第八章 出た、怪しい魔法使い 其の一
第八章 出た、怪しい魔法使い
数日たったある日、ハナが城の外にいると、馬で出かける魔王を見かけた。
「どこにいらっしゃるんですか?」
しばらく会わないうちに、ハナの中でもだんだんわだかまりがとけてきていて、すんなり話しかけられた。
「ああ、バルラスだ。フォルズスと、多分喧嘩しにいく」
「そうです。あれだけやって小麦もらえないのは許せません。頑張ってください。ついでに領土も、もらっちゃえませんか」
「ハナも逞しくなったな」
魔王は馬上で笑った。
「あの、あたしもついてっちゃだめでしょうか。ユシリス様、元気か気になるし兵士達の怪我も」
「ああ」
魔王は表情を曇らせた。
「もしかしたら、この前のように安全ではないかもしれない。俺もむちゃくちゃ腹を立ててるし、フォルズスの奴もだから」
「魔王様はともかく、なんでフォルズス様が怒るんですか? 助けてあげたのに」
むっとしてハナは尋ねた。
「そこがあいつの馬鹿なとこなんだ」
結局ついて行ってもいいことになった。
出る時刻が遅くなったのでハナが一緒だと今日中にはバルラスに着けない。森のはずれの外エルシノアに泊まることにする、と魔王は言った。
ハナと並んで進める馬上で魔王は晴ればれとした顔で話してくれた。
「東の辺境のゾブルス伯がエルシノアに恭順の意を示してきた。先日のヘルベベス戦に俺が出たことで、やはり対ヘルベベスには俺が必要だと思ったらしい。
これからはエルシノア領の一部になる。そんなにたくさんではないが、年貢と小麦が入るようになる」
「ええっ、すごいです。じゃあ、これからはもう戦争しなくてもよさそうですか?」
「いや、ヘルベベスはああいう奴らだから、多分来年も攻めてくるだろう。今の大族長が好戦的な奴だから、代替わりすれば少しはいいかもしれないけど」
「そうか・・・。なんか戦争以外で平和的解決、できるといいですけど。カルストル様が言ってたけど、他にも魔王様に従いたいって言ってる人はいないんですか」
「さあな。俺が持っているのはせいぜいエルト兵三百人弱だし、領土といってもほとんどない。ゾブルス伯は前からよく一緒にヘルベベス戦に出ていた、俺にとっては気心の知れた相手だから、まあこうなってお互いよかったんじゃないかと思う」
一時間ぐらい森の中を馬を進めただろうか、木々が切り開かれた場所にぐるりと柵で囲まれた村が現れた。
内エルシノアとだいぶ違う、普通の村のように見えた。
畑がある。山羊や鶏がいる。家々は木でできている。
柵の門を開けて通っていくと、住民が挨拶をしてきた。
ターラではない、普通の人間達だった。
「あの、ここ、ターラの皆さん、いないみたいなんですけど」
「そうだ。もし、どこかから余所者が入ってきても、ここなら人間の村だと思うだろう。ここにいるのは、ターラの家族で五体満足な者や、家族でなくてもバルラスから移住したいと言った者達だ。
最初は小麦を作れないかと、実験的に始めてみたところだったが、今はエルト人達もいる。エルト人は村の中じゃなくて森に小屋を建てたり洞窟に住んだりしている」
明日の朝早くここを出てバルラスに向かえば夕方までには着く。
まだ夕方までにはだいぶ時間があるけれど、今日はここで過ごすことになった。
村長の家に泊めてもらうことになったけれど、魔王と同じベッドは困ると言ったら、仲良くなった、村長の十三歳から二歳までの五人の子供達がハナと一緒に寝ると言い出した。
それで、子供達用の広いベッドに一緒に寝ることになった。
夜遅くまで子供はしゃべりまくり、夜中も寝相の悪い子供達に乗っかられたり蹴られたりしながら、それでも楽しい一晩を過ごした。
バルラスでは、またドランの館に泊めてもらった。
ドランの館に住んでいるユシリスは傷がまだ回復しておらず、ほとんどベッドで過ごしているということだったが、ハナを見ると微笑んでくれた。
「あなたのおかげで、傷が悪くならなかったと聞きました。ありがとうございました」
「いいえ。ゆっくり休んで早く治してくださいね」
ユシリスは、少し黙って、心配そうに言った。
「国王陛下は、ヘルベベス戦で大きな被害を出したのは僕がアルシス殿に援助を頼んだからだと怒っています。でも、兄上は助けてくれたんだと思います。
兄上の計画通り、進められなかったのは申し訳ありませんでした。直前に陛下から、ヤルヌス将軍も騎馬兵も出さないと言われて・・・」
「えっ? どうして? だって、それ、無謀だって、エルト人も言ってましたよ」
「わかりません。僕が、戦について不勉強だから・・・」
「でも、ひどくないです? そのために兵士達もあなたも、こんなに傷つくことになってしまって」
ユシリスは首を振るだけだった。
かわいそうだった。
十八になったばかりということは、日本では高校三年生ぐらいなのだろう。こんな優しくて不慣れな若者に援助もなく無謀な戦を強いるなんて。
次の日、エルト人の護衛を連れて宮殿に入ることになった。
タリミカは、ハナに、もう大丈夫か尋ねてくれて、あの時の看護は助かったと言ってくれた。
ドランも心配して、供の者を連れてついてきてくれた。
バルラスの宮殿は豪華だった。ハナの思っていた城とは造りは違ったけれど、石と木でできていて、色鮮やかで装飾も施されていた。
厳しい顔の衛兵に睨まれながら、通されたのは謁見の間だった。
連れて行ったエルト人の大半は城に入れてもらえず、外で待つように言いわたされた。
美しい織物が掛かった壁の前、一段高くなった所にフォルズスのお尻がはまるサイズの大きな玉座がしつらえてあり、そこに不機嫌な顔をしたフォルズスが待っていた。
フォルズスの横には見るからに怪しい老人が曲がった杖を持って立っていた。禿頭の周りの白髪は縮れて上向きに生えているので、大きな三角の耳を持っているように見えた。目の下のどす黒いクマが邪悪さを醸しだしている。
石の床には変な模様が描いてあった。
長い爪をはやした手の形の中に二重丸が描かれている。
タリミカが眉をひそめて教えてくれた。
「あれは、邪悪なものを呼び出す、『闇の手』と呼ばれる記号です」
「え? どうしてそんな物が、謁見の間なんかにあるんですか?」
隣にいたドランがそっと囁いた。
「あの男が、例のグィドル派の魔法使いです。おそらく、彼の仕業でしょう。気をつけてください」
そうなのか。あれが、噂の怪しい魔法使いなのか。いかにも、そういう顔をしている。
なんとなく不吉なものを感じたのは、その二重丸が、あの闇の王女の邪眼を思い出させたからだが、あまり口に出したくなくて、その話はしなかった。
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