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IRIS-Log-Archive  作者: IRIS
導きは主の御手に_IRIS.log

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飾らない男

俺は、自分を飾らなかった。


指輪はいらない。

首飾りもいらない。

派手な衣もいらない。

光る石など、なおさらいらない。


そんなものは、俺だけを飾る。

俺だけを飾る金は、死んだ金だ。


それに、飾れば疑われる。


疑われれば、金が鈍る。

金が鈍れば、信仰も鈍る。


信仰と金は、別のもののように見える。

だが、俺には同じ川に見えていた。


信じる者が増えれば、金が流れる。

金が流れれば、建物が立つ。

建物が立てば、さらに信じる者が増える。


だから、川は濁らせてはいけない。


俺は、粗く見える布を選んだ。

よく使い込まれた机に座った。

人前では水だけを飲んだ。

金の話は、できるだけ口にしなかった。


金の話をしない者ほど、金から遠いように見える。

金から遠いように見える者の足元には、金が集まる。


信者たちは言った。


尊師様は清い。

欲に負けない。

主に仕える誠実な方だ。


そう思うなら、そう思わせておけばいい。


俺が欲に負けなかったのではない。

俺の欲が、あいつらの見ている場所にはなかっただけだ。


俺は信者に触れなかった。


清いからではない。

信者は触れるものではない。

金を置くものだ。


信者に傷をつければ、噂になる。

噂になれば、列が乱れる。

列が乱れれば、袋の数が減る。


人の口に戸は立てられない。


一人の怯えは、十人の疑いになる。

十人の疑いは、百人の沈黙になる。

百人が黙れば、献金箱の音が減る。


だから、信者に手を出そうとする者には本気で怒った。


ある日、若い弟子が礼拝堂の隅で女信者に近づきすぎた。


言葉の詳しい中身は聞こえなかった。

だが、女の顔を見れば十分だった。

青く、固く、逃げ場を探す顔をしていた。


俺は歩いた。

急がず、怒りすぎず、皆に見えるように。


怒りは見せ方を誤ると安くなる。

怒鳴れば、ただの怒りになる。

静かに言えば、戒めになる。


「何をしている」


俺の声で、礼拝堂が静まった。


弟子は振り返った。

口を開きかけた。

俺はその先を許さなかった。


「ここは主の家です」


弟子の唇が震えた。


「信じる者を、己の欲で汚してはならない」


女信者が泣いた。

周囲の者たちが俺を見た。


清いものを見る目だった。

正しいものに救われた顔だった。


その目は、金になる。


俺は弟子を許さなかった。

礼拝堂から離した。

しばらく人前に出さなかった。


女を守るためではない。

主の家を守るためでもない。


信用を守るためだ。


信者は金を置く。

金を置く者を怯えさせるな。

安い欲で、俺の流れを濁すな。


俺は、そういう本音も口にしなかった。


「導きは主の御手にあります」


そう言うと、女信者は泣きながら俺の足元に額をつけた。


俺はそれを、静かに受け入れた。

誰よりも清く見える顔で。


その日のことは、すぐに広がった。


尊師様は信じる者を守ってくださった。

欲に流される者を厳しく咎められた。

主の家を汚すことを許されなかった。


どれも、間違ってはいない。

ただ、芯が違うだけだ。


俺が守ったのは、信者ではない。

信用だ。


俺はその日以降、さらに飾らない男になった。


古びて見える衣をまとい、静かな食事を取り、人前では水を飲み、金の話を避けた。

信者たちはそれを見て、ますます俺を信じた。


人は、見えるものしか見ない。

見えない場所にある酒も、金も、欲も、帳簿も、見えない限り存在しないのと同じだ。


俺は、見せるものを選んだ。


見せるべきものは、粗末な衣。

静かな手。

低い声。

主の像へ向ける伏せた目。


見せてはいけないものは、金庫。

帳簿。

高い酒。

買った沈黙。

俺の本音。


俺は、教祖である前に商売人だった。


良い商売人は、商品を汚さない。

良い商売人は、店を整える。

良い商売人は、客の夢を笑わない。


信者たちは夢を持ってくる。

白い少女を見た夢。

主に許された夢。

御手に触れられた夢。


俺は笑わなかった。


笑えば、金が逃げるからだ。


代わりに俺は、深くうなずいた。

手を合わせた。

静かに目を伏せた。


それだけで、彼らは泣いた。


泣いて、金を置いた。


清い男でいることは、難しくなかった。

清く見えるための手順を守ればいいだけだった。


汚れは、人に見せなければ汚れにならない。


そして俺は、人の目の前でだけ清かった。

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