フィリア・アルミリスー2
フィリアの振り下ろした剣は関節の隙間に入り込み、ロイスの腕はスパッと切断させ地面に落ちる。
「うっ……ぐ……!」
「少しだけ、耐えててくださいね」
フィリアはそう言うと、魔法を唱え半透明の水色のスライムを召喚する。
おそらく大賢者のスキルによるものであろう。
スライムはロイスの切り落とされた腕の断面に飛びつく。
ロイスはスライムが吸い付く不快感と傷口に浸透していく痛みで、潰れたような呻き声を上げる。
しかし、その不快感や痛みも暫くするとだんだんと薄れていき、違和感も無くなっていく。
やがてスライムは肌色になっていき、粘度のあるドロドロとした液体から肉質なものへと変わって行き、失った部分の腕を形成していく。
「ちゃんと自分の意思で腕を動かせるはずです、痛みももうないとは思いますけど」
「すごい、自分の腕みたいに動く……!」
ロイスはスライムが擬態した掌を開いたり閉じたりする。
特に違和感は無く、まるで自分の腕の様に自在に動く。
「こんな能力聞いたことない、二つのスキルの合わせ技か?」
「そうです、大賢者で召喚して魔物使いの能力で使役して最終的には支配権を相手に移す……この二つのスキルを合わせて初めてなしえること、勿論こんなことできるなんて多分この世に私くらいですけど……」
そう語ったフィリアの表情は暗いものであった。 自分のこの能力に良い思い出はあまり無い様であった。
「……でも良かった、初めて良いことに自分の力を使った気がします」
フィリアはそう言うと嬉しそうに笑みを浮かべる。
「聞いて良いのか分からないけど、フィリアはその……なんでこんなところに?」
「……いや……あの」
「もしかして気分悪くしちゃたか⁈ そ、その……」
「いえ、大丈夫です……ただ、少し長くなりますけど良いですか?」
「う、うん……勿論」
フィリアはそう言うと重い口を開き、自分の過去を語る。
フィリアはまず、エルフの様な耳を持っているが、彼女はエルフでは無いそうだ。
神聖魔族
それが彼女の種族らしい。
神聖魔族と言われるだけあり、魔族の中でも高位に位置する種族で、それのおかげもあってかフィリアは特に苦労らしい苦労もせずに両親と妹と共に幸せに生活していた。
しかし、それも長くは続かなかった、今から十年前に人間との戦争が始まった。
人間国家と狭い海峡を通して面していたフィリアの故郷は瞬く間に占領された。そこで行われたのは凄惨な虐殺であった。
フィリアの両親はその際に人間に殺され、フィリアと妹の様な若い魔族は奴隷として売り払われた。
だがフィリアは不幸中の幸いと言うべきか強力かつ異質なスキルだったため、他の奴隷の様に酷い目にあったわけでは無いそうだ。
そして、フィリアはこの地の領主へと買い取られ、自身の能力をある事に使われていたらしい。フィリアはそのある事については、今は話したくは無いらしい。
そして彼女はロイスのここまでに至った経緯を聞いて、同情というよりは共感した。
だからロイスの事を信用したと言う訳だそうだ。
フィリアが話した内容を纏めるとこの様な感じであった。
話し終えるとフィリアはロイスを一瞥する。
「助けて貰った身でおこがましいのですが、そこでロイスに一つお願いがあります……私をケレテレスまで連れてってもらえないでしょうか? きっとそこに妹がいるはずなんです!」
「ケレテレス……」
ケレテレスと言えばここから西方にある都市である。
元は対して大きな都市では無かったが、魔族領と最も近かったため前線基地として急速に発展し、魔族の奴隷貿易が盛んなのが特徴と言える街である。
「だめ、ですか?」
「いや、そんな事はないけど……」
ケレテレスに送り届けるのは構わない、恐らくパルティア達もケレテレスに行く筈なのだから。しかし、そうするとフィリアを危険に晒すことになるし、正直足手纏いになる可能性もある。
復讐と言う理由だけならフィリアを優先する、しかし問題はシルフである。自分のせいで巻き込まれたのだ、手遅れになる前に彼女を助けたいと言うのが本心だ。
「あ、あのぉ……」
暫く考え込んでいたロイスにフィリアは不安そうに声をかける。
「今の私にはお金も土地もありません、私の持ってる物は強いて言うなら私のこの身体くらいです」
「うん……? それってどう言う?」
「自分で言うのも何ですが顔には自信があります、それに身体の方も……私が差し出せる物はそれしかありません、それでも構わないならどうかケレテレスに連れて行ってはもらえないでしょうか?」
フィリアの表情は非常に真面目なもので真剣な眼差しだった。
「……うん……ん? ええ、っとその‼︎ それって事はつまり‼︎」
フィリアの言ってる事を100%理解したロイスは顔を赤くして混乱する。
ロイス自身にそう言う経験は無いし、付き合ったことすらない。ミリシアとそう言うふんわりとした関係だったこともなくも無いが、ほんの一時期だ。
要するに彼にはそう言った耐性は一切無い訳である。
「それでもダメですか?」
「いや、あの……そそ、そう言うのはちょっと! いけないと言うか、いやだ、だめでは無いんだけど‼︎」
「勿論、私を伴侶にしたいなら私は喜んでなります、身体だけの関係を望むならそれでも構いません、最悪売り払って貰っても良いです……だからどうか妹を、妹を助けてください‼︎ お願いします……!」
フィリアはその場に膝をつき、ロイスに深々と頭を下げる。地面には彼女の涙が数滴落ち、地面を濡らしていく。
「あ、あの……ちょ、ちょと顔を上げて、ね?」
「は、はい……」
フィリアは涙を拭い顔を上げる。
「ケレテレスまで連れてくよ、だけどその前にも俺にはやる事がある、多分相当危険な目に合うかもしれない、それでもいいなら……」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます‼︎」
「それと、そう言うのは大丈夫だから……折角会えたんだし、俺はいくらでも手伝うよ」
「いいのですか、本当に?」
フィリアは何故?と言いたげな表情と疑問を抱き不思議そうにロイスを見つめる。
フィリアは一切の利益が無く自分を助けてくれると言うロイスが不思議でならなかった。だからと言い彼が何か思惑がある様にも思えない。
「でもその前にやらないと行けない事があるからそっちにも付き合って貰うことになるんだけど……大丈夫?」
「ええ、勿論です、できる事があればなんでもお手伝いさして頂きます!」
恐らくパルティア達は魔族領へ向かう以上はケレテレスを訪れる可能性は高い、ならばその時にフィリアの妹も探せば良いだろう。
当然のんびりとしている暇は無い、二人は先へと急いだ。