勝ムードで悪いけど、話そうという気も起こらない。
むくれた顔で黙って手を動かして手当するハナに、彼はそっと言った。
「だから来るなと言ったのに」
「邪魔でしたか」
悪いとは思うけれど、つい言い方が冷たくなってしまう。
「いや、そんなことはない。おまえのおかげでみんな、いつもよりは楽なようだ。薬師というのは役に立つ仕事だな」
殺さない方がいいです、と言いたかったが言えなかった。
この時代、戦争は仕事なのだ。
彼が戦わなくても、いや、戦わなかったらバルラス軍は全滅していたかもしれない。
「人が死ぬのはいいことじゃない。辛かったら先に帰っててもいいんだ」
魔王は言ってくれたがハナは首を振って手を動かし続けた。
その晩も野営地で泊まり、次の日は帰れる者から順に国に帰っていった。亡くなった人は埋葬した。
死者はバルラス兵が圧倒的に多かった。エルト人は怪我人は多かったが死んだ者は二人だけだった。
ユシリスはかなり重傷だったが命だけは大丈夫だったと伝え聞いた。
城に戻っても、しばらくハナは魔王と話をしたくなかった。
彼は野営地を攻撃させた。戦うつもりのない人を攻撃した。真っ先に先陣を切って突っ込んでいった。
モーラが心配しておろおろしていた。
「やっぱり、王妃様、戦になんて行かなければよかったのに。ああ、私がもっと早く気づいてお止めできていれば」
そして魔王とも口をきかないことも気にしていた。
食事の席で魔王がモーラに言っていた。
「ハナは俺のような平気で殺戮する男が嫌いなんだ。そっとしておいてやってくれ」
ようやくハナは尋ねてみる気になった。
「今回の戦は魔王様らしくないってタリミカさんが言ってました。もし、あんな状況でなかったら野営地は襲わないですか」
「さあ、わからんな。その場の状況で。もっとひどいこともするかもしれない。でも、わかってる。俺だって家族が大事なように蛮族も家族は大事に決まっている。俺がいくら戦上手でも戦わなくて勝てる奴がいればそっちの方が上だ」
彼は無理にハナに話しかけることもなく、黙って自室に戻っていった。
腹を立ててしまって申し訳ないと思う。小麦を欲しかった自分も悪いのかもしれない。
でも、本当は殺すのが好きなわけじゃないんだ、とわかって、少し安心した。
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