絶望の袋小路
雨が降る中、カナタ達は足取りも重く、森の中を進んでいた。
ニアドラゴンによって仲間の多くが命を落とし、生き残った者達の心にも暗い絶望が、現実に質量を得たかのごとき重圧となってのしかかっている。
島からの脱出という希望の道が潰え、折れた心を抱えながら、それでもカナタ達は足を止めることはない。
敗北のショックと疲労と喪失の絶望の中で進む歩みは、ただ生きているから――あるいは、なんの理由もなく、そうすることしかできないと言わんばかりのものだった。
「多分、この辺」
スマホに視線を落としながら言うヒオの言葉を背中で聞くカナタとヤナギ、アヤノの三人が周囲を見回す。
ミモリによって回復したヤナギは、傷こそ回復しているものの、失った血までは戻ることがないのか、本調子ではなく、ハルナが心配そうに側に寄り添っている。
「ああっ!」
その時、森の茂みの中から、丸い身体をした大柄な男が転がり出てくる。
「タムラ君!」
「みんな! 無事だったんだ!」
一人で身を潜める恐怖から解放された安堵故か、今にも泣き出しそうに顔を歪めたタムラに、全員の表情が明るくなる。
「よかった。生きててくれて」
疲労感の滲む笑みを浮かべたハルナの言葉に、ヒマリが同意を示すように小さく頷く。
「あなたに荷物一式預けてるから、死なれてたら危なかった」
「僕じゃなくて、荷物の心配かぁ……トホホ」
収納の能力を有しているため、全員分の荷物と食料、水一式を預かっているタムラの生存に安堵するヒマリに、当人は少し悲しげに肩を落とす。
「ヒマリちゃん。さすがにそれはノンデリだよ」
「ちゃんと、生きててくれてよかったとは思ってる。ただ、それはそれ、これはこれ」
そんなタムラの反応に、ヒオに言われたヒマリは、その表情を崩すことなくフォローを入れる。
ただ、ヒマリの言葉はやや配慮をかいてはいるものの、荷物と食料、水を全て預かっているのは事実であり、タムラの生存が死活問題であったことは事実。
余談ではあるが、カナタもそのシンクロの能力によってタムラの能力を複製したことがあるが、別の能力を上書きすると、取り込んだ物も消えてしまうため、タムラの代わりは難しいこともそれに拍車をかけている。
「けれど、これで食料や水不足に怯える必要はなくなったわね」
ハルナが場を取り持つ様に言うと、周囲に警戒を向けていたアヤノが静かな声で言う。
「次へ行きましょう。できるだけ早く全員と合流した方がいいわ」
森には様々な危険が潜んでいる。今、生存している者達も長時間放置していればいるほど生命の危険が高まることは避けられない。
一刻も早い合流が必要だというアヤノの言葉は、全員が認識を同じくすることだった。
「お~! 皆さん! 助けに来てくれたんですな」
「オタク君」
ヒオのビーコンを頼りにその位置を割り出すことで、散り散りになっていた者達が徐々に、だが確実に集まっていく。
「みんな無事だったか」
「あなたも無事だったのね。よかった」
ステルスの能力で身を隠していたハヤテと、偶然行動を共にしていた詩帆も合流したところで、ヒオが憂いを帯びた表情で口を開く。
「一応、これであたしが把握してるメンバーは全員なんだけど」
「これで、全員か……」
ヤナギの呟きに、カナタはこの場にいない最後の一人を脳裏に思い浮かべる。
「ヨースケさん……」
以前言葉を交わした気のいい男を思い浮かべたカナタは、おそらくもうその男がこの世にいないことを察して沈痛な表情で唇を噛みしめる。
(もしかしたら、生きてるかもしれない。けど……)
カナタがそう考えた時、まるでそれを見通していたかのように、ハルナが口を開く。
「できれば探してあげたいけど、もし怪物に食べられてしまっていたら見つけられないし、その間森を歩き回っていたら、皆を危険な目に合わせてしまうかもしれない。だから――」
絞り出すように言葉を紡ぐハルナは、その表情を悔しさと悲しみに歪め、何かに耐えているかのように身体を震わせる。
それは、この場にいる全員に対して向けられていながら、ヨースケを探さない理由を自分に言い聞かせているように聞こえるものだった。
「もういい」
そんなハルナの言葉を、ヤナギが低く抑制した声が遮る。
俯き、涙をこらえているような表情を浮かべているハルナに、ヤナギは優しく慰めるように言う。
「皆分かってる。だから、お前が損な役回りを引き受ける必要はねえ」
言われなくとも、ヨースケが仮に生きていたとしても探さない――探せない理由は、ヤナギはもちろんのこと、カナタを含めた全員が理解している。
あえて見捨てるための選択を口にすることで、少しでも責任を負おうとするハルナを止めたヤナギの言葉は、この場にいる全員の総意だった。
「……ごめんなさい」
ヤナギの言葉に、ハルナが声を絞り出すように答える。
「とりあえず、一旦どこか休めるところを探しましょう」
実質的にまとめ役だったハルナが、今回の敗北と犠牲に責任を感じて心身ともに消耗していることを察したミモリが優しく声をかける。
「そうね」
ひとまず身体を休めることに賛成し、無理をして笑みを作ったハルナは、再びその表情に影を落とす。
あれだけの完膚なきまでの敗北を喫し、再びニアドラゴンに――島からの脱出に挑むのか。
次に挑めば、ここにいる全員が命を落としてしまうのではないかという不安と恐れが、その表情から滲み出ていた。
※※※
ひとまず開けた安全な場所を見つけることができたカナタ達は、身を寄せ合うようにして休息をとっていた。
多くの仲間を失った痛みと敗北の絶望を引きずり、沈黙と静寂が落ち、重苦しい空気が充満している中、ヤナギが口を開く。
「こんな時に悪いが、これからどうするか話し合いたい」
人数が十一人にまで減ってしまった今、これからどうするのか、方針を確認して早急に対処するのは必須だった。
「ですな。また、あのドラゴンに挑むのか、あるいは別の脱出経路を探すのか――」
ヤナギの言葉に頷いたオタクに、モデルガンを携えたミリタリー服の青年――ハヤテが続く。
「幸いっていうのは違うかもしれないが、戦闘力のあるメンバーは割と残っているし、回復もできる。戦って勝ち目がないって言うことはないはずだ」
現在生き残っているメンバーは、ヤナギにアヤノ、カナタと戦闘力を持った者が多い。
準備と対策、作戦さえ整えれば、もう一度ニアドラゴンに挑むのは不可能ではないだろう。
――心さえ、折れていなければ、だが。
「食料は……まだ、二、三日は保つが、そう長く迷っているわけにはいかないだろうな」
その言葉に、ヤナギが小さな声で独白する。
幸いに、という言い方は悪いが、メンバーの多くを失ったために、食料や水といった物資には多少余裕はある。
だが、それも長い時間を凌ぐことはできない。できるだけ早く、今後の身の振り方を考える必要があるのは明白だった。
「――ねぇ、もうやめない?」
そんな中、ぽつりと言葉を零したのは、元看護師である詩帆だった。
全てを諦めたような空虚な小声で独白した詩帆は、懐から取り出した小さな種のようなものを地面に埋めると、そこから一瞬で小さな芽が生える。
「私の能力、知ってるでしょ? 『園芸』。植物を植えて、その成長を促進させる力」
どこか自嘲めいたように聞こえる声音で自分の力で芽生えた緑を見て、詩帆――シホが言う。
「私の実家、農家だったのよね。別に継げとかって言われてた訳じゃないんだけど、子供の頃はなんか、親がそういう仕事してるのがなんか恥ずかしくて……自分の事だけど、最低だと思うわ。
自分が恵まれてることに気づかないで、ひどい挫折も失敗も後悔もなく、ぬくぬくと育ったから、こういう能力になったんでしょうね」
シホの能力――「園芸」は、耕した地面を豊かにし、蒔いた種を早く成長させる能力。
植物を操るのではなく、土を操るのでもなく、ただ「園芸」という行為に対して発動する能力であるため、カナタに能力の法則を指摘されるまで気づかなかった能力だ。
「この力があれば……このくらいの人数でなら、暮らしていけるんじゃない? ロッジに戻って、それから畑を作って、食べられるものの種を見つけて育てて、時々狩ってきた怪物の肉を調理して……
そうやって原始的だけど、平穏に暮らせばいいじゃない。そうすれば、もう……こんな思いをしなくて済むんだから」
戦いを――死を、あるいは全滅を恐れて提案するシホの言葉に、カナタを含めた全員が一瞬顔を見合わせる。
確かに、次にニアドラゴンと戦って勝てるとは限らない。
他のルートを探すにしても、ニアドラゴンのような強力な怪物や、それ以外のギミックが用意されている可能性が高い。
ならば、もう脱出を諦め、この島で十一人で力を合わせ、身を寄せ合って生きていく。――そういう選択肢もあるのではないか。
あの敗北と恐怖を思えば、その結論に至るのもやむを得ないだろう。
「けど、それじゃあ、そこで終わりです」
だが、その沈黙をカナタの小さな独白が打ち消す。
「確かに、そうすればみんな死なないかもしれない。でも、あとは何も無いこの島で死ぬだけです」
「死ぬよりも――殺されるよりもいいじゃない」
言葉を選ぶようにカナタが言うと、シホは視線を伏せて言う。
だが、そう言いながらも、その理屈が現実的ではないことをシホ自身も分かっていることが、苦しげに歪んだ表情から伝わってくる。
「何十年も、ですか?」
だからこそ、あえて問を重ねたカナタに、項垂れているシホの肩が小さく反応する。
おそらくそれは、シホ自身が感じ、指摘されたくなかったこと。
確かに命は大事だ。命を守るために逃げることも、戦わないことも、恥ではない。
だが、ここでそれをしても、何もない。何も残らない。
「戦う力があるといっても、絶対に安全で死なないわけじゃないですし、仮に安定した生活ができても、どんどん歳を取って、戦えなくなって、動けなくなって……順番に、どんどん死んでいって、それで終わりです」
カナタをはじめ、戦闘能力を持つ者がいるが、それが自身、あるいはここにいる全員の安全を担保できるかといえば、それは絶対ではない。
それほどこの森には危険で強力な生物が跋扈しており、仮に安定した戦いで身を守れても、いずれ時間と共に限界が訪れることは明白だ。
「そんなの、別に脱出してもしなくても似たようなものでしょ? 人は死ぬんだから、この島で死ぬか、島の外で死ぬかの違い敷かないじゃない」
「それでも……同じじゃないです。うまく言えませんけど、それだけは言えます」
島から出ようがでまいが、いずれ死ぬのは同じだというシホの言葉に、カナタは言葉を詰まらせながらも否定する。
「今死ぬか、死ぬのを後に伸ばして、この島で死ぬか……か」
カナタの言葉に自嘲するように呟いたハヤテの言葉は、この場にいる全員の心中を代弁しているかのようだった。
散々確認したことではあるが、この島がノワール達のゲームの会場である以上、外から人が来る可能性は期待できない。
無論、そういうことが起きる可能性も皆無ではない。この島にノワールと無関係のこの世界の人間が訪れ、助けてもらえる可能性に賭けて――否、仮に助けが来ないのだとしても、この島で生き延び続けるのも選択の一つであることはたしかだろう。
「そうね。普通だったら、それでもいいんでしょうけどね。こんな誰もいない島の中でその生き方は――寂しいかもしれないわ」
その話を聞いていたハルナが、寂寥感の滲む声で独白する。
人はいつか死ぬ。
それがどんな形であるのかは誰にも分からない。
モンスターに喰われて死ぬのも、病で死ぬのも、年老いて死ぬのも、結果としては同じだろう。
だが、ここにいる十一人が死んだとき、そこには何も残らない。
結婚して子供が生まれていれば、次世代に託すこともあるだろう。結婚や、子供に恵まれなくとも、幸せな人生もあるだろう。
しかし、この島で自分達十一人だけが、互いを看取りながら自然に還るように命を落とすことが、それに等しい価値を持つのかと言われれば、疑問が残る。
「それに、懸念もあります」
ハルナの言葉を聞き、眉を顰めるシホに、アヤノが淡々とした声で呟く。
「この島がゲーム会場だとして、あのノワールという人達が、私達がそういう生き方をすることを許してくれるでしょうか?
もし、次のゲームにまたこの島を使うつもりなら、もしかしたらゲームのクリア意思なしと判断した時点で私達を排除する可能性もあるのでは?」
「っ」
アヤノの指摘に、シホだけではなく、カナタも小さく息を呑む。
(確かに。その可能性は考えてなかった)
この島が、ゲームの会場だとするのならば、今回一度きりで使い終えてしまうのかという疑問が残る。
自分達が味わったようなゲームを、ノワール達が今度もと考えているのなら、この島が再利用されないとは限らない。
そんな島で、ゲームを実質的にリタイアした者達が何十年も暮らすことを、ノワール達が許すだろうか。
許すならば構わないが、もしそうでなかった場合、残った者達がどうなるのか――確信などないが、悪い想像ばかりが先行してしまうのは無理からぬことだった。
「なにそれ? 結局、何とかして脱出するしか道はないってこと?」
アヤノの指摘を聞いて自嘲気味に声を発したシホは、どこか自暴自棄になっているようにも見えた。
「――……っ」
その言葉に、重苦しい沈黙が落ちる。
シホが吐き捨てるように零した言葉は、おそらくこの場にいる全員が、少なからず抱いていた思いでもあった。
「思えば、島を脱出したところで、それでゲーム終了とはならないかもしれませんな。もし仮に、それがゲームのクリア条件だったとしても、外に出たら出たで大変なことは多いかもしれません」
「そう考えると、ここで暮らすのも一つの手段かもね」
この場の空気に影響を受けたのか、オタクの悪い想像が重ねられた仮定に、ヒオが手元のスマホを弄りながら冗談とも自嘲とも取れる様子で呟く。
脱出のために死力を尽くせば、戦って死ぬか、島を脱出して、新しい生活ができるかもしれない。
あるいは、島を脱出しても、それでゲームクリアとはならず、次の困難にぶつかって、まだ挑むしかないのかもしれない。
少しでも長く生きるために、ゲームを放棄してこの島で暮らすというのも、選択肢としてはありなのかもしれない
ある意味で、今回一同が集まった理由でもある「異世界に移住する」という目的は果たされているのだから。
「どちらにしても、少し考えを整理する時間が必要だわ」
それぞれに考えを巡らせ、場の空気が一層重くなったのを感じ取ったハルナは、軽く手を叩いて全員の意識を自分へと集中させると、そう言って場を和ませる。
「今日は休みましょう。それぞれに考えを纏めて、私達の身の振り方に関しては、明日以降に決めるというのでどうかしら?」
それぞれに考えを纏めるための時間が必要だというハルナの意見に、カナタ達はそれぞれに小さく首肯を返す。
ニアドラゴンという絶望。
多くの仲間の死。
今日という日は、多くの事がありすぎた。
少しでも気持ちを落ち着け、これからの事を考えるための時間と、心身を休ませる必要があることは、誰もが分かっていた。
「…………」
話し合いを終え、各々に距離を取り、休み始める様子をその目に映し、カナタは何かを決意したような光を宿し、小さく、しかし力強く拳を握り締めるのだった。
「浅野由紀子」 死亡
女子高生か女子大生らしき女性。
「生駒優愛」 死亡
大人びた印象を持つキャリアウーマン風の女性。 能力「悪運」
ユウナ 「石田優菜」 死亡
顔立ちは整っているが、あまり華のない地味な女性。 能力「火」
ミツキ 「江口美月」 死亡
胸元の大きく開いた妖艶な色香を感じさせる女性。 能力「闇」
オタク 「小田拓也」
オタクのような容姿の青年。 能力「爆発」
ハヤテ 「黒島颯」
迷彩服を着た男。 能力「ステルス」
「権藤大河」 死亡
色黒の男。
「斎藤朝陽」 死亡
少し派手な印象の男性。
イツキ 「九条樹/冴山悠」 死亡
冴えない印象の男性。
恋人の冴山悠本人を誤って殺してしまい、逃げるためにその名前を騙って紛れ込んだ。 能力「霊視」。
リョウマ 「桜庭竜馬」 死亡
顔立ちの整った美男子。高所恐怖症 能力「飛行」
ミモリ 「式原美守」
少女。能力「治癒」
ヒオ 「鈴木日緒」
ギャルのような女性。 能力「ビーコン」
シホ 「高杉詩帆」
明るく人当たりのよさそうな女性。 能力「園芸」。土を耕して肥土を作り、種を蒔けば成長促進させることができる。
ハヤト 「橘隼人」 死亡
好青年。 能力「駿足」
タムラ 「田村健吾」
ふくよかな体型の男性。 能力「収納」
メガネ 「塚原敬」 死亡
知的な印象を持つ眼鏡の男。 能力「防壁」
ヒマリ 「永瀬日葵」
イヤホンを着けた少女。 能力「危機察知」
カオル 「七海薫」 死亡
平凡な女性。幼い頃に川で溺れて以来、重度の水恐怖症でカナヅチ。能力「水中活動」
ヨースケ 「野々村陽介」 生死不明
髪を染めた軽薄な雰囲気の男性。能力「不眠不休」
アヤノ 「氷崎綾乃」
日本刀を携えた黒髪の美少女。 能力「魔剣」
ハルナ 「美作春奈」
清楚な印象の女性。 能力「事典」
「宮原誠義」 死亡
中年男。
ヤナギ 「柳克人」
強面の男性。 能力「身体強化」
カナタ 「結城叶多」
平凡な少年。能力「シンクロ」




