決断の夜
その日の夕食は、ほとんど誰も話さない重苦しい空気に包まれていた。
島の外へと通じる唯一の道である橋を守るニアドラゴンに敗北し、多くの仲間を失い、メンバーも十一人になってしまった。
ノワール達が用意した生存ゲームをクリアするため、再び命懸けで島を脱出するのか、脱出を諦めてこの島に骨を埋める覚悟で残り数十年を生きていくのか――その選択を各々の中で消化している。
その選択に、正解はない。だからこそ、カナタ達は、それぞれ自分が納得できる答えを見出すしかない。
「……」
夕食を終え、眠るまでの時間を過ごしていたカナタは、傍らに置いた鞄を一瞥する。
蓋の開かれた鞄をじっと見つめ、何かを思案していたカナタの背後に、一つの影がゆっくりと歩み寄る。
「ちょっといい?」
「な、なに!?」
突然声をかけられたカナタは、狼狽した様子で顔を上げる。
「ごめんなさい。もしかして、驚かせてしまいましたか?」
「ミ、ミモリさん? い、いや、大丈夫。ごめん、ちょっとびっくりしちゃって」
そこにいた人物――ミモリを見たカナタは、そう言いながら、慌てて姿勢を正す。
そんなカナタの反応に何を思ったのかは分からないが、気を取り直したように息を吐いたミモリは、近すぎず遠すぎない適度な距離で足を止める。
「カナタ君はどうするの?」
わずかに固い声音で紡がれたその質問の意味は明確だった。
「この島から脱出するために戦うのか」、「微かな可能性に縋ってこの島で生きていくのか」。
カナタ自身の考えと意思を問いかけるミモリからの問いかけに、カナタは真っすぐに自分の想いを告げる。
「僕は――やっぱり、この島を出たいと思ってる」
そう言って自身の手に手を落としたカナタは、再び自分の意思を確認するように、言葉一つ一つを噛みしめて言う。
「確かに、ここで暮らすっていうのも一つの手段だと思う。死ぬのは怖いし、殺されるのも怖い。けど、ここで戦って死んでも、戦わずにいても、いつかは死ぬんだ。
日本の社会から逃げたのに、逃げたこの世界でも逃げて、そのまま死ぬなら、この世界に来た意味なんてないと思うから」
カナタもミモリも、この異世界移住に参加した者達は、それぞれが各々の理由であちらの世界――地球の、日本での生活に耐えかね、新天地を求めた者達だ。
変わるため。変えるため。あるいはただ逃げるため――その正否はともかく、逃げたこの異世界でも逃げるのならば、あちらの世界で迎合して生きていても変わらない。
少なくとも、カナタにとってはそうだ。
人の顔を窺い、空気に合わせて自己もなく、流されるように生きていく日々を変えるためにこの世界に来たのに、無難で当たり障りのない日々を受け入れるのならば、それはあちらと変わらない。
「そうだね」
そんなカナタの言葉に、ミモリも納得したように頷いて目を細めると、改めて顔を上げ、自らの胸に手を当てて言う。
「私も連れていってくれる? 私には戦う力がないから。でも、傷ついた人を癒すことならできる」
「頼りにしてる」
カナタの意見に共感し、また自分自身でもそれを望んでいたミモリは、この島から脱出する決意を示す。
「それは奇遇ね」
二人が互いの意思を確認したその時、夜半の空気に混じって静かな声が響く。
「アヤノさん」
その声に振り返ったミモリは、その人物――アヤノの姿を見止めて声を漏らす。
そんなミモリとカナタに交互に視線を向けたアヤノは、二人の元へと近づいて柔らかな表情で言う。
「私も同じ意見よ。勝てない相手に背を向けて逃げるくらいなら、戦って死ぬ道を選ぶわ」
腰に佩いた日本刀に手を添え、凛とした口調で告げたアヤノの言葉に、カナタとミモリは思わず顔を見合わせる。
「かっこいい」
「……同じ、かな?」
アヤノがこの世界に来た理由は、生家で身に着けた剣術を活かすため。
戦いに命を賭すことをいとわない姿勢にカナタは感嘆し、単純な戦闘ならばどちらでもその目的は達成できていそうが気がするミモリが首を傾げる。
「とはいえ、闇雲に戦っても、今日の二の舞になるだけね。何か作戦を考えないと」
戦って死ぬ覚悟があるとはいえ、無駄死にするつもりもないアヤノは、思案気な表情で呟く。
ニアドラゴンの強さは身に染みて知っている。
先の敗北で非戦闘能力者も含んでいるとはいえ、人数が大幅に減ってしまった今の状況で勝利するためには、単純な力押しのみではない作戦が必要だ。
「そうですよね」
ニアドラゴンの恐怖が脳裏に焼き付いているアヤノがその言葉に同意するのを見ていたカナタは、二人に向かって真剣な面持ちで口を開く。
「――僕に、一つ考えがあります」
「?」
意を決した様子で発せられたその言葉にただならぬものを感じ、ミモリとアヤノはどちらからともなく顔を見合わせた。
※※※
その夜は、誰もが沈鬱な表情を浮かべて過ごしていた。
多くの仲間達を失った絶望と恐怖、そして、戦って死ぬか、この島に残って死ぬかという死をどこまで引き延ばすかという選択が突きつけられている。
人はいつか死ぬ。そんなことは誰でも分かっている。
それは自然の摂理として仕方のないことだ。
戦って死ぬ、怪物に食い殺されるなどは論外としても、この島でサバイバルのような生き方をして一生を終えるという人生設計には、ただ社会の中で働き、年を取って死ぬという以上の無情があった。
オタクが。ハヤテが。ヒオが。シホが。タムラが。ヒマリが。
その選択の前に深刻な表情を浮かべて夜を過ごしているのを見ていたハルナは、一人静かな夜の空を見上げていた。
「っ……」
集まっている場所から離れすぎず、かといって近すぎない、人目に付きにくいその場所で声を殺して泣いていた。
声を上げないように抑えた引き攣る声を零し、溢れる涙を拭いながら、懸命に気持ちを落ち着けようとするハルナの姿は、痛々しいものだった。
「!」
その時、不意に響いた枝を踏む乾いた音にハルナが振り返ると、そこには気まずげな表情を浮かべたヤナギが佇んでいた。
「眠れないのか?」
月光と星明りに浮かぶ涙を見なかったように、わざとらしく問いかけたヤナギの不器用さに、ハルナは涙を拭って答える。
「……ええ。今日の事が、どうしても忘れられなくて」
「お前の所為じゃない。俺や、他の奴らにだって責任はある」
涙声で紡がれたその言葉に、ヤナギは気休めにしかならないと分かっていても、ありきたりな言葉をかけることしかできなかった。
だが、その言葉にハルナが答えを返すことはない。――返すことなどできるはずはなかった。
「……お前は、どうする?」
全体のまとめ役を担っていた自分の責任に圧し潰されそうになっているハルナの沈黙に、ヤナギは絞り出すようにして尋ねる。
安い同情などではハルナの心を慰められないことは分かっていながら、かける言葉を見つけられなかったヤナギは、苦渋の決断を下すように今後の――これからの話をすることにしたのだ。
「俺は、次は勝つ」
しばらく待って、ハルナからの答えが返ってこないのを確かめたヤナギは、抑制した力強い声で己の決意を語る。
「敵が分かったんだ。次は対策して、絶対に勝つ。そしてこの島から脱出してやる。もし、島から脱出してゲームが終わらなくても、今度は誰も死なせずにクリアして、絶対に全員で生き残ってやる」
拳を握り締め、一度完膚なきまでに敗北を味わわされたニアドラゴンへの対抗心を燃やし、島からの脱出、ゲームの終了を目指すヤナギの決意に、ハルナは目を伏せる。
「……強いのね。私は、怖い」
震える腕を抑え込むように掴み、ハルナは絞り出すような声で、その心中を吐露する。
「また、皆に何かあったら、目の前でみんなが、あなたが殺されてしまったら、私は――」
暫定的な取りまとめ役だったとはいえ、多くの仲間を死なせてしまった自責の念。
誰も、ハルナを責める者などいないのに、仲間達の命に責任を持っていたハルナだからこそ、今回の敗北がその心を深く傷つけていた。
今にも泣き出してしまいそうに震えるか細い声で、生き残った者達が命を落とす最悪の事態を脳裏から拭えずにいるハルナに、ヤナギは真剣な面持ちで語りかける。
「怖いなら、戦わなくてもいい。何も背負わなくていい」
非難するでも、慰めるでもなく、ただ淡々と、抑揚のない声で語りかけるヤナギは、一歩ずつ確かめるようにハルナとの距離を詰めていく。
その歩みから逃げることなく佇んでいるハルナの正面、半分ほど手を伸ばせば触れられるほどの距離で足を止めたヤナギは、少しだけ低い位置にある顔を見下ろす。
「他の奴らも、お前も、俺が守ってみせる」
声を抑え、確固たる決意を込めて語ったヤナギの視線を、ハルナの瞳が受け止める。
目を反らすことなく、その言葉にハルナは唇を引き結ぶ。
「だから、俺を信じろ。こんなところでうずくまって終わりになんてさせやしない。俺がお前をこの島の外へ連れ出してやる」
その言葉に根拠などない。だが、迷いのないヤナギの言葉は、なぜか今のハルナにとっては何よりも信じられるものだった。
自然と涙が溢れて頬を伝い、その唇は何か言葉を紡ごうとしては、寸前で呑み込んでいるように何度か噤まれる。
「……悪いけれど」
一分ほど言葉を迷っていたハルナは、溢れた涙を拭いながらヤナギに答える。
「あなたに全て背負わせるつもりはないわ」
そう言って顔を上げたハルナの目には、逃げずに戦う強い意思が宿っていた。
「私も、こんなところで終わるなんてごめんだわ。死ぬのが怖くて逃げたりしたら、死んでしまった人たちに申し訳が立たないもの。ここが命の張りどころね」
「そうか」
敗北の責任も罪も、失われた仲間達の命も、生きている仲間達の人生と命までも受け止め、前へ進むことを決めたハルナに、ヤナギは穏やかな声で応じる。
華奢な身体で背負うにはあまりにも重すぎる命と責任に背を向けないハルナの強い姿に、ヤナギは心から敬意を抱いていた。
「だから、約束して。絶対に死なないって」
命を背負って生きることを選んだハルナに求められ、ヤナギは力強い面持ちで応じる。
「ああ。約束だ。お前が背負ったものも全部まとめて、俺がお前を守ってやる」
背負った命と人生を含めて守ることを誓ってくれたヤナギの言葉に、ハルナは目を細めてその顔を覗き込む。
「――ねえ、何でそんなに私に優しくしてくれるの?」
わずかに熱を帯びて潤んだその瞳は、ヤナギの答えに何かを期待するハルナの心情を反映していた。
「分かれよ」
自分の気持ちを尋ねるハルナの言葉に、ヤナギは視線をそらして、バツが悪そうに言う。
「今時、そういうのはやらないと思うけど」
そんなヤナギの言葉に苦笑を浮かべたハルナは、自ら足を踏み出してわずかにあった距離を完全にゼロにする。
そして二人は、月明かりに照らされながら、その影を一つに重ねた。
「浅野由紀子」 死亡
女子高生か女子大生らしき女性。
「生駒優愛」 死亡
大人びた印象を持つキャリアウーマン風の女性。 能力「悪運」
ユウナ 「石田優菜」 死亡
顔立ちは整っているが、あまり華のない地味な女性。 能力「火」
ミツキ 「江口美月」 死亡
胸元の大きく開いた妖艶な色香を感じさせる女性。 能力「闇」
オタク 「小田拓也」
オタクのような容姿の青年。 能力「爆発」
ハヤテ 「黒島颯」
迷彩服を着た男。 能力「ステルス」
「権藤大河」 死亡
色黒の男。
「斎藤朝陽」 死亡
少し派手な印象の男性。
イツキ 「九条樹/冴山悠」 死亡
冴えない印象の男性。
恋人の冴山悠本人を誤って殺してしまい、逃げるためにその名前を騙って紛れ込んだ。 能力「霊視」。
リョウマ 「桜庭竜馬」 死亡
顔立ちの整った美男子。高所恐怖症 能力「飛行」
ミモリ 「式原美守」
少女。能力「治癒」
ヒオ 「鈴木日緒」
ギャルのような女性。 能力「ビーコン」
シホ 「高杉詩帆」
明るく人当たりのよさそうな女性。 能力「園芸」。土を耕して肥土を作り、種を蒔けば成長促進させることができる。
ハヤト 「橘隼人」 死亡
好青年。 能力「駿足」
タムラ 「田村健吾」
ふくよかな体型の男性。 能力「収納」
メガネ 「塚原敬」 死亡
知的な印象を持つ眼鏡の男。 能力「防壁」
ヒマリ 「永瀬日葵」
イヤホンを着けた少女。 能力「危機察知」
カオル 「七海薫」 死亡
平凡な女性。幼い頃に川で溺れて以来、重度の水恐怖症でカナヅチ。能力「水中活動」
ヨースケ 「野々村陽介」 生死不明
髪を染めた軽薄な雰囲気の男性。能力「不眠不休」
アヤノ 「氷崎綾乃」
日本刀を携えた黒髪の美少女。 能力「魔剣」
ハルナ 「美作春奈」
清楚な印象の女性。 能力「事典」
「宮原誠義」 死亡
中年男。
ヤナギ 「柳克人」
強面の男性。 能力「身体強化」
カナタ 「結城叶多」
平凡な少年。能力「シンクロ」




