3.契約に願う
大学の講義は、必修と選択がある。必要単位が取れれば選択を全てとる必要はない。なんなら朝が弱いという人は、朝イチの選択科目をとっていなかった。山茶花も朝が苦手な部類だが学びたい選択が朝イチのため起きる必要があった。
しかし夜ふかしと全力疾走で酷使された体は、本来起きるべき時間を過ぎても睡眠を取らせたのだった。朝ご飯を抜いて全力で急いだ結果間に合ったのは不幸中の幸いだった。
「セーフ」
教授は、登壇しておらず空いた席に座る。さてこれからは、眠気との第二ラウンドを始めるしかない。
眠いながらもノートに書くことは出来た。理解力の有無はともかく、教科書とノートを見比べて再度勉強が必要なのはいつものことだ。
二限目に科目を入れていないためしばしの休憩時間になる。その間に軽食と睡眠を取ろうと学生ラウンジに向かうと校門に人だかりが出来ている。主に女性が集まっているようでいったい何なのだとそのまま通り過ぎる。しかし人だかりの向こうからイチの声が聞こえた。
「ハナ」
人混みをかき分けてイチが来ると人混みがいっせいに山茶花の方を向いたのでホラー映画のワンシーンみたいに怖い。
「イチさん、どうしたんですか」
「朝ご飯を食べて行かなかったようだったので持ってきたよ。はい」
「ありがとうございます」
ハナとしては目立つ行動をしないで欲しいと言いたかったはずなのだが、純然たる好意による行動にケチをつけるのもどうかと思い飲み込んだ。包みの中身がわからないがとても温かい。
「これから一時間くらい休憩するんだけど一緒にくる?」
「行くよ」
満面の笑みで隣りを歩くイチとの距離感に戸惑う。気の利いた事を言える質ではないので無難に何を聞いたものか。天気か、お弁当の中身とか?
「お弁当って言ってもおにぎりなんだ。お米炊けないから炊いてもらって握っただけだけどさ」
「イチが握ったの?」
「うん、いびつになっちゃったけど味は美味しいと思うよ」
食堂の隅で良さそうなところを探して座ってもらう。途中の自販機でお茶を二つ買って一つをイチに渡すと目を丸くした。
「これ俺にくれるんのか」
「自分の分のついでだから。おにぎりといったらお茶でしょ」
「うれしいな」
イチが大事な宝物とでもいうように両手が持って笑うので山茶花はなんだか泣きたくなってきた。でも泣くわけでもなくもらった包みを開いた。海苔のない実にシンプルなおにぎりだが手に持つと少しぼろっと崩れたのであわてて食べた。甘いごはんにちょっと効きすぎているけどとても美味しかった。
作った本人は、味見したのだろうかと対面を見れば期待に満ちた眼差しをしている。イチへしょっぱいとは言い難かったので山茶花は違う言い方を考えた。
「美味しいね。今度私と一緒につくろう」
「そうだね、ハナが作ったおにぎり俺も食べたい」
山茶花は、一緒に作った時に丁度良い塩加減を教えてあげようと思っていた。ひとまず今回はお茶もあるので食べられなくはない。
大学の講義を一通り終えるとまたイチが待っている。しかし一度あった時と違い囲まれていないようだ。
「ハナ、疲れたよね。でも支部長が呼んでいるから一緒に来てくれないかな。学生だから学業優先だけど終わったら顔を出すようにって」
「そうなんだ。わかりました」
昨日の事件とイチとの契約があったのでお偉い人に呼び出されるのは必然だろう。
そしてつれて来られたのは、駅から少し離れオフィスビルが立ち並ぶ一角だった。山茶花は、訪れたことがないが地図を見ると桜で有名な公園が近くにあるようだ。奇跡保護管理局の建物は、国家機関に関わらずかなりボロそうな建物だった。お隣のオフィスビルの方がそれらしく見える。
「なんかかなり古いね」
「色々理由があって新しく立て直し出来ないみたいだよ」
「大人の事情ってやつかぁ」
イチに案内されるまま歩くと途中であくびをしている弘樹に会った。しかし弘樹は、イチを見た途端眠そうに下がっていた目尻を上げて怒っていた。
「イチ、てめぇ俺は昨日捜査で遅いから昼まで寝てるの知ってんだろうが。朝一番に飯炊かせるんじゃねぇ」
炊いてもらったと言っていたが寝ていた弘樹を起こして炊かせたらしく、山茶花は弘樹にとても悪いことをしたと思う。しかしイチは、悪いと思いもしないらしく無表情だ。
「うちにご飯炊くものがない」
「道具は、飯が基本いらないからな。今回だけだぞ。そうだイチと山茶花さんを支部長が呼んでたぞ」
「それで来た」
支部長室と書かれたプレートの部屋の前に来ると緊張する。校長室といった偉い人の所はなぜこんなに緊張するのだろう。
イチがノックすると中から男性らしい声が聞こえた。中に入ると父親と似た年齢に見える。
「貴方が、山茶花さんですね。私は、支部長の隆真です。昨日は、大変でしたでしょう。そちらにおかけください」
「はい」
山茶花は、来客用らしい高そうな革張りのソファーに腰を下ろす。目の前に見覚えのある某俳優がCMをしている缶コーヒーが置かれた。
「飲むかわからないがこれしかなくて申し訳ない」
「缶コーヒー好きです」
「それはよかった」
隆真は、笑みを見せることがないものの言動で山茶花に気を使っているのがよくわかった。
「それで話なのですが、山茶花さんはイチと契約したと聞いています。通常人と玉器が契約するのは問題ないんだがイチは、立場が特別で勝手に契約されると困るんですよ。でも契約済みですし山茶花さんの心身に問題なければ契約を続行という上の判断がありました」
「私は、何をすればよいのでしょうか」
「イチ、一胴七度の本体を抜いて戻してくれればいいですよ。でも一胴七度は、徳川家に災いをもたらしたとされる妖刀伝説のある村正という刀派の刀です。触れますか」
山茶花が隣りを見るとイチは、手を強く握っていた。その目は、強く隆真を見ており怒りなのか非難なのか推し量れそうにない。
「なんでいうんだよ。俺は俺なのに」
呟いた言葉は、切実で山茶花もとても悲しく思う。妖刀伝説があると言われている刀であろうと、山茶花に見せてくれた優しさや喜び、好意は紛れもなくイチのものだ。
知らないことは知っていけばいい。
「イチはイチです。イチ、私が貴方を持っていいかな」
「もちろん」
イチの手には、いつの間にか刀が握られておりそっと山茶花に渡してくれた。刀を初めて持ってみたが思ったより重い。そして抜き方がわからず。
「それでどうやって抜けばいいの」
「抜き方があるんだ」
時代劇では、簡単に抜けるのになぜ刀が抜けないのだと山茶花は少し苛ついた。しかしその苛つきも抜いた瞬間に消え失せた。
鞘から抜かれた刀身は、照明の灯りをうけて輝く白く灰色の波のような模様が美しい。硬質な輝きは、昨日の夜見たイチの瞳を彷彿とさせた。
「綺麗だわ」
人の形を得ていてもイチは、この刀なのだろう。山茶花は、手を切らないようゆっくり鞘に戻した。
「ありがとう」
「俺こそありがとう」
何について感謝されたのかわからないままイチへ刀を返した。そして支部長へ向き直った。
「いかがでしょう」
「素晴らしいですよ」
ここで初めて支部長は、笑みを見せた。笑うと思ったより若く見える。
「一胴七度の契約者はいままでいなくてね。でも他の村正の持ち主があまりの切れ味の良さに試し斬りをしたとされている。山茶花さんのように冷静にしていられるなら契約者として合格ですよ」
「よかった」
昨日会ったばかりのイチと縁を切る絶好のチャンスだったはずなのに、合格と言われて安心する。何故と思うなら契約した時に繋がったと思うあの感覚が懐かしいと思ったからなのかもしれない。
「村正の伝説には、徳川への呪いの他にその素晴らしい刀身と切れ味故に切らなければ刀身を戻せないなどという逸話もある。切れ味については、貴方も知っていると思う」
確かに金属製であるはずの玄関扉が無残に真っ二つになっていたのを見た。
「刀だったら玄関扉ぐらい切れないのですか」
それは知らないが故の質問だったが隆真は首を横に振った。
「腕が良ければ切れるかもしれないがそうでなければ刃が溢れ刀身が折れても仕方ない」
「それってイチは大丈夫ですか」
「大丈夫だよ。自分のことは俺がよく知ってる。でもハナの部屋まで壊すつもりはなかったからごめん」
「もういいよ。私を助けるためにしたんでしょう」
玄関扉に入ろうとした山茶花をナイフは、止めるようにナイフを刺していた。息の根が聞こえるほど近くにしたナイフは、玄関扉を切るくらいの範囲にいたのだと予想が出来た。
「例えイチがどんなにすごい刀でも私は心配する。イチが声をかけてくれたから」
イチの全てを知ったわけじゃない。けれど危険を顧みず戦って、お腹が空いただろうとおにぎりをくれた。少しでも知れば放っておけないのが駄目だけど私の長所だ。
「支部長さん、私は学生でなにも出来ないけれど投げ出すようなことしたくありません」
「いいんですね」
「はい」
出された缶コーヒーに手を出さずカラカラに乾いた喉で答えると空気が和らいだ気がした。
「一胴七度は、伝承故に世間に迷惑をかけないように奇跡保護管理局から離すことが出来ない。それに大抵の道具に打ち勝てる武器の道具はあまりいない。今後は、イチの仕事に山茶花さんが同行することになるだろう」
支部長は、契約書らしい紙を山茶花に見せてきた。内容を見れば雇用契約のようだが時間制約が緩く学生の身としてありがたい。
「それは山茶花さんが学生であることを考慮した雇用契約です」
「この条件で大丈夫です。でもこれで足りない事態になった時に相談させてください」
契約書に名前を書いて支部長へ渡した。
「そうしてください。それと一胴七度が壊した扉の弁償は、任務中だったことを踏まえこちらで行います。そして奇跡保護管理局の職員扱いになるので社宅があります。こちら鍵」
それから細々とした説明を終えて部屋を支部長室を出ると弘樹が待っていた。
「大丈夫だったみたいだな。これからよろしく!」
「よろしくお願いします」
今週中に歓迎会があると聞いて山茶花は、歓迎されているのかなと嬉しくなった。その歓迎会で人騒ぎあるのを山茶花が予想出来るわけがなかった。




