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第03話 逃亡

 少女は追われていると言った。そして足を痛めたのか動けないでいる。

 つまり――。


「お前を安全なところまで連れて行けばいいのか」


 少女はこくん、と頷いた。

 おれはそっと少女に近づいた。彼女は戸惑うような表情を見せたが、もう逃げようとはしなかった。


 彼女の傍まで寄って、背中を向けてしゃがんだ。


「よし。じゃあ乗れ。運んでやる」

「……うん」


 そのまま待っていたが、彼女はなぜか動こうとしない。


「おい、何やってんだ。早く乗れよ」

「う、うん」


 彼女の細く冷たい腕がおれの首に回された。


「もっとしがみつけ。これじゃあおぶれない」

「分かってるってば……」


 おれは彼女をしっかりと背負い立ち上がった。


「どっちに行けばいいか分かるか」

「……反対向いて。……うん。あっち」


 彼女が指さした方を見る。

 相変わらず暗い森が続いているようだ。

 おれはそちらへ向かって進みだした。


 二人分の体重を感じながら足を動かし続ける。

 視界が悪い。月が照らしている部分はいいが、暗い所へ入ると足元も十分に見えない。


 足元に注意しながら、木々の間をうように歩いていく。

 何か彼女と話そうとも思ったが、集中しないと転んでしまいそうなのでやめた。


 しばらく歩いたところで、


「ねえ、もっと速くして」と彼女が言った。


「これ以上速くは歩けない。これが最速だ」


 そういえば最初にこの子とぶつかる前、走っているような足音を聞いた。

 どうやってこの暗闇を走っていたのだろう。


「だって、もうそこまで来てる……」


 一体何が来てるんだ、と言おうとした時、背後から物音がした。

 おれはいったん止まり、耳をすます。


 グシュ、グシュ、グシュ――とかすかに聞こえる枯れ葉を踏み潰す音。

 それも複数だ。

 鼓動がどくりと自分の中から聞こえた。おれは歩みを再開する。足音がなるべく立たないように気を使って歩いた。


 足音が徐々に近づいてくる。

 一体何が近づいてきているのか。気になって、ちらりと後ろを見た。

 おれがそうしたのとほぼ同時だった。


「――おい、いたぞ! ウィザード! 照らせ!」


 野太い男の声が聞こえた。

 声の聞こえた方角から、光の玉のようなものが尾を引きながらひゅっと上へ飛んだ。

 次の瞬間、視界が白い輝きに覆われた。その眩さに思わず目を背ける。


 何が起きた――?

 おれは目をゆっくりと開く。さっきまで薄暗かった森が、明るく照らされている。


 男の声がした方へ再び目線を向ける。


 複数の人間がおれたちを取り囲むように立っていた。十人、いや二十人はいるだろうか。

 同じデザインの軽鎧けいがいを身につけ、腰には刀を携えている。


 そのうちの一人と目が合った。

 その男は幽霊でも見たような顔をして固まっていた。

 よく見ると、他の連中も似たような表情をしている。


「え? う、嘘っ! なんで? どうして?」


 今度は耳元に少女の声が聞こえた。

 そうだ。立ち止まっている場合じゃない。おれは足を動かしはじめた。


 明るい。これならば走ることもできそうだ。

 加速する。

 連中は追ってきているだろうか。振り返りたい気持ちを押し殺し、がむしゃらに走る。


「待って! 正面にも人がいる! 右に曲がって!」


 正面。おれには何も見えなかったが少女の言う通り右に曲がる。


 そこは下り坂になっていた。傾斜を勢いよく下る。

 緩い坂とはいえ、つまづけばそのまま転がり落ちてしまいそうだ。


 木をかわし、草を踏みつけ、全身に風を受け、一心不乱に坂を下る。

 進めば進むほど徐々に暗くなってゆく。途中からは下るというより、むしろ重力に身を任せて落ちていた。

 速度を殺しながら、何とか進む。


 そして――。

 元の暗闇に戻ったところで、ようやく足を止めることができた。


 肩で息をしながら今下ってきた方を見上げた。

 人の姿は見えない。気配もしない。足音も聞こえないようだ。


 どうやら逃げ切れたみたいだ。

 ほっと心の中で胸をで下ろした。


「……あっちに隠れられそうな場所がある。行きましょう」


 少女の言う方向に進む。


 少し歩くと、丘に囲まれて窪みになっているところを見つけた。

 腰くらいの高さの草が生い茂っている。伏せれば身も隠せそうだ。


 おれは彼女をゆっくり下ろしてから、そこへ仰向けに転がった。

 体が火照っている。風が冷たくて気持ちよかった。


「あいつらがおまえを追ってる連中なのか? なんであんな大人数に追われてるんだよ」


 膝を抱えて座っていた少女は、意味深な瞳でおれを見つめた。


「わたしを見て何も思わないの?」

「うん?」


 真剣なその瞳を見て、おれは体を起こした。

 その表情を見て、おれは彼女の質問に真剣に答えなければいけないと直感した。


 彼女はじっとおれの目を見つめている。怯えているようにも見えたし、助けを求めているようにも見えた。


 ふと不安になる。

 おれには記憶がない。

 彼女の真剣な問いに、おれは答えられるだろうか。


 ――心に感じることを真剣に話そう。記憶はなくとも、心はここにある。


「すごく可愛いと思う」


 少女はまず目を開き、ぱちぱちと長い睫毛まつげを上下させた。

 それから、


「……え? ええ? えええっ!?」


 と変な声を出した。

 彼女ははっとした顔で両手を口に当てた。その動作が面白くて、思わずおれは吹き出してしまった。


「はは、何やってんだよ」

「あああああんたこそ! 何言ってるのよ」

「え?」


 あ。やばい。なんか急に恥ずかしくなってきた。

 さっきおれは、とんでもないことを口にしてしまったんじゃ?


「変な人……」

「そ、そういえば名前聞いてなかったよな。なんていうんだ? お前」


 と話を逸らす。


「名前? ……。あんたから先に教えて」

「なんだよ。ま、いいけど――」


 と言ってから気づいた。


 おれは自分の名前を知らなかった。

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