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第04話 黒と月

 おれは自分の名前を知らない理由を彼女に話すことにした。


「おれはおまえと出会う少し前にこの森で目が覚めた。それより前の記憶がない」

「記憶がない?」

「ああ。だから自分の名前も分からない」

「そう、なのね……。だから……」


 彼女は何か小声で繰り返している。

 彼女の態度を見て、どうやら理解してもらえたようだと分かった。


「おまえの名前を教えてくれ。何か思い出すかもしれない」

「……わたしも、名前がないの」

「なっ!?」


 驚いた。


「おまえも記憶がないのか?」


 彼女は答えず曖昧に首を振った。

 膝を抱え服の裾をぎゅっと掴み、じっと地面を見つめている。

 何を思っているのだろうか。

 その寂しげな顔を見ていたら、それ以上の事情は聞く気にはなれなかった。


「あ、そうだ」


 一ついい案が頭に浮かんだ。


「おまえ、おれに名前をつけてくれ」

「え? わたしが? あんたに? なんでよ」

「名前がないと不便だろ」


 彼女は怪しむような顔を浮かべたが、


「じゃあ、そうねぇ――」


 と、おれをじっくりと見た。

 それから、


「クロ」


 と、言った。


「クロ? なんで?」

「髪の毛が黒いし、服も黒いから」


 そう彼女は告げた。

 そうか、おれの髪は黒かったのか。

 前髪を指で引っ張って見てみた。暗くてよく分からないけど、黒いようだ。


「じゃあおれは今からクロだ」


 言ってみると、思いがけず感動が訪れた。

 ずっとふわふわしていた意識がずっしりと重みを持ったような、心地よい気分。名前があるというのは素晴らしい。


「おまえはどうする? おれがつけてやろうか」


 彼女はプイと顔をそむけた。唇を尖らせて、


「なんであんたに名前をつけられなきゃいけないの」


 と言った。


 ――多分本当は嫌ではないだろう、と思う。勘だけど。


「じゃあおまえはシロだ」


 そう言うと、彼女はじっとおれ睨んだ。


「一応聞くけど、なんで?」

「髪の毛が白いし、耳と尻尾も白いから……」


 服も白いし。泥で汚れてるけど。


「却下!」

「なんで!?」

「安直すぎ」


 理不尽だ。


「もっと可愛い名前がいい」


 可愛い名前……。


 何かいい考えが浮かばないかと空を見上げた。


 あ――そうだ。


「……ルナ」

「ルナ? どうして?」

「おれが目覚めた時に最初に見たのが月だ。んで、おまえは初めて会った人間。だから月の別の言い方で、ルナ」

「ルナ……」


 彼女は空を見上げた。月を見ているのだろう。


「ルナ……。ルナかぁ……」


 彼女――いや、ルナは月を見たままそう呟くと、続けて、


「まあ、それでいいわよ」


 と素っ気なく言った。


 よかった。とりあえず受け入れてくれたようだ。


「――なあ、ルナ。おまえこれからどうするんだ」


 ルナは顔をこちらに向けた。

 目がとろんとしていて、さっきよりも力の抜けたような表情をしていた。よく見ると耳もくにゃんと垂れている。


「……え? ああ。ちゃんと聞いてなかった。ごめん」

「これからどうするんだ、って言ったんだ」

「あんた……クロはどうするつもりなの?」

「おれは自分の正体が知りたい。だから人の多くいる場所へ行くつもりだ」

「そう。それならあっちの方角に歩いてれば、そのうち道に出ると思う」


 ルナは指をさす。


「おまえはどうする?」

「わたしは……」


 と言い淀む。

 不思議に思い彼女をじっと見ると、頭が上下にこくんこくんと揺れていた。


「どうした?」

「ごめん。なんか眠たくて……」


 ルナの体ががくりと崩れた。地面に倒れる。


「おい!」


 おれはルナに近寄る。

 息遣いが荒い。

 眠った? いや、違う。そんな倒れ方じゃなかった。


「しっかりしろ」


 おれはルナの腕を取る――と、その時に気がついた。熱い。

 そのまま額に手を当てる。


「すごい熱だ……」


 いつからだったんだろう。気がつかなかった。

 どうすればいい。おれに何ができる。


 おれは先ほどルナが指さした方角を見た。


 誰か人を呼ぶか? いや、一度ここを離れたら、戻ってこれる自信はない。

 行くなら一緒に行くしかない。行くしかないが……。

 理由は分からないがルナは追われていた。人がいる場所に連れて行っていいものか。


 ――いや。それはここにいても同じことだ。

 どちらにせよ追手がいる。今は身を隠せるが、夜が明ければどうなるか分からない。いつかはここを動かなくてはならないのだ。


 おれを彼女の顔をもう一度見た。

 目を閉じ苦しそうに呼吸をしている。何でもないような症状なのか、それとも命にかかわるような状態なのか。


「ルナ。おれはおまえを連れていくぞ。いいな」


 おれは自分に言い聞かせるようにそう呟いた。


 ルナの体を起こし、先ほどと同じように彼女を背負い立ち上がった。


 深呼吸を一つしてから、再び森を歩き出した。


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