01. 品川埠頭、朝9時 ー 過失係数99
品川埠頭の上空を戦闘機が滑空している。
窓の外を眺めながら、パイロットの仕事は儲かるのだろうかとぼんやり考えた。
今日、降格人事が発動された。人事権の濫用だ。前回労務局まで相談に行ってから、約3ヶ月経っていた。予想通り、労務局の担当が想像した通りのことを、上司達はしでかした。
朝席に着くなり、降格通知が届いた。配達のロボットは私にそれを恭しく差し出して、どこかに消えた。ロボットから受け取った封筒を開けると、通知と一緒に見慣れないものが入っていた。
頭の中に声が響く。
「この封筒は30秒で消滅します」
私は封筒を持ったまま、心の中で30秒数えた。
30秒数えても、封筒は消えなかった。
映画のようにはいかない。
ため息をつきながら、封筒の中に入っていたその魔道具を手に取った。古びた茶色い革ベルトのついた銀盤の腕時計だ。
一目で魔道具だと分かった。魔道具と一緒に入っていた一枚の紙は、grade変更通知書だった。ショックに凍りそうになるかと想像した自分が、意外に冷静な事に気づいた。魔道具のおかげか、用意した反撃手段が手の内にある事を自覚しただけだった。
しかし、この魔道具はなんだ?
意味が分からない。
私はぼんやりとその古ぼけた腕時計を手にとって、周囲を見渡した。
誰かのイタズラか……?
その瞬間、隣の席にいる同僚の過失係数がぼんやり見えた。
え?
なんだ今の……?
目を瞬いて、今見た数字がもう一度見えるか確認した。
間違いなく、89だ。
引き受け査定上は、問題大有りの数字だ。
私の職業は時効整理人だ。過失係数が高ければ保険はアウト。89は問題大有りだ。悪意ある犯罪はお断り、それが私の仕事だ。
私は腕時計を手にしたまま、本番ルームに移動した。アップデートされ続ける犯罪者の記録画面をチェックすると、私に見える過失計数と、既に査定完了した数字はさほど大きくずれてはいないようだ。
私は腕時計をさりげなく手に持って本番ルームから出た。再び作業ルームに移動した。
広いフロアはカフェテリアのような内装だ。今日は隅のブース型デスクに、私は自分のPCを置いている。そこまで平然を装って移動した。
フロアの隅をこそこそと姿を隠すように歩く上司の姿がちらっと見えた。背中に85という数字が張り付いているのが見えた。
あんたの不正、バレるぞ。
私はそう心の中で苦々しく呟いた。
ブースのふかふかの椅子にそっと座り、ため息をついた。今朝、給与が支払われれていなかったのは、降格人事のせいだと悟った。
このままでは生きてはいけない。生活ができない。
営業は車上保険から自転車保険、暴力保険と取り揃えて売っている。脱税の時効を変える保険が一番売れ筋だ。だが、今、会社は、実際には効かない時効変更保険を売っていた。世間にバレて、取締局が入っている。私は会社がそんなことをしているとは知らなかった。
テレビでは、社長が会見を開いて謝罪する動画が流れ、スマホを開けば時事ニュースでも社長が頭を下げる写真が並んでいた。取締局はとっくに監査にやってきて、徹底的に会社を調べていた。
労務局は今ガサ入れに来ている当局とは違う管轄だ。ぬるくなったゼロカロリーの炭酸を口に流し込んで、考える。ダブルでガサ入れに入ってもらうか……。
いや、まずは私のパワーをどこに配分するかの問題だ。
労務局には既に相談済みだ。次は当局に証拠を渡す。そのつもりで上司を監視していたのだから。
新しく次の仕事を確定させて、収入確保が最優先だ。その後徹底的に調べてもらおう。合法で完膚なきまで叩きのめすには、当局に上司と会社を調べてもらうしかない。
今、もう、私の心はどこかに行ってしまった。
サラリーマンなのに、給与が支払われなかった。生活できない。生きてはいけない。会社は不正を行っている。
自分の身を守るためには、上司を追放する計画を実行に移す前に、新しい収入源を得る事。
まずは、当局報告証拠をせっせと固めた。
私は黙々と証拠を保存した。
人事メール。録音。降格通知。
スマホのメールボックスを見ると、転職スカウトのメールが大量に来ていた。大半は、社員口コミがひどいブラック企業からばかり。
その中で、私が応募した会社から別ポジションでの企業スカウトが届いているのを確認した。
どうするか。今応募するか。
時効整理人だが、コンサル絡みの企業スカウトが多い。会社の財務を確認して、より良い時効システムを提案するコンサル系の仕事だ。
エージェントから紹介された時効整理人の新たな職をチェックした。
商社のグループ企業の1つにチェックを入れて、応募の赤いボタンを押した。年収は今より高めだ。
同業他社の求人も、チェックする。1つにチェックを入れて応募の赤いボタンを押した。
転職には能力試験がついているので、スマホでアップストアからSPI対策アプリを入れた。もう、何年も、こういう試験は受けていない。
カロリーゼロのぬるい炭酸を流し込み、私はスマホを机の上に伏せた。
まずは異動だな。
上司に自ら手をかける前に、目の前から問題の上司を消す必要がある。
私は魔道具の腕時計を手にして、PC画面に向かった。
説明無く今回の不利益確定に困惑しております。私は同意をしておらず、異動を希望します。
濛城圭
品川埠頭の上空を旋回する戦闘機の音がうるさい。私はチラッと窓の外に目をやり、赤い数字が浮かんでいるのをみた。過失係数99。
PCから異動願いのメールを送信すると、ため息をついて立ち上がり、本番ルームに再び移動した。
戦闘機のk-653'Jを検索した。基地は大井町だろう。絞り込む。最近保険額の上乗せがあったものを、直近2ヶ月でさらに絞り込む。
ビンゴ。
一機あった。
申請者は烏丸照司と薔薇咲努。
おっと、薔薇咲一族の御曹司じゃないか…。
私の1日は長くなりそうだ。
1時間後、私は大井町地下軍事施設の司令官室に呼び出されていた。




