積み上がる証言
証言というものは、ひとつでは弱い。
曖昧で、脆く、感情や勘違いに左右される。昨日見たものと今日語るものがずれることも珍しくない。だからこそ法廷では、一人の証言より、幾つもの証言が同じ方向を向くことに意味が生まれる。
私はそう習い、そう信じてきた。
裁判二日目の朝、記録席へ着いた時には、もう傍聴席の空気が前日とは違っていた。初日は事件そのものへの関心が勝っていたが、二日目にも足を運ぶ者は、より強い確信か怒りを持っている。被害者遺族の縁者らしい者も来ていて、目の下を腫らしたまま被告人席を睨んでいた。
被告人バルドは、昨日と同じように静かに座っていた。
その変わらなさが、私には妙に印象深かった。普通なら一日目の流れで多少なりとも焦りや疲れが顔へ出る。だが、あの男は最初からそういう顔だった、と思わせるほど変化がない。頑丈そうな体つきも相まって、感情の揺れが見えにくいのだ。
今日の主な証人は、被害者一家と被告人双方を知る者たち、それから現場検分に関わった者たちだと事前に聞いていた。つまり、噂や印象ではなく、関係と状況が少しずつ埋まっていく日になる。
裁判が始まると、最初に呼ばれたのは被害者の父親と商売上の付き合いがあった男だった。穀物や油、日用品の仕入れを取りまとめる立場らしく、町では比較的顔の広い人物だ。
「被害者のご主人は、きちんとした方でした」
その前置きがまず置かれる。
「真面目で、家族思いで、揉め事を好まない人でした。だからこそ、バルドとの件は珍しかった」
「どういう件ですか」
検察官の問いに、男はやや眉をひそめた。
「解体場の廃棄や血のついた水が流れてきて、子どもに見せたくないと。臭いもきつい日があったそうで、何度か直接やめてくれと頼んでいたようです」
「被告人はそれに応じましたか」
「いや……あまり。あの男は、気に食わないと言われると余計に不機嫌になる質でした」
弁護側が立つ。
「今のはあなたが直接見たことですか」
「全部ではありません。被害者本人から聞いたことも含みます」
「つまり伝聞が含まれている」
「だが、揉めているところは見た」
「どのように」
「被害者のご主人が冷静に話していたのに対して、被告人の方は声を荒げていた」
ここでもまた、構図が整っていく。
被害者は真面目で家庭的。被告人は粗暴で不機嫌。もともとの印象と食い違わない。むしろ補強されていくばかりだ。私は記録しながら、証言同士の符合箇所へ薄く印をつけた。諍いの存在、被告人の荒っぽい応答、近隣の不安。
次の証人は現場近くの洗濯場で働く女だった。前日より若く、証言ははっきりしていた。
「事件の数日前、あの家の奥さんが泣いていました」
法廷が少し静まる。
「子どもたちが怖がっているって。夜に大きい声が聞こえることがあって、外を見せたくないって」
検察官が問う。
「誰の大きい声ですか」
「……バルドです」
弁護側がすぐに反対尋問へ移る。
「あなたは、その夜ごとの声が本当に被告人のものだと確信していますか」
「近いんです。分かります」
「近い、だけでは別の人物かもしれない」
「でも、この辺であんな声を出す人、そういません」
「あなたの感想ですね」
「感想でも、毎日暮らしてれば分かることはあります」
その言葉は法の上では弱い。だが生活者の実感としては強い。私は書き留めながら思う。こういう証言は、正確さよりも生活の肌合いを伴っているぶん、傍聴席に響く。
被告人側には、そういう生活の実感を語ってくれる人間がいない。
そこもまた不利だった。
もし誰かが出てきて「無骨だが悪い人間ではない」「口下手なだけだ」「子どもを見かければ飴のひとつも渡すような男だ」と言えば、印象は少し割れるだろう。だが今のところ、出てくるのは被害者側の平穏さと、被告人側の扱いづらさばかりだ。
昼前には、現場検分を担当した役人が証言台へ立った。私はこのあたりから、記録の筆が自然と速くなっていくのを感じた。情緒や印象ではなく、手順と物証に近づくほど、私の好む裁判の姿になる。
「家屋内には争った跡がありました。特に食卓周辺と寝台の近くです」
「侵入の痕跡は」
「明確にはありません。被害者家族の知る者が開けさせた可能性もありますし、施錠の不備の可能性もある」
「凶器は」
「見つかっていません」
「血痕の量から、犯人にも付着があったと考えられますか」
「十分に考えられます」
弁護側が問う。
「凶器が見つかっていない以上、被告人の職場の刃物との関連は断定できませんね」
「断定はできません」
「犯行人数についても、一人と断定できますか」
「断定はできません」
そこで私は少しだけ目を上げた。
断定できない。
今日初めて、言葉がこちら側へ揺れた気がしたからだ。もちろんそれは弁護側が引き出した当然の確認でしかない。見つからない凶器、断定できない人数。法廷の言葉としては珍しくもない。それでも私は、その一瞬だけ紙の上の流れが止まるような感じを覚えた。
だが、そのあとに続いたのは、また被告人を不利にする内容だった。
「現場外、裏手の土に大きな靴跡がありました。被告人の履物と大きさは近い」
「一致したのですか」
「土質の関係で明確な一致までは言えません。ただ、同程度の大きさです」
また、同程度。似ている。近い。曖昧だが、積み重なる。
私はその感覚を不快だとは思わなかった。むしろ現実的だと思った。完全な証拠など滅多にない。だから裁判は断片を組み合わせる。断片が同じ方角を向き続けるなら、その先にある姿を推定するしかない。
午後、証人席に立ったのは、被告人の働いていた解体場の監督役だった。私はこの証言が重要になると考えていた。職場の人間なら、被告人の普段の態度や、事件当日の様子が少しは分かる。
だがその男の証言は、私の予想よりもずっと刺々しかった。
「バルドは働き手としては悪くない。手は早いし、雑ではない」
そこまでは良かった。
「だが、愛想は最悪です。指図されるのを嫌う。口も悪い。周りと合わせる気もない」
「問題を起こしたことは」
「大きなものはないが、小競り合いは何度も」
「事件の夜については」
「仕事は休みでした」
「普段から刃物の扱いには慣れている」
「当然です」
弁護側が立つ。
「働き手として悪くない、雑ではない。そこは事実ですね」
「事実です」
「仕事熱心とも言えるのでは」
「……まあ、仕事はする」
「では被告人は、粗暴なだけの怠け者ではない」
「それはそうだ」
私はそのやり取りに少しだけ救いを見る。だが監督役は続けてこう言った。
「ただ、あいつは何を考えてるか分からん。急に黙るし、急に怒る。正直、何かやっても不思議じゃないとは思う」
私は筆を止めずに、その一文を書いた。
そして心の中で、また収まりのいいところへ何かが落ちた。
働き者で、無愛想で、粗暴で、何を考えているか分からない。そういう人間は実際にいる。そしてそういう人間は、事件が起きた時、真っ先に疑われる。監督役の言葉は偏見に近いが、だからこそ生々しい。法廷は、その生々しさを完全には排除できない。
被告人本人への追加の問いもあった。
「被害者一家と揉めていたことは認めるのですね」
「認める」
「恨みは」
「ねぇ」
「だが腹は立っていた」
「立ってた」
「事件の夜、一人だった」
「そうだ」
「それを証明できない」
「できねぇ」
短い。相変わらず短い。
判事の顔にも、わずかな苛立ちが見えた気がした。協力的に見えないのだ。実際、無実であるなら、もう少し自分から話してもよさそうなものだった。
私はその時ふと思った。
この男は、自分がどう見えるかを全く分かっていないのではないか。
そうでなければ、ここまで不利な受け答えを続ける理由がない。あるいは、分かっていても直せないのか。どちらにせよ、法廷では致命的だ。人は中身だけでなく、どう見えるかで損も得もする。私はその不公平を嫌っている。嫌っているはずなのに、今日の私は被告人の不器用さを“犯人らしい”と受け取ってしまっていた。
休廷の折、私は廊下で他の書記官補と顔を合わせた。
「どうだ、今日でだいぶ固まったな」
彼はそう言った。
「まだです」
「いや、でも証言が揃ってる。揉めてた、怖がられてた、夜に近くにいた、血を扱う仕事。十分すぎるくらいだろ」
「十分かどうかは、判決が決めます」
「お前ほんと真面目だな」
私は返事をしなかった。
真面目でいたかった。制度を信じる者として、結論を急ぎたくなかった。だが正直に言えば、心のどこかではもう傾いていた。被告人の不利な材料ばかりが、きれいに積み上がっていくからだ。
夕刻、最後に被害者側の親族の証言があった。
亡くなった父親の妹だという女は、泣きながらも声を詰まらせずに言い切った。
「兄は、人を恨んで生きるような人じゃありませんでした。子どもたちを大事にして、妻にも優しかった。あの家には、幸せしかなかったんです」
その言葉を、私はそのまま記録した。
幸せしかなかった。
そう言い切れる家族が、血に濡れて終わった。ならば壊した側には、分かりやすい悪があってほしい。法廷に集まる誰もが、たぶんそれを求めている。被告人バルドは、その役にあまりにも収まりがよかった。
その日の審理が終わり、私は記録束を持って執務室へ戻った。窓の外はもう暗く、蝋燭の灯りが机の上にだけ狭い明るさを作っている。
私は証言を一つずつ見直し、要点を別紙へまとめた。
近隣証言、複数。
被害者父との諍い、複数。
夜の人影。
血を扱う職。
粗暴、無愛想、孤立。
弁明は弱い。
積み上がる。やはり積み上がる。
私はペン先を止め、ふと紙面の空白を見つめた。証言の中には曖昧さもある。似ていた、近かった、気がした、不思議ではない。だが曖昧さは、数が増えると輪郭になる。少なくとも、私はそう思っていた。
法は、ひとつの決定的な光より、いくつもの弱い灯りで道を照らすことがある。
その道が今、どこへ向かっているのかは明らかだった。
私は整理の最後に、小さく一文を書き足した。
証言の流れ、被告人に極めて不利。
これは公式な文ではない。私の作業用の覚え書きだ。それでも書いた瞬間、自分の中で何かがまた固まるのを感じた。
無実を信じるには、材料が足りない。
有罪を疑うには、材料が揃いすぎている。
少なくとも二日目の終わりの私は、そう判断していた。




