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第五章 お金稼ぐのって難しい 其の一

第五章 お金稼ぐのって難しい


 ドランはお土産に小麦やワインや甘いお菓子などを持ってきてくれて、またハナは感激した。こちらの世界に来て初めて甘い物を食べる。ほんの少しの甘い物がこんなに人を幸せにしてくれるとは、日本にいたときは思わなかった。

 カルストルはリクエストしていた鏡もくれた。

 日本で使っていた鏡と違う。瀟洒しょうしゃな飾りで縁取られた純銀の手鏡で、大きさの割に結構重い。

「しっかり磨かないと十分写らないけど、こういうのでよかったかな?」

「えー、すっごい高級そうですね。よかったんですか? ありがとうございます!」

 早速、鏡に自分を映してみたハナは思わず見とれてしまった。

「うわあ、ロディアさんって美人ですねえ」

 はたから見ればただのナルシストにしか見えないかも。

「こんなに綺麗だったらいいですよねー、苦労しないですよねー」

 鼻が高いし目が大きい。色白の肌に赤毛と緑の瞳が映えて綺麗だ。カルストルは苦笑するしかない、という顔で言った。

「そうだね。赤毛でなければ悪くはないと思うけど、赤毛はどうしようもないね」

「あたし、日本人だから赤毛が悪いって、どうも理解できないです。綺麗だと思うんですけど」

 価値観はいろいろらしい。特にリカルディでは赤毛は好かれないけど、魔王の育ったバルラスではそれほど嫌われもしないらしい。


 カルストルは鉱石採掘の技術者が見つかったので、近くの宿に待たせてあると言って一度国を出ていった。


 何日か経って、またヤズーが現れた。

 ハナが夕食を終えて部屋に帰る途中に、廊下にいきなり姿を現したのだ。

「うわっ! びっくりした。どこから来たんですか?」

「あなたたちには見えない道を通ってきています」

「見えない道って何ですか?」

「あなたも見えない道をとおってきたではありませんか」

 ヤズーの言うことはよくわからない。そもそも何を考えているのかもよくわからない。

「全然わかりません。あたしは目が覚めたらこっちの世界にいたんです。道を通ってきたとは思ってませんでした」

「道はあるところにはあるものです。あると思って探せば見つかる道もあります」

 ああ、ますますよくわからない。

「それで、あたしに何のお話でしょうか。帰り方、わかりましたか?」

「アルシス様が、今夜お戻りになられます。それをお伝えに来ました」

 少しは人の話を聞いて欲しい。

 と思ったら、次の瞬間にはもうかき消えていた。

 やっぱりセイアン人は嫌いだ。


 でも、魔王が戻って来るというので、ハナは何度か自室を出て、隣の魔王の部屋をノックしたが返事はなかった。五、六回目になるとさすがにストーカーのような気持ちになって、もうやめようかと思った頃、廊下の向こうから彼が歩いてきた。

 だいぶ回復したように見える。

「魔王様、もう大丈夫ですか?」

 彼はハナが起きているので驚いたようだ。

「どうした? こんな遅く」

「あの、ヤズーさんが、あなたが帰ってくると知らせてくれたんで待ってました。だいぶ歩き方、よさそうですね」

「ありがとう、ハナ。もう大丈夫だ」

 

 部屋に入っていいものか迷ったが、もう少し話がしたかった。

 闇の王女が入り込んだとき、夫婦の寝室に入るのは失礼だと言っていたから。ハナがそう言うと魔王は

「ハナならいい」

 と言ってベッドに腰をかけ、ハナには暖炉脇の椅子を勧めた。


 「いらっしゃらない間にカルストル様とドランさんが来ました」

「ああ、聞いている」

「まだ待ってらっしゃるそうなので、お元気になったら」

「知っている。明日会うと伝えてある。ヤズーには会えたのか」

 そう、会えたけど全然役に立たなかった、とハナは軽い怒りをこめて全部話した。

「そうか、わからなかったか」

 魔王はため息をついた。彼にとっても、ロディアが戻ってこないのは残念なのだろう。

「あたし、この先、何年こっちにいないといけないんでしょう。最初はほんのちょっと待てば帰れるんじゃないかと思ってたんですけど、もう一月ぐらい経ってますよね」

 魔王もわからないのだろう、しばらく黙って考えていた。

「ハナは、薬師になりたいんだったら、こちらの世界でもそういう勉強をしてみたらどうなんだ」

「誰に習うんですか? ヤズーさん、絶対教えてくれなさそうですけど」

「そうか、セイアン人は誰にでも親切なわけじゃないからな」

「ええ。むしろ、魔王様にあんなに親切な方が不思議なんですけど。どうして魔王様だけ特別なんですか?」

 そうだな、と魔王は思い出すように話した。

「闇の王に初めて出会った少し後に、森の泉の側でセイアン人のおさドリエンに初めて会った。初めて会ったのに彼は、俺が闇の王に服従を求められていることを知っていた。

 その時、闇の力に屈してはならないと、はっきり言われた。俺はいしずえとなる者だから」

いしずえ?」

 魔王はうなずいた。

「そう、ひとつの国を作り出したり、国を併合したり、歴史の転換となるきっかけになる者のことを言うんだそうだ。その頃はここを作ることなんて考えてもみなかったが、今にして思えばそういうことだったのかもしれない。

 その頃、俺は若かったし誰にも負けない強さを求めていた。闇の王は強大な力を約束すると言ったし、実の父が闇の王に屈して魔王になったことも知らなかった。誘惑に負けそうだった。ドリエンに言われなければとっくに屈していたと思う。今でも時々、心が弱ることがある」

「あの、闇の王女が来た時みたいに?」

「そう、王女もその頃から現れるようになった」

「その頃っていくつぐらいだったんですか?」

「十七歳ぐらいだったと思う。それから戦に負けなくなった。闇の王が俺に荷担してきたからだと思っていた。邪眼が現れたのもその頃だ」

「あの・・・、ドランさんから聞きました」

 言っていいものかわからなかったが、黙っているのも失礼な気がして、ハナはドランから彼の少年時代のことを聞いたと伝えた。

「知っていていい。カルストルの言うとおり、ロディアの知っていることはハナも知っていた方がいいかもしれない。初めはおまえに話していいか迷っていたけど、その方が、むしろ危険が少ないかもしれない。ハナは信頼できる相手だし」

「・・・ありがとうございます」

 面と向かって信頼できると言われてちょっと照れたけど、嬉しかった。

 危険というのは、あの闇の王女の時のようなことだろうか。

「あの王女って何者なんですか? 闇の王の娘ですか? 闇の王というのもあんな風に現れるんですか?」

 今は暗いからもしかするとあまり闇の話をしてはいけないのかもしれないが、魔王が暖炉に火を入れてくれているので今なら大丈夫かと思ってハナは静かな声で尋ねた。

「闇の王はもっと形のない姿で現れる。俺が男だから王女はあの姿で現れるんじゃないかと思っている。闇の王と王女はもしかしたら同じ者が違う姿で現れているだけかもしれない。王がいる時、王女はいないから」

「ええと、つまり、魔王様を誘惑しようと」

「あの女は嫌いだ」

 魔王は不快な感情を隠そうともせず言い切った。

「ロディアさんとは初対面でキスまでいっちゃってるのに、あの美女には発情しないわけですか」

「おまえはロディアの顔をして何を言っている」

 魔王はちょっとむっとして答えた。言われてみればまったくその通り。最愛の妻の顔でこんなこと言われて楽しいわけがない。

「すみません、しょっちゅう忘れるんですよね。そういえば、ヤズーさんにひどいこと言われました。男は女の顔が全てだって。ほんとにそうなんですか? もし、ロディアさんと同じ顔で違う性格の妹さんとかがいたら女性として相手にしますか?」

「そりゃ悪くないだろ」

「えっ!」

 それが本音なのか。

「男ってどうしてそうケダモノなんですか。カルストル様も魔王様も。じゃっ、じゃあもし、あたしみたいな中身でも、顔がロディアさんだったらいいってことなんですか?」

 ハナが問いつめると魔王はふっと笑った。

「まあいい。ハナは俺を嫌ってるから」

「嫌ってはいないです。そりゃ初めて見た時はびっくりしたっていうか、変態かと思ったけど、そうじゃないことはわかったし。そもそもロディアさんの旦那さんですし、そういう目で見たことないっていうか」

 しどろもどろでハナは言い訳したが、魔王は紳士的に優しく答えた。

「俺は初めて見たときはロディアだと思っていたから慣れるまで時間がかかった。確かに、だいぶ性格は違うな。でも、無理しなくていい。ハナはハナなんだし、いいところはたくさんあるから」

 予想外に誉められてどきどきした。暗い夜、暖炉の近くで彼がベッドにいるこんなシチュエーションでそんなことを言われると誤解しそうになる。

 だから早々に退室することにした。

「おやすみなさい。ごめんなさい、お疲れのとこ、お邪魔しちゃって。ゆっくり休んで早く回復して下さいね」

「おやすみ。もし、また危険があるようだったら、いつでも起こしてくれていい」

 戻ってきたばかりだというのに、まだ彼はハナの方を心配してくれている。本当に優しい。でも、自分のこと、ちゃんと心配して下さい、とハナは口に出しては言わなかったけど、心の中で言って退室した。

 


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読んでくださってありがとうございます。


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