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「連載版」「地味で退屈な女」と婚約破棄されたので、鍵束と管理簿だけ置いて静かに去りました。……禁書庫が開かないのは私のせいではございません  作者: 夢見叶
第6章 公の場で不要が暴く

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第42話 弁明は同じ——違うのは署名だけ

 午後の評議会は、同じ言葉から始まった。


「遺憾ながら、当方の関知するところではございません」


 アドリアンが口を開いた直後、神殿席からセルガが立ち、同じ言い回しを別の声で繰り返した。続いて帝国反対派の議席からも、別の男が同じ台詞の前半を口にした。


 遺憾ながら。関知するところではない。


 3人目の弁明が終わった時点で、私の指はすでに止まっていた。


 偶然は、1度だ。2度でも揃いすぎる。3度は、意図だ。



 評議長ヴァルターが「次」と短い札を置いた。


 4人目の証言者は司祭服を着た中年の男だった。セルガの後方に座っていた人物——昨日、目を逸らした男だ。彼は書簡を手に立ち上がり、読み始めた。


「遺憾ながら——当方のあずかり知る限りでは、かかる事案の発生については関与の事実が存在せず、いずれの時点においても然るべき——」


 評議長が「短く」と札を替えた。


 男は焦って原稿を繰った。1枚。2枚。視線が往復する。


 3枚目と4枚目の間で、原稿が止まった。


「……あの、続きは」


 小声で周囲に問う。隣の書記が首を横に振った。男の手の中で、原稿の束がわずかに乱れた。どこから読むのか、自分で分からなくなっている。


 室内の空気が、ほんの少しだけゆるんだ。


 私はその隙に証拠卓へ歩いた。



 卓の上には、ここ2日で提出された弁明原稿が6通ある。王国使節が2通、神殿関係者が3通、帝国反対派が1通。


 私は6通を横に並べた。


 評議長が私に視線を向けた。「文書官長」


「弁明の構造を比較します。書記は記録を」


 ミレイユが「……復唱します」と短く言い、ペンを持ち直した。また手袋を替えていた。今日すでに4枚目だ。


 私は一番左の原稿に指を置き、末尾の一文をなぞった。


「——関知するところではございません。以上」


 次の原稿の末尾に移る。


「——あずかり知る限り、関与の事実はございません。以上」


 3通目。


「——当方の関与は存在しないものと確認しております。以上」


 6通すべての末尾をなぞり終えて、私は指を止めた。


「構文が同じです。主語を変えた動詞の否定形で終わり、最後は以上で締める。語尾の変形が3種類に収まっています」


 アドリアンが立った。「弁明に定型があって何が悪い」


「定型があること自体は問題ではありません」


 私は原稿を1通ずつ傾け、右端の隅を照らした。光の当たり方で、紙の角にある微細な折れ癖が見える。4通に同じ向きの折り跡があった。折れ方の角度が一致している。


「——問題は、この原稿が同じ机の上で折り畳まれた痕を持ち、同じ手順で各署名者へ配られたと考えられる点です」


 室内が静まった。


「同じ言葉は、同じ手からしか出ません」


 アドリアンが鋭く言った。「侮辱だ」


「いいえ」


 私は原稿を卓に戻した。声は揺らさなかった。


「記録です」



 傍聴席に視線を上げた瞬間、ヴィクトルが眼鏡の左縁に触れた。1度だけ。静止。続けろ、という昨日と同じ合図だった。


 私は続けた。


「6通の弁明原稿には、合計で4種類の筆癖が混在しています。書き手は複数いる。しかし文章の骨格は1種類です。骨格を作った手と、署名した手は別です」


 評議長が初めて身を乗り出した。


「つまり、原稿を配った者が存在するということか」


「断定はできません。ただし——」


 私は6通の中から1枚を取り出した。神殿関係者の名が書かれた原稿だ。他の5通より紙質がわずかに薄い。


「この1通だけ、紙の厚さが違います。他の5通に使われた紙と、製造元が異なる可能性があります」


 室内に音がなかった。


 神殿席のセルガが、指輪を静かに手の中に折り込んだ。視線は私を向いたまま笑顔を保っていた。でも動かない。


 私は薄い原稿を元の位置に戻した。


「紙の差異は、本日の議事録に記録していただきます。比較検証は明日以降の手順に委ねます」


 評議長が「書記、記録せよ」と言った。ミレイユが「……復唱します」と答えた。ペンの音が続く。



 休廷の廊下でヴィクトルは言わなかった。


 ただ私の隣を歩き、評議会棟の端にある控室まで一緒に来た。扉を閉める前に、一度だけ振り返った。眼鏡の縁に指が触れる。沈黙が伸びる。


「原稿は」


 彼が口を開いたのは、それだけだった。


「議事録に残っています」


「控えは」


 私は一度だけ頷いた。


「提出前の控えも、ミレイユが写し取っています」


 彼の指が眼鏡から離れた。微かに何か言いかけた——気がした。唇が少しだけ動いて、止まった。


 私は前を向いた。指先でインクを拭う。手袋に染みている。


 沈黙の中で、控室の隅に積み上げられた原稿束が目に入った。本日の弁明提出前の段階で封をした、控えの束だ。ミレイユが提出の順番通りに重ねたものだ。


 私は近づき、上から3枚目を引き出した。


 紙の角が、向きが違う。


 他の原稿は右上が少し折れている。この1枚だけ、折り方が逆だ。左上が折れている。しかも折れ線が2重になっている。一度折って、開いて、また折った痕。


 提出前に、この1枚だけ誰かが開いた。


 声に出さなかった。


 ただ指の腹で折り線を確かめ、元の位置に戻した。


 ヴィクトルが、こちらを見ていた。


 私は言わなかった。言葉にすれば今の言葉になる。でも今は言わない。


 明日の卓の上で、形にする。それだけだ。


 窓の外の光が長く伸びていた。評議会の判決は明朝だ。その前に——控えの束に、1枚だけ、入れ替えられた紙がある。


読んでいただき、ありがとうございます。


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