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第11話 異世界にようこそ

 目が覚めるとレビアが傍に立っていた。


「おはようございます」


 ぼおっとしながらほとんど無意識に「おはよう」と返す。

 徐々に頭が覚醒していく。


 昨夜は結局ほとんどレビアと会話しないまま時間だけが過ぎた。

 おれは窓の外を見ながら考え事。レビアはただ床を見ながら立っているだけだった。眠ることを告げると、レビアは明かりを消し部屋を出ていった。それからすぐにおれは眠ってしまったようだ。


 レビアがカーテンを開けた。

 明かりが部屋に満ちる。


「そこに立って待っていたのか? 起こしてくれてもよかったのに」

「申し訳ございません。そのような命令を受けていませんでしたので」


 う。何か昨日より刺々しい気がする。

 気のせいだろうか。気のせいだろう。きっと。たぶん。


「ルナは目を覚ましたか?」


 レビアは首を振って否定した。


 大丈夫なんだろうか。知識がないだけに不安が残る。


「レビア。本を読みたい。この屋敷に本はあるか?」


 昨日からずっと考えていたことだ。

 おれに出来ることといえば、今は知識を蓄えることだけだろう。


「どんな本でしょうか」

「何でもいい。足りていない知識を補いたいんだ」

「かしこまりました。後ほど持ってまいります」


 ベッドから立ち上がって体を伸ばす。

 おれはじっとりと寝汗をかいていたようだ。胸元が濡れて気持ちが悪い。


「あと、できればシャワーを浴びたいな。実は昨日入れなかったんだ。魔石が反応しなかった」

「承知いたしました。今からすぐに向かいますか?」

「うん、そうしたい」


 部屋を出て昨日のシャワールームへ向かう。

 廊下には相変わらず誰もいなかった。


 レビアは昨日のように一緒に入るとは言わなかった。先に一人通路を進み、水が床を打つ音が通路の奥から聞こえてくると、それからすぐに戻ってきた。


「湯が出ていますので、そのままお使いください。出る時はそのままで構いません。着替えの服やタオルはここへ置いておきます。脱いだものはそちらへ置いておいてください」

「分かった。色々とありがとう」

「わたしは使用人なのです。そのようなお言葉は不要です」


 相変わらず無表情だったが、やっぱりちょっとだけ昨日とは違う気がした。怒らせてしまったのかもしれない。


 シャワーを浴び着替えをすませ、部屋へ戻る。

 テーブルの上に朝食が用意されていた。それにベッドも綺麗に整えられている。


「よろしければ朝食をお召し上がりください。わたしはシャワールームを片付けてまいります」


 入れ替わりにレビアは出ていった。


 ここにいたら駄目な男になってしまう気がする。

 パンを食みながらそんなことを考えた。


 レビアが戻ってきた時、手に本を何冊か持っていた。


「クロ様のお役に立ちそうな本を、ナレード様とも相談し何冊か選びました」

「あぁ、ありがとう」


 そのうち一冊を何気なく手に持ち表紙を見る。

 ――良かった。文字は読めるようだ。


 そこには【異世界にようこそ】とあった。


「クロ様は昨日の夕食の時のことを覚えていらっしゃいますか?」

「夕食? もちろん覚えているけど、何かあったか?」

「食べる前と食べた後、クロ様はなんとおっしゃいましたか?」

「いただきますとごちそうさま、だろ」


 それが何だというのだろう。


「この世界のどの国にも、そのような文化はございません」

「えっ!?」


 唐突に放たれた衝撃的な台詞。

 馬鹿な。おれはごく自然に言ったはずだ。何も考えず、ただ普通に。


「ですがその本の中の異世界に、そのような文化がございます」


 おれは異世界にようこその表紙を再度見た。茶色い革のカバーの本だ。さほど古くないように見える。


「その本にある異世界は、十年ほど前に書かれた作者不明の創作をベースにしています」

「作者不明?」

「はい。にも拘わらず今でも熱狂的なファンが多くいます。そのような二次創作が未だに作られ続けているのです。クロ様もファンの一人だったのかもしれません」


 初めてじゃないだろうか。自分の過去に繋がる具体的なものを見つけたのは。


「とりあえずこの本を読んでみる。何か思い出せるかもしれない」

「はい。わたしもそう祈っています」


 おれは1ページ目をめくった。


 物語のあらすじは、この世界――スフィラと呼ぶらしい――と似た全く別の異世界に突然迷い込んでしまった青年の話だった。その異世界にはマナや魔法がなく、更には魔物や魔人もいないらしい。もう一つ加えると、先導士の証である黒い髪の人間が普遍的ふへんてきに存在するらしい。


 魔物や魔人がこの世界にいるということの方が、おれ的には驚いた。どんな姿をしているのだろう。想像もつかない。


 物語を進めていくと、異世界の人物に主人公が元いた世界スフィラのことを話す部分がいくつかあった。

 その中にマナを使い切った人間に関する描写があった。


 レビアから受けた説明とおおむね同じ内容の書き方がされていた。

 曰く、マナは肉体と魂の基礎となる部分なのだと。使い切ると人の防衛反応の一つとして深い眠りにつくらしい。措置そちとしては他人からマナを分けてもらうか、マナの濃い地――マナは大気にも含まれているようだ――で過ごすしかないという。


 ちなみにこの物語の主人公はマナのない世界にいるせいで、徐々に肉体が弱っていっているようだった。


 序章が終わり、徐々に物語が動き出していく。

 レビアは何回か部屋から抜けたが、基本的にはおれの傍に何も言わず立っていた。


 扉の開く音がして、おれは本から視線を上げた。

 レビアが料理の載せたトレイを持っていた。もう昼食の時間のようだ。時間が経つのが早く感じられた。


「昼食はどうされますか?」

「うん。もらうよ」


 本が片付けられ、代わりに食器が並んでいく。今日もおれにとっては豪勢な食事だった。

 

「いただきます」


 と言ってから食べ始める。


「なあ、おまえは立っていて疲れないのか? 座ったらどうだ」

「それは命令ですか?」

「そうじゃないけど……」

「でしたらこのままでいさせてください。使用人がゲストの前で座るわけにはいきません」


 そんなに気を張らなくてもいいのに、と思う。


「おれの傍に立っていて暇じゃないのか? おまえも何か本を読めばいい」

「それは命令ですか?」

「いや、違うって」


 なんというか、取り付く島もない?

 怒っているというか、嫌われているのかもしれない。


 昼食を終えるとレビアは手早く食器を片付け部屋を出ていった。

 おれは読書を再開する。


 黙々と読書を続ける。

 途中でレビアが戻ってきたが、彼女は相変わらずじっとおれの傍に立っているだけだった。

 少し本に集中するとレビアのことは気にならなくなる。彼女はひどく希薄なのだ。まるで空気のように、ただそこにあるだけ。


 読書にふけり、刻々と時が経っていった。


 ふいに扉の戸が叩かれた。


 おれは本から意識を切り、扉へ向ける。


「レビア、来なさい」


 と、扉の向こうから声がした。

 知らない女性の声だった。


 レビアが扉を少し開き、ぼそぼそと言葉を交わした。声は聞き取れない。扉の向こうの相手もここから見えなかった。


「少し用事ができました。行ってまいります」


 レビアは部屋の明かりをつけてから部屋を出ていった。






 ふと窓から夕陽が射しているのに気がついた。どうやら時間を忘れるほど本に集中していたようだ。

 知識をつけるというより、単純に物語の方にはまってしまっていた。

 おれは立ち上がり肩を回す。一日本を読んでいたせいか身体が鈍っている。


 窓に近づき外を見た。

 人の姿は見えない。少し不自然に思えた。使用人はいるのに、見張りのような者はいないのだろうか。これだけ広い敷地であればいてもおかしくないように思う。


 窓を開けようと中央の把手とってを掴む。


「ん?」


 開かない。力が足りないのか?


 持ち方が違うのか、他にやり方があるのか、と色々やっているうちに簡単に窓が開いた。なんだったんだ。


 顔を出し周囲をもう一度見る。やはり人の姿は見えなかった。

 今度は上を見た。


 まさか一階建てではないだろうと思っていたが、予想通り上にも壁が続いている。

 三階建て、いや四階建てくらいだろうか。


 風が吹いた。久しぶりに自然の香りを感じる。気持ちが良かった。


 ――唐突に外へ出たい衝動に駆られた。


 物語の主人公は見知らぬ異世界に戸惑いながらも、新しい出会いや発見に感動していた。状況は少し違うが、おれも似たようなものだと思う。


 外に出てみたい。

 おれは素直にそう思った。


 ノックの音がした。「レビアです」と声がする。

 なんだろうか。少し声が震えていたように思った。


 窓を閉じカーテンを閉める。

 返事をするとレビアが入ってきた。


 表情から何も分かるものはなかった。

 伏せた目でおれの足元の辺りを見ている。


「どうした? 何かあったか?」

「いえ……」


 レビアは無表情にそう言った。

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