4.そばが美味しいって幸せ
「好きな部屋を選んで」
「…広い」
ワンルームに住んでいたので2LDKがとても広く感じる。イチの説明では、奇跡保護管理局の仕事が不規則なので生活空間を区切る。また喧嘩などした時にそれぞれ籠もれる空間があった方がよいという理由らしい。
過去にとても仲が良く強い契約者と玉器がいた。ある時喧嘩して顔も見たくないとなったが一部屋しかないため玉器が行方不明になったらしい。
「元々イチが住んでたんでしょう? どっちか使ってたなら使ってない方を使います」
「寝に来てただけだから思い入れがないんだ。だから好きなほう使っていいよ」
イチが譲ってくれるのは良いのだが、部屋の大きさが同じで床もフローリング。角部屋になっている方には出窓があるくらいだろうか。角部屋は寒いとは聞くものの出窓というものが珍しい。
「こっちにします」
「わかった。家事は、俺が全部しておく」
「なんで? 私、家事出来るよ。というか折半でしょ」
「いてくれるだけで嬉しいから。家事が出来る男の方がいいんでしょ?」
まったくしないより良いが全て同居人に丸投げというのも人として駄目な気がする
「そうかもしれないけど、洗濯物は自分で洗いたいし。掃除も自分の部屋は自分でしたいな。何よりご飯作れないでしょ。だからご飯を私が作って、食器頼んでもいい?」
「いいよ」
「それじゃあ、今日は何にしますか? まだ何もないけど引っ越し祝いだからそばかな。そば好き?」
「もしかして俺の分も作ってくれるのか」
「もちろんでしょう?」
冷たいお蕎麦に薬味としてネギと海苔そしてお惣菜になるが海老の天ぷらとなった。油こしがめんどうだし昨日から疲れた。
イチはスーパーについてきたがったが、支部長さんが寝るのに布団がいるだろうと持って来てくれるはずなので受け取り員として残した。
スーパーに行くと決めたものだけ買おうとしたが、辛うじてあった冷蔵庫にお酒しか入っていなかったので最低限の調味料も買う必要があった。めんつゆは必須だ。
「イチは驚いていたけど玉器って食事するよね?」
実家のある田舎には、山の神のように崇められた玉器がいる。その玉器は、お酒が大好きだったし季節の野菜も好んでいた。だから食べないことはないはずだ。
「お酒のおつまみになるようなのも買っておこうか」
まだお酒が飲める年齢ではないが、祖父と父はお酒を飲んでいたのでどういうものが良いのか想像がつく。イチが気に入ってくれるといいなとハナは思っていた。
スーパーから戻るとイチが笑顔で出迎えてくれた。玄関を開けようとして開いたのでタイミングが良くてびっくりする。さらに重かったよねと買い物袋をすぐ持っていかれた。
「ハナ、料理作るんだよね。俺、正直得意じゃないけど教えてくれれば出来ると思う」
「なるほど、それじゃあ美味しいそばの茹で方を教えるね。そばが茹でれればうどんやそうめんも茹でれるから作れるのが増えるよ」
「そうなのか」
「冷たい麺は、作り方がだいたい同じだからね。それじゃあ最初にお湯を沸かして。この鍋だと4分の3くらいかな」
お湯を沸かしている間に薬味の準備をしたのだが、イチは山茶花が使っていた包丁と料理鋏を睨見つけていた。切るのは、イチが一番得意だと主張したいのだろうか。
「お湯が沸いたね。それじゃあこの麺を鍋に入れて、食べたい硬さより少し柔らかく茹でる」
「柔らかくするのか」
「冷たい麺は、最後に水で締めるから丁度よくなるよ」
小さく頷くとイチは、真剣な表情で麺を茹で始める。その間に、ざると薬味の準備をする。
「ハナ、鋏じゃなくて俺で切れるよ」
「海苔を刀で切れる気がしないんだけど。他の刃物は嫌なものなの?」
「俺の方がよく切れる」
「私も切れてしまうので大人しく鋏と包丁を使わせてください。それに刀は、台所で使うものではありません」
少ししょんぼりしているイチに茹で具合をみてもらっている間に海苔とネギを切った。そばの茹で具合がいいらしいのでざるに空けてもらい水で締めさせた。
「いいお皿」
料理をしないとイチが言っていたのにも関わらず一目見て高そうなお皿に山茶花は慄いた。形状としてよくある白いお皿なのだが、量産品のツルツルした触り心地の皿ではない。少しざらついているからか持ちやすく、不思議と目がいくお皿でいくらするのかと思ってしまう。
「それも支部長がいるだろうって置いていったんだ」
「お礼を言わないといけないですね」
山茶花が持っているお皿は、一人暮らしだったので一枚きりだ。二人で暮らすなら買い足しが必要だろう。
「支部長は、骨董とか陶器が趣味だから色々持ってるんだ。今回のも買ったはいいが置き場所に困っていたと言ってた」
「しっかりした人だと思ったんですが…」
今日見た印象では隙のない大人という感じだったがそうでもないらしい。
「これを皿に入れればいいのかな」
「脇に薬味置いて完成。お皿がいいとお料理が映えますねぇ」
そこでめんつゆを入れる入れ物がないことに気がついた。山茶花がカップでもよいかとゴリ押ししてそれぞれのカップにめんつゆを入れて今度こそご飯となった。
「いただきます」
「…いただきます」
イチが怖怖と食べ始めてびっくりしていた。山茶花も食べたが食べ慣れたよくあるそばの味だ。硬さも丁度よくてツルツル食べられる。
「そばって美味しいね。初めて食べた」
美味しいと顔に書いてある表情を見ると少し誇らしいような不思議なような気がする。イチは、いったいどんな生活をしてきたのだろう。山茶花が謳歌してきたような何気ない日常を知らない雰囲気だ。
「お神酒を捧げられたことがあってお酒を飲むこともあったけど。人が食べている食事を食べる機会がないんだ」
「お神酒?」
「妖刀扱いされていたからね。お酒や供物を供えられたりされた時期があったんだ。そんなのいらなかったけど暇でね。お酒をちょっとずつ飲んだりしてたな」
どういう状況だったのか山茶花に想像出来ない。でも話を断片的につなげるとイチは、とても孤独な状況のように思える。
「嫌な思い出なんですね」
「一番嫌だったのは、別にあるけど。確かにまたあんなところに行きたくないなぁ。ハナに会えなくなるし」
どういうことだろうかと聞こうとしたがお風呂の沸いたアラームが鳴ったのでお風呂を勧められた。お皿は、洗っておいてくれるというのでありがたく先に入る。
イチは、とても素直な反応を見せてくれる。でも出会って間もなくたぶん山茶花よりもずっと生きてきたイチが何を体験してきたのかわからない。
その経験が辛いものでも山茶花に理解しきれるものではないこともあるだろう。それでも山茶花が拒まず聞いて考えて話すことでイチの嫌な思い出がマシになるなら必要なことだろう。
相談相手が自分に意識を向けて考えてくれるのが一人ではないと引っ張り上げる要素になるのは知っていた。
「よし」
明日は、朝イチの講義がない。多少ゆっくり出来るのでイチにお酒を飲ませて色々話させよう。そう思ったのだが思っていた以上に山茶花の方が疲れていて寝支度すると早々に横になって寝てしまった。




