02.大井町地下5階 ー 死にたくなければ、ネクタイ曲がってます
1時間後、私は大井町地下軍事施設の司令官室に呼び出されていた。B5階。大井町地下5階会議室――0B5は厄介なこと、この上ない。軍事裁判案件を意味する。
大井町地下軍事施設の司令官室は狭かった。圧迫面接の如く、保険査定を迫るためだ。
天井が低い。空気が重い。
テーブルを挟んだ向かいには、脂汗をかいた烏丸照司と、憤りのあまりに真っ赤な顔になった薔薇咲努が座っていた。
烏丸の過失係数は99。薔薇咲の過失係数は91だ。2人とも軍服を着ているが、せっかくの男前が台無しだ。
引受査定としては「犯罪」。
これは引き受けられない。
品川埠頭にわざと戦闘機の弾頭を突っ込ませた。過失係数99。無理だ。時効成立とはいかない。
そもそも、なぜ通称品川ダンジョンに弾頭をぶっ込むのか。前代未聞だ。
魔道具の腕時計をした私は、私を降格させた張本人、どこか半笑いを浮かべて見下すように私を見る上司と共に、大井町地下軍事施設に呼び出された。
拉致されるかのように、半ば強制的に軍のヘリで私と上司は移送され、地下へのエレベーターに押し込まれたわけだ。
理由は、私が即座に引き受けNGを叩きつけたから。
上司権限でも覆せない。社長にも副社長にも時効整理人としてNGと、100%確度で通告したのだ。
時効成立まであと5分。この間に私が保険引き受けにGOを出さなければ、烏丸はアウト。
ま、軍事裁判間違いなしだ。
地下5階の部屋に入るなり、魔道具の腕時計をした私は、札束を前にk-653'Jのレーダー照射のフライトレコーダー記録がダンジョン破壊を示す根拠を宣誓と共に述べさせられた。
無一文になる所だった私。
目の前には激怒した薔薇咲努が札束を振りかざしていた。しかし、私は目をつぶって無一文を選んだ。
私の仕事は時効整理人だ。時効短縮保険、刑期圧縮保険、示談促進保険の三つを管理監査する。だが今目の前にあるのは、そのいずれにも該当しない。
この案件は異常だ。
薔薇咲努は鋭い視線で私を一瞥した。
「よく見ろよ」
札束を……ですか?
「短縮保険で捜査止めろ!」
私は短く答えた。
「対象外です」
「じゃあ刑期圧縮だ!」
間髪入れずに即答した。
「起訴前です」
時効短縮保険――起訴前に適用。捜査や訴追を早期終結させる。
刑期圧縮保険――起訴後に適用。判決後の服役期間を短くする。
烏丸は絶望を目に浮かべ、両手を差し伸べ、祈るような仕草をした。
品川埠頭の下には通称品川ダンジョンと呼ばれる軍事施設がある。大井町演習場の目と鼻の先だ。戦闘機から弾頭を落としても、ダンジョンに吸収されて地上には影響が出なかった。
――どうせ、薔薇咲一族の不正か何かを揉み消そうとしたんだろう……。
私は魔道具の腕時計に触れた。
札束の向こうで、薔薇咲努は育ちの良さもかなぐり捨てて苛立たしげに机を叩いていた。
もう一度見よう。
再生したフライトレコーダーを私は凝視した。
画面にはK-653Jのフライトログが映っていた。
09:32:08、レーダー捜索開始。
09:32:11、単一目標追尾へ移行。
09:32:14、照準固定。
三秒間、外していない。
私は目を細めた。
やはり、偶然ではない。
09:32:18、武装系統、アーム。
発射許可状態。
09:32:20、FOX THREE。
記録音声に男の声が残る。烏丸の声だ。
その二秒後、機体重量が312ポンド減少。
私は顔を上げた。
「誤射ではありません」
部屋の空気が再び止まった。
Fox Three。アクティブレーダー誘導。つまり、狙って撃った。
若いカリスマと呼ばれる烏丸の頭の上に、赤い文字が浮かんでいた。魔道具が示すのは、過失係数だけではないようだ。
発射技量 98
故意性 94
虚偽申告 91
殺意 87
私は再び場が凍ったのを見かねて、圧迫に耐えられずに、思わず別の事に思考をずらそうとした。
さっき、明後日までに適性試験を受けるようにという応募先メールをスマホで見たが……バン!バン!
ゆっくりと視界の隅で何かが動いた。
椅子が軋み、私の隣で上司が前かがみになって、射殺されていた。
――うわッ!
――もはや、ここまでか……。
私は覚悟した。
途端に扉が開いて、地味な服装のメガネをかけた若い女性が入ってきた。
「ここから先はミカドが対処されるとのことです」
――ミカドって誰……?
ミカドが誰だか分からないが、私は女性に促されるままに、すぐさま部屋を出た。誰が上司を撃ったのかは分からない。だが、こんなところに長居すべきでない。
烏丸と薔薇咲努は明らかにおかしい。
若い女性は前髪がメガネに覆い被さるようになっていて、表情がよくわからなかった。顔の中で頬以外は口元と鼻筋だけが見えていて、そこだけ妙に綺麗だと私は思った。
エレベーターの中で初めて自分が汗びっしょりなのに気づいた。今更ながら足が震えた。
「死にたくなければ、美華斗様に逆らわないでください……あと、ネクタイ曲がってます」
メガネの若い女性に言われた。
「あなた誰です?」
「はいね。灰に音と書きます。灰音」
私は妙な名前だと思ったが、黙っていた。
エレベーターで地上に戻ると、灰音の前髪が風で舞い上がった。品川埠頭の海風か。
私が思わず地味な灰音の前髪を目で追っていると、目の前にいつの間にか背の高いスーツ姿の男性が立っていた。
「よう、お前、何か見えてんのか?」
男性の綺麗な瞳は、私をまっすぐに見つめ、何もかも見透かしてしまいそうだ。
これが私とミカド――美華斗との出会いだ。
品川埠頭の暴君――美華斗は、こうして、一文無しになりかけた私の前に姿を現した。
男性は美しく整った顔を歪め、私の顔を覗き込んだ。透き通った綺麗な瞳が私の目のすぐ近くまできた。接近し過ぎだ。
「お前見えてんだろ、俺に言えよ」
私は男の目を見た。本当に吸い込まれそうだ。
「何がです?」
「地下五階で誰が一番怖かったか。いっちまえよ」
美華斗はふっと笑った。過失係数が見えない。初めてだった。




