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第10話 奉仕

 恥ずかしいところを見られてしまった。

 あたふたとしているおれを他所よそに、レビアは顔色一つ変えず食器をテーブルの上に並べていった。


「どうぞお掛けください」

「あ、あぁ」


 言われるがまま椅子へ座る。


「手を出してください」

「手? ……おわ!」


 手を温かいタオルで包まれた。

 右、左と順番に素早く拭かれる。


「失礼します」


 今度は後ろから小さめの布を太ももに掛けられた。


「な、な、なんだ?」

「指やお口を拭くのにお使いください」


 いや、そうじゃなくて。

 これくらい自分でできるのに。

 おれが忘れてしまっているだけで、これが普通なのか?


 おれはテーブルの上の料理を見た。

 サラダ、パン、スープ、チキン――。ごくりと喉が鳴った。

 いいのだろうか。今更もう食うなと言われても我慢できないけど。


「どうぞお召し上がりください」

「い、いただきます」


 食べる順番とかあるのだろうか? いや、気にするな。どうせ考えたって分からない。

 とりあえず一番美味そうなチキンをナイフとフォークで口元へ運ぶ。

 口に入れた瞬間、旨みが口へ広がった。


「美味しい……」


 そうか。これが食事なのか。身体が満ちていく感覚がする。


 おれは夢中になって料理を食べた。

 おれが黙々と食べている間、レビアはおれの後ろで息を潜めるようにして立っていた。グラスの水がなくなった時だけ、いつの間にか彼女が注いでくれていた。


「ごちそうさまでした」


 あっという間に平らげてしまった。

 美味しかったし、それに腹が減っていたのだ。


 テーブルの上の皿を片付けているレビアに声を掛けた。


「そういえばレビアは食べないのか?」

「わたしは後でいただく予定です」


 そうか。

 せっかくだったら一緒に食べればよかった。


「おれも手伝うよ。皿洗いとかするんだろ」

「先導士様にそんなことをさせるわけにはいきません」


 先導士様、か。

 そういえばそうだった。


「それでは片づけをしてまいりますので、しばらくお待ちください」


 レビアは空の食器をトレイに乗せ、素早く部屋を出ていった。


 一人残される。


「あ、そうだ」


 おれは立ち上がり部屋の入り口の方へ近寄った。

 壁を見る。胸くらいの高さのところに、小さな赤い石がはめ込まれていた。


 あの恥ずかしい行いを見られた直後に、レビアが壁の辺りに手をかざすのを見た。 そうしたら明かりがついたんだ。


 触ってみる。冷たい感触がする。

 だが天井の明かりに変化はなかった。消すのには別の方法があるのだろうか。あとで聞いてみよう。


 満腹感に浸りながらベッドに座りぼーっと夜空を見上げていたら、レビアが戻ってきた。食事を採っている時間はあったのだろうか。


 質問ばかりで申し訳ないと思いつつ、さっきの件を聞くことにした。


「レビア、この部屋の明かりはどうやって消すんだ?」


 レビアは地面をじっと見つめ、何か思い当たったように顔を上げてから答えた。


「ここの壁をご覧ください」


 壁の赤い石を指さした。


「ここにあるのは魔石と呼ばれているものです。マナを溜め込む性質があります」

「魔石……」


 仮面の女がおれの前に落としたのは魔石だったのだろう、とナレードさんは言っていた。

 つまり魔力を魔石に込めろと。仮面の女はそう言っていたのか。


「このように手をかざし使用します」


 ふっと明かりが消えた。


「もう一度同じことをすると今度は明かりがつきます」


 再度明かりが灯る。


「へえ。でもおかしいな。実はさっきやってみたんだけどな。何かコツがあるのか?」

「手をかざして見てください」

「あぁ」


 明かりは消えない。


「魔石が反応していませんね。本来マナを検知して吸収するはずなんですが。――マナを込めていただけますか」


 ――あれ。

 なんだこの感じ。


「どうしました?」

「あ……、いや。すまない。マナを込めるというのは具体的にどうすればいいんだ?」


 レビアは少し考える素振りを見せてから


「すみません。上手く言葉にすることができません」


 と言った。


「難しいことなのか?」

「そうですね。例えるなら指の動かし方を教えるのに似た難しさです」


 考えなくてもできること、ということなのだろうか。

 月や森のことは理解できても、マナや魔法のことは見てもよく分からなかった。おれに残された知識は偏っているのだろうか。


「このような仕掛けはこの屋敷だけのものなのか? それとも一般的なのか?」

「広く至るところに、色々な使われ方をされています」

「……そうか」


 明かりをつけられないだけでも結構不便そうだが、それ以外にも苦労がありそうだ。


 レビアを見ると、目を伏せて床をじっと見つめていた。

 一瞬おれに対して申し訳なく思っているのかと思ったが、そうではなかった。彼女には表情がなかった。


 使用人というのは皆こういうものなのか?

 こんな綺麗な顔をしているのに勿体ない。きっと笑えばすごく素敵な女の子だと思うのに――。


「シャワーの用意ができておりますが、いかがいたしますか?」

「シャワーか」


 そういえば倒れる前に泥だらけだった身体は綺麗になっていた。誰かが拭いてくれたのだろうと思うが……、まさかレビアじゃないよな?


「恩を受けるばかりで申し訳ないが、ぜひ借りたい」

「かしこまりました。それでは案内いたします」


 部屋を出てレビアについていく。

 途中でトイレの場所や大広間へ続く通路のことを説明された。それからここは本来使用人が寝泊まりしている区画らしい。今は緊急ということで、レビアと、ルナを世話している何人かの使用人を除いて、別の場所へ移動しているようだ。


 少し歩いたところに、他の扉よりも少し大きめな扉があった。

 レビアが扉を開けた。中に入る。

 おれやルナのいた部屋と造りが違う。石造りの小さな部屋に大きめの棚が置かれていた。

 奥に通路がある。少し行ったところで右に折れているようだ。


「ここで服を脱ぎ奥へお進みください。着替えは棚へ置いてあります」

「分かった。ありがとう」


 と言いつつ彼女を見ると、メイド服をめくっているところだった。色の白い腹がちらりと見えた。


「ちょっと待て! 何してる?」


 慌てて彼女の腕をつかむ。変な声が出てしまった。

 いつの間にか胸元のボタンも外れてるし。


「わたしも一緒に入ります」


 ………………。

 いやいや! おかしいだろう。なにがどうしてそうなった?

 おれのどこから来るかよく分からない知識では、男と女は一緒にシャワーを浴びたりしない。


「おまえはいつもそうしているのか?」

「いえ。ですがあなたは先導士様です。特別に奉仕するよう命を受けています」


 奉仕って。

 一体何をするつもりだったのか。


「いいから部屋に戻ってろ」

「それは命令ですか?」


 何だよ。やりにくいな。

 嫌だったり恥ずかしかったりしないのか? 彼女は。


「命令だ」と言うと、レビアは部屋を出ていった。






 結局シャワーを浴びず、少ししてからおれは部屋に戻った。

 入りたかったが入れなかったのだ。あの設備の使い方がよく分からなかった。魔石が埋めてあったので、多分それを使うのだろう。裸でうろうろしている姿は不審者そのものであったに違いない。


 部屋に戻ると彼女は隅の方にひっそりと立っていた。

 座っていてもいいのに。疲れないのだろうか。


 レビアはおれの服が変わっていないのに気がついているはずだが、何も言わなかった。

 じっと目を伏せている。何を考えているのだろうか。


「なあ、話をしないか?」


 とベッドに腰かけながらおれは言った。


「話……ですか」

「ああ、そうだ。いいだろ」

「先導士様のご命令とあれば当然のことです」


 言いたいことはあったが、今は話を始めることにした。


「おれの名前は――クロという」


 彼女は首を傾げた。


「名前を思い出せたのですか?」

「思い出していない。でも今のおれの名前はクロだ。だから先導士ではなくクロと呼んで欲しい」

「承知しました。クロ様ですね」

「以上で自己紹介は終わりだ。おれには今のところ名前しかない」


 レビアは表情の乏しい顔で、おれの真意を探るようにこちらを見た。それは卑屈な顔のように思えた。


「今度はおまえの番だ。自己紹介をしてくれ」

「……レビア・エイルフォンです。オルハルト家の使用人です」

「それはもう知ってるよ」

「……申し訳ございません。クロ様が何をお知りになりたいのか分かりません」

「おれはレビアのことが知りたい」

「……何故ですか?」

「知りたいと思ったからだよ。いいだろ、別に」


 少し間があった。


「――わたしがなぜクロ様に仕えるよう命を受けたのか、それを知りたいということですか?」

「違う。そんなことじゃない。おれが先導士である前にクロという一人の人間であるように、おまえも使用人である前にレビア・エイルフォンという一人の人間であるはずだ」


 レビアは答えず、うれいを含んだ碧色へきしょくの瞳を伏せた。

 初めて彼女の素顔が僅かに見えたような気がした。


「好きな色は?」


 レビアは答えない。


「何かやりたいことはあるのか?」


 これにも答えない。


「じゃあ、やりたくないことは?」


 レビアの肩が僅かに揺れたように見えた。

 だがやっぱり彼女は答えなかった。


「好きな味は? 食べ物は? 趣味とかあるのか?」


 小さな声で


「申し訳ありません。一つ、よろしいですか」


 とレビアは言った。


「どうした?」

「クロ様は勘違いをしていらっしゃいます。わたしはレビア・エイルフォンである前に、オルハルト家の一使用人なのです。わたしに心などありません。ただ命じられたままに動く人形のようなものだとお考えください」


 ――なんだよ、それ。


「心がないなんて、そんなわけないだろう」

「いいえ。わたしには心などありません。そういう風にできているのです」


 おれはレビアに言葉を返せなかった。

 おれには過去がない。だからレビアに、そんなわけないと胸を張って言うことができなかった。


 ただ怒りに似た想いだけが胸の奥で渦を巻いていた。

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