第150話二つの真実
150話に到達!!
「彼も頭のイかれた人かしら?」
「ククク、イかれてるかどうかは奴らに聞けばいいだけだ」
アザートは獰猛に口角を上げると、激しい口論を続けている男と店員たちの元へ、獲物を定めるような足取りで歩み寄る。
───直後、空気が爆ぜた。
何が起きたのか、クトゥル以外の誰も視認できなかった。
一人の店員が吸い込まれるように壁際へ吹き飛ばされ、鈍い衝撃音と共に崩れ落ちる。
残ったもう一人の店員は、いつの間にか目の前に肉薄していたアザートの手によって、その首を軽々と持ち上げられていた。
「中々面白い話をしているな……もう一度最初から聞かせてくれ」
店内は、冷水を浴びせられたような静寂が支配していた。
吹き飛ばされた店員は床を這い蹲って呻き、アザートに締め上げられた店員は、宙に浮いた足で虚空を掻きながら、必死に空気を求めようともがいている。
クトゥルはそんな凄惨な光景を目の当たりにしながらも、どこか退屈そうに指先で髪をかき上げた。
そして、事態に追いつけず呆然と立ち尽くす男へと、冷淡な視線を移す。
「何をボサッとしているの? あなたよ、あなた……彼等じゃないわ。あなたに、彼は話しかけているの。何があったのか……話しなさい」
店内の空気は、張り詰めた弦のように鋭く研ぎ澄まされていた。
クトゥルの問いかけに、男はぎこちなく喉を鳴らした。
汗ばむ手を強く握りしめ、震えの止まらないかすれた声で答え始める。
「俺の名前はルカ……十数分前に、彼女と一緒にここへ来た。最初は二人で、この服がいいな、あっちが似合うな……とか、そんな話をしていたんだ。それで、気に入った服を選んだから……彼女が、試着室に入って……入って……!」
そこで言葉が詰まり、男の瞳に剥き出しの絶望が浮かぶ。
「それっきりだ……! 跡形もなく、消えたんだ……!」
「ほう……なるほどなるほど。跡形もなく“消えた”、か」
アザートはそう呟きながら、締め上げていた店員をゴミでも捨てるように放り投げ、無関心を装って背を向けた。
「しかし、コイツ等は見てないと言っているようだ……一人ではなく、店員全員が、だ。つまり……その女は貴様の妄想の可能性もあるわけだ」
ルカは戸惑いに顔を歪ませ、絞り出すような声で応える。
「そんなわけない……!!! 彼女は……エリザは! 確かにいるんだ!!」
アザートはその叫びを背中で聞きながら、口元に微かな、そして残酷な笑みを浮かべた。
「エリザ、か……確かに、“いた”んだろうな……」
その声音には何か含むものがあり、ルカは不安そうにアザートの顔を見つめる。
しかしアザートは、怯えるルカを突き放すようにゆっくりと店員たちへと視線を移し、低く囁くように言った。
「だが……貴様らは違うと言っている。つまり、この場には“二つの真実”が存在する……さて、どちらが正しい?」
店員たちは押し黙り、答えようとはしない。
クトゥルは軽く腕を組みながら、その無機質な沈黙を守る店員たちを観察していた。
「問い詰めても無駄みたい……おそらく脅されているようね……この人たち」
アザートは小さく鼻を鳴らし、再び店員たちの元へと歩み寄る。
その歩みは、獲物の息の根を止める直前の死神のように、残酷なまでに迷いがない。
「脅されている……か。ならば、簡単だ」
店員たちはギュッと唇をかみしめる。
救いを求めるように目を泳がせながら、答えを絞り出すのをためらっている。
しかし、アザートはそれを許さなかった。
ドバァン!!!
「こちらがそれ以上の力で脅せばいい話だ……さぁ言え。次は貴様か……貴様か……貴様か…………はたまた全員の脳味噌が床へとぶち撒ける事になるぞ」
「相変わらず無茶苦茶なやり方」
クトゥルは短いため息を漏らす。
アザートの銀の装飾銃から放たれた弾丸が、一人の店員の頬を、熱を持った暴風となって掠めていった。
このブティックの責任者であろう店長の男が、ついに恐怖に耐えきれず、息を詰まらせ、震える声を絞り出した。
「し、試着室に……」
その言葉を拾うと同時に、クトゥルは女性が消えた試着室へと視線を向け、薄く微笑んだ。
「何か秘密があるみたいね」
クトゥルは静かに、かつ冷徹に店の床を踏みしめながら、問題の試着室へと歩み寄る。
だが、内側から見れば、やはりそこは鏡が設置されているだけの、大人一人が入れる狭小な密室でしかない。
しかし────
「……なるほどね」
そう独り言ち、徐に鏡に手を当てたと思った、次の瞬間だった。
バキィン!!
鋭い破壊音を立てて、鏡は粉々に砕け散った。
無数の破片がキラキラと床に散らばる中、クトゥルは眉一つ動かさず、鏡のあった奥へと視線を向けた。
そこには、華やかな表通りからは決して見えない、暗闇へと続く細く狭い通路が、ぽっかりと口を開けていた。
「な……何だよこれは……!?」
目の前に現れた非現実的な光景に、ルカは呻くような声を上げた。
「ほう……面白くなってきたな」
「この店がただのブティックじゃないのは明らかね……問題はこれが何処に繋がっているかだけど」
クトゥルは砕けた鏡の破片を無造作に踏み越え、暗がりの先を冷徹に睨み据えた。
一方、床に崩れ落ちた店長は、震える手を握りしめながら、搾り出すように言葉を紡ぐ。
「その先へ行けば……分かる……彼女は……そこにいる……」
男の瞳には、犯した罪への後悔よりも、その先に広がる「何か」への純粋な恐怖が張り付いていた。
「だが、行かない方が良い……行っちゃダメだ……行ったら殺される」
店長の言葉に、一瞬だけ店内の空気が重く張り詰める。
「殺される、ね……誘拐の共犯者が心配してくれるのかしら」
クトゥルが侮蔑を込めて鼻で笑うが、店長は狂乱したように首を振った。
「悪い事は言わん……お前達は運が良かったんだ……選ばれずにすんだんだ……! 彼女のことは、もう忘れるべきなんだ……!」
「ふざけんな!!!」
激昂したルカが、自身の拳を白くなるまで握りしめ、顔を歪めて怒声を上げた。
「エリザは俺の大切な人だ!……何が忘れるべきだ!! お前が……お前みたいな奴が勝手に決めるな!!」
「────ッ」
剥き出しの怒りに気圧され、店長は怯えたように後ずさる。ルカの咆哮は張り詰めた空気を震わせ、他の店員たちはただ息を呑んでその姿を注視することしかできない。
「……何も知らない奴が」
店長は、自分たちにしか分からない地獄を想起したのか、掠れた声でそう吐き捨てた。
震える指先を試着室の奥に広がる闇へと向け、絶望を込めた息を吐く。
「………私は言ったからな」
ルカは拳を握りしめたまま、試着室の奥に広がる不気味な暗闇へと視線を向ける。
その先へ踏み出すかどうか、わずかに躊躇している中、アザートの低い声がルカに向けて発せられた。
「貴様、行くつもりか? あの男達の震え様を見るに────」
「行く……エリザを取り戻すためなら、どこへでも……! 逆にアンタ達は帰った方がいいよ。俺達の為に危険を冒す必要もない」
遮るように放たれたその声と瞳には、自らの命を秤にかけることすら厭わない、揺るぎない決意が宿っていた。
そんなルカを満足そうに微笑しながら眺め、クトゥルは試着室の奥へ迷いのない一歩を踏み出す。
「逆よ……私達はこの為にこの店に来たの。……依頼を受けてね」
「依頼って……」
「貴様が知る必要は無い。……行くぞ」
その一言を合図に、アザート、クトゥル、そしてルカは暗闇の深淵へと足を踏み出した。
試着室の奥へ────。
暗闇の向こう側へ────。
すべての残酷な答えが眠る場所へと、向かっ────。
「なにをぼさっと突っ立てる。……貴様も来い。案内役が居ないだろ」
「いや!……ちょ!……私は行きたくな─────」
激しく抵抗する店長だったが、アザートにまるで荷物のようにひょいと持ち上げられ、無理やり暗闇の先頭に立たされる。
「まったく……随分と手の込んだ細工だ。連れ去るための導線を仕込んでいるのか……」
クトゥルは試着室の壁に隠された巧妙な抜け穴をじっと見つめながら、店長の泣き言を聞き流して問いを重ねる。
「それで、この道はどこへ向かうの?」
店長は絶望に顔を歪め、震える指で暗闇の先を示す。
「……街の北にある、見世物小屋だ。そこへ……そこへ、連れて行かれたんだ」
アザートは、暗い通路の奥から漂う腐臭と欲の入り混じった空気に、小さく笑った。
「見世物小屋……か。どんな“見世物”を並べているのか、見せてもらおうじゃないか」
次回更新は未定です。
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