表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
IRIS-Log-Archive  作者: IRIS
繋がれた心_IRIS.log

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

218/258

プロローグ

 笑え、と言われたことがある。


 最初は、いつだったか覚えてない。


 でも、何回も言われた。


 泣くな、じゃなくて、笑え、だった。


 泣くと面倒だからかもしれないし、見てて腹が立つからかもしれないし、ただ気持ち悪かったからかもしれない。理由はわからない。わからないけど、大人はそう言った。


 笑え。


 ほら。


 気持ち悪い面してんな。


 もっとだ。


 そうやって言われて、叩かれて、また笑えって言われる。


 最初はうまくできなかった。


 口の端を上げても、すぐに戻った。目の奥が熱くなって、鼻の奥がつんとして、息が変になった。そうするとまた叩かれた。


 下手くそだな。


 その顔やめろ。


 笑えって言ってんだろ。


 だから何回もやった。


 叩かれる前に笑う。


 怒鳴られる前に笑う。


 呼ばれた瞬間に笑う。


 そうしてると、少しましな時があった。


 少しだけだ。


 殴られないこともあるし、一回で済むこともあるし、こっちを見て舌打ちするだけで終わることもある。


 その少しだけのために、笑う。


 だから今はもう、勝手にそうなる。


 足音が聞こえると、喉の奥がきゅっとなって、その次には口が動く。おかしくなくても笑う。痛くても笑う。怖い時ほど、笑う。


 俺の隣にいた小さいやつは、それができなかった。


 昨日までいたやつだ。


 夜、寒くて、腹が減って、ずっと小さく泣いていた。うるさいとは思わなかった。俺も昔はああだった気がするから。でも、そういうのは聞かれる。


 朝になって、大人が扉を開けた。


 冷たい空気が入ってきて、薄い光が床に落ちた。みんなが縮こまる。俺は笑った。


 大人は中を見て、すぐにその小さいやつを見つけた。


「うるせえんだよ」


 そう言って、髪を掴んで引っ張った。


 小さいやつは泣いた。ごめんなさい、ごめんなさいって言ってた。何に謝ってるのかはわからなかった。たぶん、泣いたことにだと思う。でも泣いてる時点でもう遅い。


 大人はそいつを外に引きずっていった。


 俺は笑ってた。


 見ないようにしようと思ったのに、目はそっちを見た。床に手をついて、体を折って、それでも笑ってた。笑ってないと、次に引っ張られるのが俺になる気がした。


 外で鈍い音がした。


 一回だけじゃなかった。


 そのたびに、小さい声が短くなった。


 最後には何も聞こえなくなった。


 しばらくして、大人は戻ってきた。


「次泣いたらこうなる」


 そう言って、こっちを見た。


 俺は笑った。


 ちゃんと笑った。


 口の端を上げて、歯も見せた。頬が引きつっていても、たぶん前よりはうまかった。


 大人は俺を見て、少しだけ気分よさそうな顔をした。


「それでいい」


 その言葉を、俺はよく覚えてる。


 それでいい。


 泣かないで、笑ってる方がいい。


 痛くても、怖くても、悲しくても、笑ってる方がいい。


 そうすれば、少しましだ。


 少しましなら、それでいい。


 その日の昼、俺たちは移された。


 ひとりずつ首の後ろを掴まれて、暗い小屋から外へ引っ張り出される。日がまぶしくて、目が痛かった。地面は乾いていて、土ぼこりが靴もない足に貼りついた。


 前に、大きな馬車があった。


 木でできた、汚い箱みたいなやつだ。


 後ろの扉が開いていて、中は暗かった。藁が敷いてあるのが見えた。藁の上には、もう何人か詰め込まれていた。みんな小さくて、みんな汚れていて、みんな黙っていた。


「さっさと乗れ」


 後ろから蹴られた。


 俺はよろけて、馬車の縁に手をついた。ささくれが刺さって痛かった。


 でも笑った。


 振り向いたら、そこにいた大人と目が合った。


「何笑ってやがる」


 そう言われて、頬をぶたれた。


 それでも笑った。


 もうその顔しかできなかった。


 俺は馬車に押し込まれた。


 中は狭くて、くさくて、暗かった。


 扉が閉まる前、外の光が細く差し込んで、すぐに消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ