第五章 其の二
ロディアの知っていることはハナにも、という彼らの共通認識のおかげで、次の日のドランとの会合にはハナも立ち会わせてもらうことになった。話はバルラスの最近の事情についてのようだった。
国王フォルズスが王弟ユシリスに求めているのは騎馬民族ヘルベベスの討伐だということだった。この夏のうちにヘルベベスの本拠地を突き、今年こそ殲滅するのだと。
「この戦の計画は無謀ではと文官の私ですら感じます。ユシリス様のおっしゃるには、一度アルシス様のご意見を伺いたいと」
「まったくだ。フォルズスはどうしようもない馬鹿だな。殲滅などできるわけがない。あのジェッキオですらヘルベベスには手を焼いているというのに」
ハナには国の名前も事情も全くわからないので、地図を見ながら解説してもらう。
エルシノアの南にあるバルラスの東側には広大な平原が広がっている。遊牧民でもある騎馬民族ヘルベベスは、その平原を移動しながら暮らしている。そして、ほとんど毎年バルラスの村に略奪に来るという。もちろんバルラス人は略奪されて困っているので、なんとかしてほしい。
「わかった。一度ユシリスに会おう。早い方がいいんだろう?」
ドランはほっとしたように先を続けた。
「ありがとうございます。そのほかにも、こちらに移住したいという者が、またたくさん出ております。それにつきましては、まだエルシノアの準備が十分でないと止めておりますが、フォルズス様のご治世になってから規則が増えターラの迫害がいっそう厳しくなりましたから」
そうか、と魔王はため息をついた。
「入れてやりたいのはやまやまだが、こちらも食料が足りない。南の土地を開発してはいるが、バルラスから領土侵犯だと言われた。一度バルラスの役人が年貢をよこせと言って勝手に収穫した小麦を取って行ってしまったらしい。
文句を言ったら中央政府は地方役人が勝手にやったことだと言うし、地方の領主は知らんぷりするし、仕方ないから自衛するために森にエルト人を配備した。そうしたら今度は、エルト人が狩りをするせいで、逃げてきた鹿が畑を荒らすとか、国王が狩りをする森がなくなるとか言い出した。あの馬鹿、狩りなんてしないくせに」
「確かにフォルズス様もユシリス様もは狩りをなさいませんな。アルシス様はあんなにお好きでしたのに」
「国が大きくなると、いろいろ面倒だな」
「人手が必要でしょう。アルシス様がいくら優秀でも、おひとりでは限度があります」
まあな、と魔王は長椅子に大きくもたれ掛かった。
「いい人材を雇うにも金がかかる。作物や資源がなければ金もない。カルストルの言うように製鉄所を考えるべきなのかもしれないが・・・」
次の日、カルストルが技術者を連れて戻ってきた。
カルストルは魔王がようやく製鉄所に興味を持ってくれたことを喜んで、早速彼らを集めてどこに何を作るか、どのような計画で進めていくか話し合いを始めた。
技術者はがっちりした体格でいかつい顔の男達だった。話す言葉は外国語なのかよくわからないが、断片的に知っている言葉も出る。
カルストルと魔王はその日のうちに技術者を連れて、もう一度採掘現場に行くことになったので、ハナも暇だしついて行くことになった。
今日は、森の様子が違う、と、なんとなく思った。
あの日、初めて馬で森に行ったときはこんなにざわざわしていなかった。今日はそれほど風があるわけではないのに、どうも森が落ち着かない感じなのだ。
木々の陰から誰かが見ているように感じる。いきなり行く手に大枝が落ちてくる。岩小人のことを知ってしまったので意識しすぎているのかもしれないが、魔王が何も言わないので黙ってついて行った。カルストルは気にする様子もない。
採掘場には今日はターラ達がいなかった。監督の一本角だけが、丈の高い帽子で角を隠して待っており、魔王達が到着すると丁寧にお辞儀をした。ほかの、もっと姿の奇怪なターラ達を、初めて見る技術者から隠しているんだなと思った。
技術者達は馬から降りると、掘り進めた洞窟の中に入って大声で何か話していた。
ハナもなんとなく落ち着かなくて、奥の方を何気なく見ていると、また岩小人が目に入った。
「見えます? ヒディルさん、あそこ、岩小人さん、怒ってますよね」
ハナが囁くと、監督のヒディルは、えっ、と小さく声を上げた。
「いや、わしには見えないですね。王妃様は彼らが見えるとは魔王様から伺いましたが、怒っていますか」
奥で岩壁を叩いたり削ったりしている技術者達に聞こえないようにヒディルも小さい声で答えた。
彼らには見えないのかもしれないが、今日はこの前よりもはっきり見える。声はしないけれども、二、三人の岩小人が技術者に向かって拳を振り上げ足を踏み鳴らして怒っている。出て行け、と言っているように見える。
「あっ、危ないです!」
ハナは思わず走り寄った。
その途端、天井の一部が、がらがらっと崩れてきた。
カルストルが眉をひそめて見上げた。
「やはり、危ないから、・・・を工夫していかないと」
と、いう感じの言葉が聞こえた。
技術者は強い口調で何かを早口で言っている。
「魔王様、岩小人さん達が怒ってます。もしかして、この人達、入っちゃだめなんじゃないですか?」
ハナは魔王に囁いたが、彼は厳しい顔をしてうなずくだけだった。
カルストルも、なんとなくいらいらしているように見える。
岩小人達は本当に怒っている。さっきより大勢出てきた。
「危ないですっ!」
ハナがもう一度叫んだときには、壁が大きく崩れ落ちて、近くにいたひとりの技術者の上に大きな石が落ちてきた。
石は技術者の頭に当たり、怪我をして血が顔に流れてきた。
「大丈夫ですか?」
急いで駆け寄ったハナは、その男に思い切り手で振り払われた。
今や、技術者達は大声で怒り始めた。カルストルが厳しい顔で交渉している。
「魔王様、わかりますよね。早く、ここ、出た方がいいと思います」
「ああ」
「あそこ、壁の奥、光ってます。前にはこんなこと、なかったのに」
岩壁の奥がぼうっと光を発している。まだらな帯状だったり斑点状だったり。こんな現象は見たことがない。
魔王は軽く首を振って小さい声で言った。
「ハナ、後で聞く。他の者にはあれが見えないんだ」
「ハナ、悪いけど先に帰っててくれないかな」
カルストルが礼儀を失わないぎりぎりな程度に不機嫌な声でハナに言った。
「そうだな」
魔王も賛成する。
「でも・・・」
「おまえの言いたいことはわかった。彼らの言うことも。あとは俺がやるから、戻っていろ」
魔王にそう言われてしまうと仕方がない。ヒディルがそっと近づいて、
「お送りします」
と低い声で言うと、馬に乗るハナに歩いて付き添ってくれた。
「わかっておりました。やはり、我々は人間との共存は無理なのです」
内エルシノアに入る入り口の所で見送ってくれながら、ヒディルはそう、呟いた。
普通の人間と魔族は相容れない。そのことを初めて実感した。こんなに、人間は魔物が嫌いなんだ。
技術者たちは、もうじき日が暮れるからとカルストルが止めたにも関わらず、これ以上一時たりともこんなところにいたくないと、無理矢理帰って行ったそうだ。夜は森には狼や魔物が出るから、魔王は黙って彼らに付き添って森のはずれまで送っていったらしい。
魔王とカルストルが帰ってきたのは、すっかり日も暮れてからだった。
がっかりしているのはよくわかった。余計なことを言わなければよかったのかもしれない。でも、岩小人達は本当に怒っていた。言わなければ、もしかして、もっと大きな事故につながったのかもしれない。
魔王がハナの肩に手をかけて、
「もう遅いし、疲れただろう。休んだらどうだ」
と言ってくれたので、カルストルに挨拶して寝室に行くことにした。
「今夜も暖炉に火を入れておくか?」
ハナの部屋まで来て魔王がそう言ってくれたので、ハナはお願いすることにした。もう部屋はかなり暗く、ハナにはよく見えないが彼には見えるようだ。
カチカチッと火打ち石を鳴らして暖炉に最初の火が入る。
この火打ち石も、あの採掘場で採れた物だった。
ぱちぱちと温かくはぜる火を見ているとだんだんと気持ちが落ち着いてきた。岩小人がこの部屋にいるわけではないけれど、なんとなく、彼らも安心しているように思えた。
「ごめんなさい」
ハナはなんとはなしに謝ったが、魔王は振り向いて首を振った。
「あの時、ハナが言わなくても多分同じ結果になった。これでよかったんだ。俺は魔物たちの棲むこの森を守りたい」
「でも、魔王様、バルラスのターラ達も移住したいって言ってるし、お金も必要だし・・・。あたしも鍬鍬持って耕してみようかな。やったことないですけど」
「ハナには得意なことがあるじゃないか。ターラの家族が、子供が元気に回復したって喜んでたぞ。それでいい」
「でも、次の小麦の収穫までの間、食料、厳しいです」
毎日シグドと一緒に計算しているおかげで、食料の在庫はだんだんわかってきていた。だから、つい、ドランに小麦が欲しいと訴えてしまった。
「ユシリスの依頼を聞こうと思う。もしかしたら仕事になる話かもしれない。明日、バルラスに行くつもりだが、ハナはどうする」
「はい。もちろん。稼げる話があればぜひ」
だんだんなんだか強欲になってきた気がする。でも、食べる物は大事だ。ターラの皆さんのためにも。
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