プロローグ
これは、皆が知っている冒険譚である。
女神の祝福を受けた若者たちが旅に出て、仲間と出会い、困難を越え、それぞれの願いを胸に進んでいく。
遠い国では王が民を治め、街には商人が行き交い、村には畑と祈りの時間がある。子どもは大人に守られて育ち、やがて十歳を迎えたその日に、神より小さな奇跡を授かる。
ある者は火を灯し、ある者は風を集める。
ある者は誰よりも強い足を手に入れ、ある者は傷を癒やす手を得る。
それが大きな力になるか、小さな助けになるかは人それぞれだが、祝福はたしかに、その人だけの可能性だった。
だから人々は、十歳の誕生日を特別なものとして祝う。
その日を迎えた子どもは教会へ行き、静かな祈りの中で、自分に宿った祝福を知るのだ。祝福は女神からの贈り物であり、未来へ進むための道しるべだと、誰もが信じている。
もちろん、祝福があればそれだけで生きていけるわけではない。
畑を耕すなら土のことを知らなければならないし、商売をするなら人とのやり取りを覚えなければならない。剣を取るなら、なおさらだ。どれほど優れた祝福を持っていても、磨かなければ曇る。どれほど立派な志があっても、進まなければ遠い場所には届かない。
けれど、それでも若者たちは外の世界へ憧れる。
村の外に広がる街道。まだ見ぬ街。石造りの大きな教会。高い城壁。賑やかな市場。旅の酒場。古い遺跡。
そうしたものを思い浮かべるたび、胸の奥は少しだけ熱くなった。
世界には危険もある。
人を襲う獣もいれば、街道を荒らす盗賊もいる。土地によっては、旅人が夜のうちに野営地を畳むこともある。けれど同じだけ、助けを求める声もあり、誰かの力を必要とする場所もある。
だから、旅に出る若者はいつの時代も絶えなかった。
自分の力を試したい者。家族のために金を稼ぎたい者。剣や魔術を極めたい者。故郷では見つからない何かを探しに行く者。願いの形は違っても、最初の一歩に込める気持ちは、きっとそれほど変わらない。
世界は広い。
人はひとりでは知らないことばかりだ。だからこそ、道の途中で仲間と出会う。背中を預けられる相手と笑い合い、意見の違いで言い争い、ときには同じ空を見上げて、明日のことを語る。そうして旅は、ただ遠くへ行くためのものではなくなっていく。
誰かと出会うたびに、景色は少しずつ変わる。
昨日までの自分では越えられなかった壁を越え、ひとりでは辿りつけなかった場所へ行けるようになる。
それが冒険というものだと、昔から多くの者が語ってきた。
そして、これはそんな物語のひとつだった。
辺境の小さな村に、アキという少年がいた。
特別裕福でもなければ、由緒ある家の生まれでもない。けれど剣が好きで、まっすぐで、努力を重ねることを苦にしない少年だった。十歳のときに授かった祝福は、教会の神父が少し首を傾げるような、不思議ではあるが派手ではないものだったらしい。
それでもアキは、がっかりなどしなかった。
祝福が何であれ、自分が強くなるために必要なことを続ければいい。そう考えられる性格だったし、実際、彼は毎朝欠かさず剣を振っていた。晴れの日も、風の日も、眠い朝も、畑仕事の手伝いで腕が重い日も、剣を振ることだけはやめなかった。
村の大人たちは、そんなアキをよく知っていた。
「お前なら立派な冒険者になれる」
そう言われるたび、少年は少し照れたように笑い、それでもやはり嬉しそうに剣を握り直した。
旅立ちの日は、よく晴れていた。
村の外れまで続く土の道はやわらかな陽射しを受けて明るく、見慣れた柵も畑も、どこかいつもよりきらきらして見えた。大きな荷物ではない。腰には剣。背には最低限の支度。胸の中には、少しの不安と、それよりずっと大きな期待。
外の世界を知りたい。
もっと強くなりたい。
いつか、自分にしかできないことを見つけたい。
そんな、ごくありふれた願いを抱いて、アキは村を出た。
このときはまだ、誰も知らない。
それが後に長く語られることになる物語の、ほんの始まりにすぎないことを。




