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最悪の切り殺される展開は回避できたようだから、安心した。
「おい、立てるか?」
少女は俺の目の前に剣を突き立て、手を差し伸べてきた。その表情は真剣そのもので、わずかに警戒の色も含まれているように見えた。
そりゃそうだよな、いきなり森の中で怪しい男が倒れてたんだから。
「あ、ああ、なんとか」
俺はその手を取って、なんとか立ち上がった。
少女の手は、見た目以上にゴツゴツしていて、戦いの跡が刻まれているようだった。
「助かった。ありがとう」
頭を下げると、彼女は少しだけ尻尾をパタパタと振った。
まるで機嫌がいいときの犬みたいだ。
その仕草に、少しだけ警戒心が解けた。攻撃はしないよな。
「礼には及ばない。この森は最近ゴブリンが多くてな。たまたまパトロール中だったんだ」
少女はそう言って、剣についた血を草で拭う。
その手際も慣れたものだった。
剣士らしいしぐさだ。俺も最強の剣士になってやってみたいが、困難だろうな。
会話をしても大丈夫そうだし、名前を言ってみようかな。
「俺はコウイチ。君は?」
自己紹介をしてみる。異世界で初めての人間との会話だ。
「ライラだ。獣人族の戦士」
ライラ、か。いい響きだ。名前を聞けたことで、一歩距離が縮まった気がした。
「ライラ、本当にありがとう。君がいなかったら、俺は食われていたよ」
「気にするなと言っただろう」
ライラは少しぶっきらぼうにそう言うと、周囲を見回した。
「それより、お前こんな森で何してるんだ? 冒険者か? だとしたら装備が貧弱すぎる」
図星だった。俺はただ転生したばかりの、スーツから麻のシャツに着替えただけの一般人だ。
どう見ても冒険者には見えないから、どうしよう。
思いつきで言ってみる。
「いや、その実は、記憶喪失なんだ」
苦し紛れに嘘をつく。転生者だなんて言っても信じてもらえないだろうし、もし怪しまれて捕まったりしたら最悪だ。
ここは定番の「記憶喪失」で乗り切るしかなく、果たしてライラはどう反応するかな。
「記憶喪失か。なるほどな」
ライラは顎に手を当てて、納得したような表情を見せた。
意外とあっさり信じてくれた。
前世の知識では、記憶喪失設定は怪しまれるものだったが、この世界ではよくあることなのかもしれない。
何とかなりそうだ。
「とりあえず、ここじゃ危険だ。私がいる集落まで案内してやる。そこで詳しい話を聞こう」
「いいのか?」
「ああ。見捨てるわけにもいかんだろう」
ライラは少しだけ頬を赤らめたように見えたが、気のせいだろうか。
クールな戦士様といった雰囲気で、強さもあるが、優しさもあった。
異世界に転生して最初に会ったのがライラで助かったな。
性格の悪い冒険者とかだと、奴隷に売られることもありそうだし、とりあえず生きているから良かった。
相談したところ、俺たちはライラの集落を目指して歩き始めた。
知らない森の中を歩きながら、俺はライラに色々と質問してみたいことがあった。
「ライラの集落って、どのくらい遠いんだ?」
「ここからなら、二時間ほどだな。近道を通る」
「そっか。この世界って、魔物ってたくさんいるのか?」
「たくさん、というほどではないが、油断はできない。特に最近はゴブリンの数が増えている。お前みたいな無防備な奴が一人で歩ける場所じゃない」
最後の一言は少しトゲがあったが、的を射ている。
俺は苦笑いするしかなかった。
ただ森には魔物は多く生息しているのはわかった。
ライラがいればゴブリン級の魔物ならば、討伐してくれそう。
今のところ俺のスキルは何も変化はなく、最弱のままだ。
スキルを獲得できるようだが、条件があるのか。
今は条件に達していないとしたら、謎になってきた。
「ライラはずっとこの森にいるのか?」
「ああ。ここは私たち獣人族の縄張りだ。私はここで生まれ育った。里を守る戦士としてな」
誇らしげに胸を張るライラ。その姿は堂々としていて、頼もしい限りだ。
獣族は異世界では必ず登場する種族であるから、ライラと会っても違和感はなかった。
しかし日本で異世界の作品に触れていない人が転生してきたら、混乱するだろうな。
そこは俺がオタクなのに救われたと思える。
誇らしいライラに対して、前世の上司とは大違い。
あのクソ上司が転生したならゴブリンに食われるのを望む。
「戦士ってことは、いつもああやって魔物と戦ってるのだろ」
「まあ、仕事だからな。それが私の役目だ」
「まだ若くて可愛いのに大変だな」
「可愛いだと」
会話をしながら歩いていると、少しずつライラに対する警戒心が解けていくのが分かった。
彼女はぶっきらぼうだが、根は優しいのだろう。
記憶喪失の俺を見捨てず、集落まで連れて行ってくれるんだから。
可愛いと言ったら少し言葉に詰まっていたが。
俺はふと、自分のスキル『絆結び(コネクション)』を確認してみた。
【スキル】
『絆結び(コネクション)』Lv.MAX
このスキル、ライラに使えるんじゃないか? 信頼できる仲間と出会い、心からの絆を結ぶことでスキルを獲得する。
今、俺はライラに心から感謝し、信頼し始めている。これは絆なんじゃないか?
単なる俺の単純な発想でも、試してみる価値はあるかもしれない。
俺はライラの横顔をじっと見つめた。彼女は前を向いて歩いている。
「ライラさ、強いんだな」
「まあな。鍛えてるから」
「俺もライラみたいに強くなりたいな。この世界で生きていくために」
俺が素直な気持ちを口にすると、ライラは足を止めて俺の方を向いた。
琥珀色の瞳が揺れる。
「お前、本気で言ってるのか?」
「当たり前だろ。もうゴブリンに怯えて逃げ回るのは嫌なんだ。自分の身は自分で守りたい」
その時だった。
俺の視界に、再び半透明のウィンドウが浮かび上がった。
――スキル『絆結び(コネクション)』が発動しました。
――仲間:ライラ(獣人族・戦士)との絆が成立しました。
――ライラの特性に応じたスキルを派生獲得します。
――スキル『剛力』を獲得しました。
――スキル『俊足』を獲得しました。
何だこれは!
生きてきて経験したことのない何かだぞ。
俺のスキルが起動したのなら、面白い。
ウィンドウが消えると同時に、俺の体に変化が現れた。
内側から湧き上がってくるような力強い感覚。
足元が軽くなったような、そんな不思議な感覚だ。
思わず自分の拳を握りしめた。
「これ、は」
「どうした、コウイチ?」
ライラが不思議そうに俺を見ている。
俺は彼女にバレないように、そっと自分のステータスを確認した。
【ステータス】
名前: コウイチ
種族: ヒューマン
年齢: 20
レベル: 1
HP: 100/100
MP: 50/50
筋力: 10 → 20
敏捷: 10 → 20
魔力: 5
耐久: 10
運: 1
スキル:
『絆結び(コネクション)』Lv.MAX
『剛力』Lv.1(NEW)
『俊足』Lv.1(NEW)
やったぞ!
筋力と敏捷が跳ね上がっている!
しかも新しいスキルが追加されている。これはすごい。
本当にスキルを獲得できたんだ。ライラとの絆で。あまりの嬉しさを抑えた。
「いや、なんでもない。ちょっと力が湧いてきた気がして」
俺は慌てて笑顔を作ってごまかした。ライラは少し不思議そうな顔をしたが、それ以上は追求してこなかった。
変な男だと思われたかな。深く考えずに先に進もうか。
「そうか。まあ、早く集落に行くぞ」
「集落よりも街がある」
「街でもいいよ」
俺の足取りはさっきよりもずっと軽くなっていた。獲得した『俊足』スキルのおかげだろうか。
ライラの歩調にも余裕でついていける。気持ち楽に歩けるな。
ライラと二人で、獣人族の集落ではなく近くの街に向かう道すがら、俺は確信した。
この『絆結び』スキルは、間違いなくチートスキルであって、外れスキルではないと思う。
友達よりも深い関係になるなんて俺には無理だと思ったし、不可能と決めつけていて、でもやってみたらできた。
仲間が増えれば増えるほど、俺は強くなれる。
ブラック企業で死んだ俺に与えられたセカンドチャンス。
この世界では、一人で抱え込まず、仲間と協力して生きていくことが、生き残るための鍵なんだ。
ライラという初めての仲間を得て、俺の異世界無双の物語が、今、本当に始まったんだと実感した。




