第六章 体重落とした方がいいです、フォルズス様 其の一
第六章 体重落とした方がいいですよ、フォルズス様
次の日の朝、まだ薄暗いうちに魔王に起こされた。
急いで準備をして食事も簡単に終えると、魔王とドランとカルストルは先に厩で待っていた。
「遅くなってごめんなさい」
「急がせて悪かったな。でも、できれば日が暮れる前にバルラスに着きたい。途中で日が暮れると野宿になる」
「はい。頑張ります」
出発の時、ハナは一度やってみたかったことをやってみた。
カチカチッと火打ち石を鳴らしてみたのだ。怪訝な顔をする三人にハナは説明した。
「これ、日本で昔やってたおまじないらしいんです。出発の時、火打ち石を鳴らすと魔除けになるんですって。あ、そうか、魔物、除けちゃだめですね、魔王様も魔物なのに」
魔王は笑って、面白い風習だなと言ってくれた。
「まあ、火打ち石は持って行くといい。焚き火が必要なとき役に立つし」
カルストルは今日リカルディに帰るということで、従者たちと森の外れまでは一緒に来た。
「さよなら、ハナ。また来るよ」
馬の上から挨拶したカルストルにハナは手を振った。
「さようなら。でも、もしかして、今度いらっしゃる時はロディアさんに戻ってるかもしれませんね」
そうか、と言ってカルストルは馬を降りて近づいてきた。
「じゃあ、もっとちゃんと別れの挨拶をしよう。もしかしたら、もう二度とハナには会えないかもしれないから」
カルストルが手伝ってくれるのでハナも馬から降りた。
「さよなら、ハナ。君に会えて本当によかったよ」
今までにないぐらい、ぎゅっと本格的に抱きしめられて、思わず顔が熱くなった。
「あっ、あたしもカルストル様にお会いできてとっても嬉しかったです。でも、わかりませんよね、こんな今生の別れみたいな別れ方しても、もしかしたら、この先まだまだここにいるかもしれないですし」
「まあ、それはその時。元気でね、ハナ。こっちにいても、向こうに行ってしまっても。幸運を祈るよ」
「ありがとうございます。カルストル様もお元気で。商売繁盛するといいですね」
「ありがとう」
豪華な鞍をつけた美しい栗毛の馬に乗ってカルストルは従者たちと共に西の方に去っていった。
魔王とハナ、ドランと彼の従者、それに魔王が護衛のために呼び寄せた数人のエルト人の男達は細い道を馬で南に向かった。
エルト人という人種は初めて見た。ターラよりもバルラス人よりも背が高くがっしりしている。魔王はその中でもひときわ背が高くて、ドランの従者のバルラス人達とは明らかに違う。
エルト人達はどんどん馬を進めるが、ハナとドランはややゆっくりだったので、時々待ってもらった。
村の橋を渡って街道に出るとだいぶ道がよくなった。
日が暮れる前に街に入りたいというので夕方にはかなり急ぎ、閉門時刻までにはバルラスの都に入ることができた。
都にあるドランの館に泊めてもらい、次の日にはバルラスの街を見物させてもらうことにした。ユシリスは公務を終えて明日の午後、訪れるという。
バルラスの街は賑やかだった。路地に開かれる市、広場に溢れる人。けれども、なんとなく街並みはごちゃごちゃして汚く居心地が悪い。エルシノアは貧乏で何もないけれど、すっきりとして心地よかったのに。
「すごい。食べ物がいっぱいありますねえ。バルラスってこんなに豊かなんですね。みんなにお土産に持ってってあげたいですよ」
魔王はちょっと寂しそうに答えた。
「こういうところで育っていたのに、俺についてきたばっかりにあんなに貧乏な国に移住させてしまった。本当にエルシノアを作ってよかったのかと、今でも時々思う」
ハナがなんと答えていいか迷っていると、走ってきた子供にぶつかられた。
「あっ、大丈夫? ごめんね・・・」
言うまもなく子供は走り去り、ひとりの女が拳を振り上げて追いかけてきた。
「泥棒! 待て! この盗人め!」
えっ? 子供が泥棒? あんなに小さいのに?
何かの間違いかと思ってハナが見ていると、行く手にいた一人の男が子供を捕まえ、追ってきた女に引き渡した。女は何度も子供を殴り食べ物を取り上げた。まだ、小学校の低学年か、もっと小さいかもしれない。
「ひどい・・・。お母さんとか、どうしてるんでしょう」
「なんとかしてやれるか」
魔王が眉をひそめてドランに尋ねた。
「承知いたしました。しかし、フォルズス様の治世になってからこのようなことは日常茶飯事です。一人助けても次から次へと犠牲者は出ます」
ドランは従者に何事か命じて、従者はすぐに子供の所に行って、おそらくお金を払ったのだろう。でも、子供は礼を言う様子もなく、助かったとわかるやいなや逃げ去った。
「少し前までは、子供が盗みを働かなければならないような国じゃなかった」
苦々しげに魔王は呟いた。
「フォルズス様になってから国は乱れております。特にここ二、三年は。奥方がお亡くなりになったことが、お心を煩わせておられるのかもしれません」
「確か、スヴェイユ公の娘だったな。かわいそうに」
「そうなんですか。それじゃあ、心が荒れるのもちょっとわかりますね。かわいそうに」
ハナが同情すると魔王は嫌そうに首を振った。
「違う。かわいそうなのは奥方の方だ。何人も愛人を侍らせて、真面目な妻を省みなかったあいつが悪い」
「うーん、愛人何人もですか・・・」
どうして男というのは金持ちになるとすぐ愛人を何人も置こうとするのだろう。
「魔王様、実はちょっと羨ましいですか?」
言ってみたハナは魔王に、馬鹿、と言って睨まれた。
ドランの言うには、貴族たちもそれぞれの領地にこもってあまり国政を見ようとしない。フォルズスの取り巻きだけがいい思いをしている。折りあるごとに難癖をつけて貴族の領地を没収したり、取り巻きの地位を上げたりしていると。
「国境の守りが弱くなってきております。ジェッキオやハルシアと通ずる者もいるとのこと」
ドランがため息混じりに語り終えた頃、城門の方向から勢いよく馬が走ってきた。
「どけどけっ! 陛下のために道をあけろ!」
数頭の馬が民衆を蹴散らして通っていった。人々が逃げるように路地から退いた後、その後から美しい月毛の馬に乗った人物が堂々とやってきた。
流れるような美しい金髪、青い目の見本のような碧眼、肌は白く艶ややかな。
「・・・すっごい、デブ」
これが噂の国王フォルズスなのか。思わずハナが呟くと魔王がふん、と鼻で笑った。
「ますます太ったな。あれ以上太るとあいつを乗せられる馬もなくなる。しかし、いい馬だ。多分ヘルベベス産だろうな」
「え? ヘルベベスって敵じゃないんですか?」
確か、今度の戦の相手はヘルベベスだと言っていた。
「ヘルベベスだって貿易はするんだ。奴らは畑を自分で耕さないからな。小麦を買うためにチーズやバターや毛織物を売るが、一番の産物は馬だ。ヘルベベスの馬は最高級だ」
さっきの愛人の話はともかくこちらは、からかうまでもなく本当に羨ましそうだ。
同じ境遇で育ってこんなにも違うんだ。と、ハナはようやく理解ができてきた。
かたや欲しい物を何でも与えられて、かたや憎まれて殺されそうになって
それは仲が悪くもなることだろう。
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