【番外編】康一と詩織さんのおもしろ名付け会議
※本編「言葉のトゲと一粒の涙」の制作秘話を描いた、番外編エッセイです。
「おうちに帰ってから開けてくださいね」そう言って先日手渡した絵の答え合わせをする日だ。
「この間の絵、答えいくつ分かってもらえましたか?」と私が問いかけた。
詩織さんは「まず、緑は麻雀のマットでしょ、それはすぐに分かったわ。麻雀牌にも意味があると思ったけどちょっと自信がない牌もあるわね」と言った。
「そうですか、マットは正解です。家で画用紙を切ったり、絵に合わせてくり抜いたりしましたよ」と笑顔で答えた。
実は、この物語のヒロインのモデルであり、私の最高の話し相手でもある詩織さんに、どうしてもこの絵の本当のメッセージを伝えたかったのだ。
「他はどうです?」と聞くと
「ひょっとしたら『一索』は健さんの事?」
「正解、良く分かりましたね。ボランティアで麻雀やった時に健さん、『いそっこ嫌い』って言ってすぐに捨ててたじゃないですか、だから入れました。他は分からないですか?」
「分からないから教えて」と詩織さんは珍しく私に懇願してきた。
「『發』は詩織さんのイメージで選びましたが、どうしてか分かります?」すると彼女はふんと鼻を鳴らして、ドヤ顔で言った。
「あ、私が知的だからってことでしょ」
「はい、はい、そのとおりです」
私は少しめんどくさそうに軽く流した。
「でもね、一番大切だから真ん中にしましたよ」
詩織さんは恥ずかしそうに微笑んだ。私は心の中でガッツポーズをした。ここまで作戦通りだ、と。
「続けますね、『萬子』は、文字通り『たくさんの人(何万人もの人々)』を表す牌なんです。そして、その頭にある数字の『二』。これには、詩織さんと私が大切にしている『障がいを持った方と、ボランティア(私たち)という、二つの異なる立場の人』という意味を込めました。
つまり、この『二萬』は、『立場は違えど、たくさんの人々が麻雀の卓を囲んで、笑顔で一つに繋がっている場所』という、あの温かい施設や健康麻雀サークルのイメージで選びました」と話した。
「へぇ、凄い。これなんだろうって全然分からなかったの。私を真ん中にしてくれて
ありがとね、一番大切だからなんて‥嬉しい」と詩織さんは本当に嬉しそうに言った。
さらに解説を続けた。「絵手紙風にしたのは、詩織さんが諏訪に遊びに来られた時に西園寺さんに話しかけて意気投合したって、私に話してくれましたよね。
その後絵手紙を貰うたびに嬉しそうに私に見せてくれたじゃないですか。それで絵手紙風のイラストにしたんです。
最後に『出会いを大切に』『今ここにある奇跡』は、詩織さんと西園寺さんの出会いもそうですが、人と人が出会うって、本当に奇跡だなっていつも思うんです。
私が健康麻雀サークルに見学に行かなければ皆さんに会うことは無かったし、そこで詩織さんと出会うことも無かった。
健康麻雀は私の人生を変えてくれたと本気で思っているんです。
その事はいつか 音羽さんご夫妻にも伝えたいと思っているんです」と熱く語った。
この絵には、私の周りの全ての人への、最大のリスペクトを込めたつもりだった。
絵の解説の感動の余韻が、喫茶店のテーブルを温かく包み込んでいる
「いやぁ、本当に凄い。これだけのメッセージが込められていたのね」詩織さんは、イラストを愛おしそうに見つめている。
そんな彼女の横顔を見ながら、私はふと、この間サークルで彼女と同卓になった時のことを思い出していた。
あの日、私の右隣(下家)に座った詩織さんと、あーだこーだと言い合いながら麻雀を打っていた時のことだ。
私たちのテンポの良い掛け合いを見ていた他家の人が、思わず吹き出すように言ったのだ。「二人とも本当に面白いわね。まるで漫才を見てるみたい!」
嬉しくなった私は、ニヤニヤしながらすかさずこう返した。
「そうですかぁ? それなら『親子漫才』ですかね!」
作中にも書いた通り、私は心の中で彼女のことを「こんなお姉ちゃんが欲しかったな」と慕っている。
だからこそ、これは私なりのちょっとした意地悪だった。案の定、詩織さんは一瞬スッと真顔になって、ピシャリと言い放った。
「……ちょっとそれはないんじゃない?」
あの時の、女性としてのプライドが垣間見えた最高にチャーミングな拗ね顔は、今思い出しても傑作だった。
本当は「そこは姉弟漫才でしょ!」と言いたかったに違いないのだ。
そんな彼女の顔をまっすぐ見つめながら、私は本題を切り出した。
「実はね、詩織さん。今日こうして来てもらったのは、単に絵の答え合わせをしたかっただけじゃないんです」
「え? 他に何かあるの?」
「この物語をネットで完成させるために、登場人物たちの名前を『名付け会議』で決めたいんです。……ただね、実はもう、ほとんどの名前は私の独断で決めてあるんですよ。
娘と私の好きなドラマ『TOKYO MER』の登場人物から名前をいただいたり、うちの娘たちが大好きな俳優さんの名前をこっそり仕込んだりしてね、もうそこは完璧に固まってます」
それを聞いた詩織さんの瞳が、きらりと動いた。さすがは自己主張がわりとハッキリしているタイプである。
「あら、面白そう! どんな名前にしたの? ちょっと見せてよ、私、別の良い名前思いつくかもしれないわ」
「ダメです、見せません!」
私はすかさずメモ帳を胸元に隠し、鉄壁の
ディフェンスの構えをとった。
「他はもう絶対に、1ミリも変更の余地はありませんから。詩織さんが口を出してきても、そこだけは私の作家としてのこだわりで、100%受け付けません!」
「もう、ケチねぇ(笑)」詩織さんは不満そうに唇を尖らせながらも、楽しそうに笑っている。
「だけどね」私は少し声を和らげて、悪戯っぽく微笑んだ。
「物語の中で一番大切な、私の相棒である『ヒロイン』の名前。それと、あの男前でピュアな『健さん』の名前。……この、作品の核になる2人の名前だけは、どうしてもあなたと一緒に考えたくて、今日までずっと空欄のまま残しておいたんです。だから、ここだけは一緒に考えてください」
「えっ……私と一緒に?」
詩織さんは驚いたように目を見開いた。
「そうです。下の名前まで真剣に考えているのは、この世界でヒロインだけですから。
さあ、まずはあなたがサッと案を出してくださいよ。あなたが真面目に言ってくれたら、私が却下するわけがないんですから」
詩織さんは少し首を傾げ、嬉しそうに、でも少し困ったように呟いた。
「うーん、私が決めるの? どうしようかしら、喜多見さんが決めてよ」バトンは完璧に戻ってきた。
私は少し顎に手を当てて、いかにも今思いついたかのような「考えているフリ」を大真面目に披露した。
「……じゃあ、花子にしましょう!」
「はあ? 花子!?」
詩織さんの目が点になった。
「ちょっと、冗談でしょ! 私のどこが花子よ、却下!」
「そっかぁ、花子ダメかぁ……」
私はわざとらしく肩を落とし、再び眉間にシワを寄せて考え込むフリをした。そして、トドメのボケを繰り出した。
「じゃあ……キャサリンで」
「ちょっと、キャサリンって何よ(笑)!」案の定、詩織さんはお腹を抱えて大爆笑した。
「麻雀卓にキャサリンが座ってるわけないでしょ! それも却下!」
「はい、冗談です(笑)」ひとしきり笑わせたあと、詩織さんが「葵、葵が良いわ」と
突然ひらめいたように言った。
私は「おぉ、いいですね、葵にしましょう」と返した。
「あとは苗字ですね」
私はスッとメモ帳を開き、彼女の前に差し出した。声を少し真面目なトーンに落とす。
「実は、詩織さんのイメージで考えてきた名前があるんです。案はこの三つです」そこには、考えに考え抜いた、知的で美しい3つの名前が並んでいた。
『速水、一之瀬、九条』
「この中から『葵』に合う苗字を選んでもらえませんか?」
詩織さんは少し考えた後に
「『一之瀬 葵』素敵じゃない?」と言った。
私も「すごく良いですね。素敵です。」と同意した。
こうして無事にヒロインの名前は
『一之瀬 葵』へと美しく着地した。
「さあ! 最高のヒロインが決まったところで、次はいよいよあの『いそっこ嫌い』の健さんの名付けですよ」私は一気にトーンを変えた。
詩織さんも「この人の名付けには絶対に絡みたい!」と、持ち前の頑固な顔つきでかなりの前のめりだ。
「この人はね、いそっこ、の響きからして『磯村』さん以外に考えられないと私は思っています」私がそう先制パンチを放つと、案の定、頑固な彼女は簡単に納得しなかった。
「え〜? 磯村ぁ? ちょっと安直じゃない? もう少し捻りなさいよ」
(始まったな、詩織ワールド)
ここで私は、半分怒ったような顔を作って声を張り上げた。
「なら、案を出してくださいよ! どうせ磯村より良いのは出して来られないはずですからね。まさか『磯野』とか言わないですよね? サザエさんか! ってツッコミますよ」と私は笑いながら言った。
詩織さんは「磯野なんて私が出すわけないじゃない!」と言いながら、言葉のプロとしての独自の感性で別の「磯」を絡めてきた。
「そうねぇ……『磯山』とかはどうかしら?」
「磯山! それじゃあグラビアアイドルのさやかさんが浮かぶじゃないですか。健さんのイメージに全く合わないから磯山、却下!」
詩織さんは「もう、何よそれ!」とまた大爆笑。
私が繰り出した「却下」のバトンに怯むことなく、彼女はさらに楽しそうに次の候補を畳みかけてくる。そんな絶妙な掛け合いのラリーを楽しむ。
しかし、事件はその後に起きた。
詩織さんが、ちょっと変わり者な本領を発揮して、「じゃあ、これはどう?」と、『磯』という言葉すら使っていない、物語のセンスを疑うような、しょうもない名前をドヤ顔でゴリ押ししてきたのだ。
その瞬間、私はバッと椅子から立ち上がり、冷たく言い放った。
「あー、もういいですわ。そんなセンスのない、しょうもないのをゴリ押ししてくるなら、もう帰ります」
「ちょっと、康一さん待ってよ! どこ行くのよ、座りなさいよ!」他のお客さんがコント漫才を見ているかのようにクスクス笑う中、詩織さんは涙を流して笑いながら、私の袖を引っ張って必死に引き留めるのだった。
毎日一緒に暮らしたら絶対に揉めるけれど、卓を囲んだり、こうして話しているなら世界で一番面白い相棒。
私たちの「名付け会議」は、こうして最高の笑いと、一生モノの感動と共に、完璧に完成へと向かっていった。
【康一のネタばらし】実は、読んでくれているあなたにだけ白状すると、この日の名付け会議は、私の脳内であらかじめ「こう展開していきたい」という完璧な『台本』が仕上がっていた。詩織さんがどこでムッとして、どこで大爆笑するか、すべて私のシナリオ通りだったのである。
──ありがとね。最後は台本にない本音の言葉を心の中で呟いて、康一は喫茶店を後にした。
(おわり)
皆さまへ
最後までお読みいただきありがとうございました。本当にありがとうございました。
康一




