16話
地下5階層。
扉を開けた先に広がっていたのは、異様な光景だった。
天井は見えないほど高いな。
壁一面には巨大な魔力の結晶が埋め込まれている。
その結晶が、血のようにどろりとした赤い光を放っていた。
部屋の中央には、魔物の骨を組み上げて作られた不気味な玉座がある。
そこに、一人の男が座っていた。
「ようやく辿り着いたか、下等な人間ども」
男がゆっくりと立ち上がった。
肌は青白く、額からは二本の黒い角が生えている。
背中にはコウモリのような翼。
手には巨大な大鎌を握っていた。
ヤバそうな奴が登場したな。
「魔力感知」が、最大級の警報を鳴らしている。
これまでの敵とは、放っているプレッシャーが桁違いだな。
立っているだけで、魂が削り取られるような錯覚だぞ。
「我が名はザルガス。魔王軍が四天王候補の一人だ」
候補か。じゃあ強いのか分からないぞ。
ザルガスが鎌を軽く振るった。
それだけで真空の刃が発生し、床を深く切り裂いた。
「四天王候補だと?」
四天王そのものではない。
その候補だとバカにしていたけど。
それだけで、これほどの絶望感を味あわせるのか。
心臓が止まりそうな恐怖が襲う。
「コウイチ、気をつけて。あいつ、本気で私たちを殺しに来るわ」
ライラが忠告する。
「はい、かつてないほどの邪悪な魔力を感じます。私の魔力障壁がどこまで持つか」
エルザの声も震えている。
シロは低く唸り、毛を逆立てていた。
プニは俺の肩の上で、必死に体を硬くして守りの姿勢を取っている。
「行くぞ! 先手必勝だ!」
俺の叫びを合図に、俺たちは一斉に飛び出した。
全員で戦えば勝てると思う。
「俊足」を限界まで引き出した。
俺とライラが左右からザルガスに接近する。
「はあああ!」
ライラの剣がザルガスの首筋を狙う。
俺は「剛力」を込めた一撃。
心臓めがけて突き出した。
しかし、ザルガスは動かなかった。
えっ? 何もしないとか。
直撃する、と思った瞬間。
ガキィィィィィィン!
耳を裂くような金属音が響いた。
ザルガスは大鎌の柄の部分だけで、俺とライラの攻撃を同時に受け止めていた。
マジかよ!
「片腹痛いな。その程度の力で、我が肉体に届くと思ったか」
ザルガスが冷たく笑う。何なんだこいつ。
規格外過ぎるだろ。
次の瞬間、爆発的な衝撃波が俺たちを襲った。
「うわぁっ!」
俺とライラは、まるで木の葉のように吹き飛ばされた。
「火炎の連弾!」
後方からエルザが魔法を放つ。
無数の火球がザルガスを包み込む。
「さすがに効いただろ」
煙の中から現れたザルガスは、傷一つ負っていなかった。
「温いな。冬の暖炉かと思ったぞ」
あの火魔法が効果ないのか!
ザルガスが動いた。速い。
「俊足」を使っている俺の目でも、残像しか見えないぞ。
「まずは、その目障りな獣からだ」
ザルガスが大鎌を横に切る。
標的は、シロだ。
「シロ、逃げろ!」
シロが危ない。俺の叫びは間に合わなかった。
「ギャンッ!」
シロの胴体に大鎌が直撃した。
壁まで叩きつけられた。
「シロ!!!!」
「次は、うるさい女だ」
ザルガスが魔法を唱える間もなく、エルザの前に現れた。
「ひっ!」
「消えろ」
暗黒の魔力が込められた拳。
エルザの腹部に放たれた。
エルザの体が折れ曲がる。
血を吐きながら地面を転がった。
「エルザぁぁぁ!」
「私が殺る!」
ライラが怒りに任せて斬りかかる。
しかし、ザルガスはその攻撃を平然とかわし、大鎌を振り下ろした。
「ライラ、危ない!」
助けるしかないよな。
俺は「剛力」でライラを突き飛ばした。
代わりに向かってきた大鎌が、俺の胸から肩にかけてを深く切り裂いた。
「がああああっ!」
激痛! 熱い痛みが全身を駆け抜ける。
地面に叩きつけられ、真っ赤に染まった。
「コウイチ」
「コウイチ」
ライラが声を上げた。
彼女も先ほどの衝撃で、脇腹から大量に出血している。
致命傷だな。エルザはピクリとも動かない。
シロも壁に埋まったまま、荒い呼吸を繰り返している。
俺も、立ち上がることができない。
肺に穴が開いたのか。
呼吸をするたびに痛むな。
「これで終わりか。期待外れだったな、人間ども」
ザルガスがゆっくりと歩み寄ってくる。
死の足音が近づくってこんな風かな。
ああ、俺の二度目の人生は、ここで終わるのか。
せっかく仲間ができたのに。
せっかく、この世界を好きになれたのに。
その時、俺の胸の奥で、何かが爆発した。
「絆結び」の紋章が、これまでにないほど激しくなる。
「まだだ、まだ、終わらせない!」
俺の脳裏に、仲間たちの笑顔が浮かんだ。
初めて出会った時のライラ。
震えながらも立ち向かったエルザ。
俺を信じてくれたシロ。
いつもそばにいてくれたプニ。
彼らを失うなんて、絶対に許せない。
――警告:宿主の生命力が限界値を下回りました。
――絆の対象者が瀕死状態です。
――『絆結び(コネクション)』最終形態……『絆の共鳴』を強制起動します。
頭の中に、これまでにない声が響いた。
俺の体に、仲間たちの魔力が流れ込んでくるのを感じた。
ライラの闘志、エルザの魔力、シロの生命力、プニの力も。
それらが一つに混ざり合い、俺の傷を強引に塞いでいく。
「な、なんだ!? その光は!」
ザルガスが初めて動揺を見せた。
俺は立ち上がった。無意識に近い感覚だな。
体中から、白銀のオーラが溢れ出している。
「ザルガス、俺たちは、お前に負けない」
「人族が笑わせるな。 瀕死の分際で!」
ザルガスが大鎌を振り下ろす。
俺はそれを、左手だけで受け止めた。
「液体化」と「剛力」を極限まで掛け合わせた防御だ。
大鎌の刃が俺の腕に食い込むが、ビクともしない。
「なっ、我が一撃を受け止めたというのか!?」
「これは俺一人の力じゃない。俺を信じてくれた、みんなの力だ!」
俺は剣を振り上げる。
エルザの火魔法と、ライラの鋭い剣気が融合した巨大な光の刃が形成されていた。
「胞子散布」のスキルさえも、光の粒子となって刃に纏わりついている。
「いくぞ、これが俺たちの、絆の力だ!」
俺は「俊足」を遥かに超える速度で踏み込んだ。
もはやザルガスの目でも俺を追うことはできない。
「光輝・絆連斬!」
一瞬でザルガスの懐を通り抜けた。
背後で、凄まじい爆発音が響く。
「グハァッ、バ、バカな。この私が、このようなガキに」
ザルガスの体に、無数の光が走った。
大鎌が砕け散り、その強固な鎧が粉々に粉砕される。
ザルガスは血を噴き出しながら、膝をついた。
「勝った、のか?」
俺の体から力が抜ける。その場に膝をついた。
オーラが消え、激しい疲労が襲う。
勝ったらしいな。
ザルガスは消えかかる体で、俺を睨みつけた。
「喜ぶがいい、人間よ。だが、忘れるな」
ザルガスの声に、呪いのような響きが。
「私は四天王の中でも、最も弱い候補に過ぎない、フフフ」
「本物の四天王は、今の私の数十倍、数百倍の魔力を持つ、から、な」
「そして魔王様は、この世界の概念そのものを塗り替えるお方だ」
「お前たちが辿り着いたのは、絶望の入り口に過ぎん、フフフ」
ザルガスは最後に不気味な笑みを浮かべる。
黒い霧となって消え去った。
後に残されたのはボロボロになった俺たちだった。
「ライラ! エルザ! シロ!」
俺は苦しいけど、仲間の元へ向かった。
「胞子散布」の回復胞子を、持てる魔力の全てを使って撒き散らす。
「お願いだ、生きてくれ!」
俺の願いに応えるように、みんなの傷口が徐々に塞がっていく。
絆の共鳴は、まだ終わっていなかった。
俺の生命力を分け与えることで、彼らを死から引き戻せたのかも。
「う、ん、コウイチ?」
ライラがゆっくりと目を開けた。
「よかった。生きてるな」
俺は涙が溢れるのを止められないよな。
「エルザも、大丈夫そうです。シロちゃんも、息を吹き返しました」
エルザも弱々しく微笑んだ。
シロが「クゥン」と鳴き、俺の手を舐めた。
ポケットの中では、プニが体を動かしている。
俺たちは勝ったんだ。
でも、僅かな差の勝利だったと思う。
ザルガスの残した言葉が、俺の心に重くのしかかる。
あんな化け物が、魔王軍の中では「最も弱い」部類だなんて。
今のままじゃ、俺等と力では全滅してしまうのは避けられないな。
「四天王はもっと強いのか」
「強いのでしょう。間違いないです」
「強くなりましょう、コウイチさん」
エルザが静かに言った。
「ええ。今のままじゃダメね。もっと、本当の力を手に入れないと」
ライラも悔しそうにした。
「ああ。俺たちの旅は、これからもっと過酷になる」
「でも、俺たちの絆があれば、必ず乗り越えられるはずだ」
俺は立ち上がり、仲間に手を差し出す。
魔王を想像した。
「待ってろよ、四天王。そして魔王」
「俺たちはもっと仲間を増やして、もっと絆を深めて、必ずお前らを倒してやる」
ブラック企業で死にかけた俺が、今、世界の命運を懸けた戦いの中心に立っている。
恐怖でもあるが、最高にワクワクすることでもあるな。
ステータスウィンドウを開いてみる。
【ステータス】
名前:コウイチ
年齢:20歳
スキル:
・『絆結び(コネクション)』Lv.MAX
・『剛力』(ライラ)
・『俊足』(ライラ)
・『火魔法(初級)』(エルザ)
・『魔力感知』(エルザ)
・『液体化』(プニ)
・『毒耐性』(プニ)
・『嗅覚強化』(シロ)
・『夜目』(シロ)
・『剛炎一閃』剛力と火魔法と液体化の複合スキル
・『胞子散布』(マッシュモン)
・『自然同化』(マッシュモン)
・『絆の共鳴』死の極限の複合スキル
・『光輝・絆連斬』(コネクト・スラッシュ)火魔法と鋭い剣気、俊足、胞子散布が融合した巨大な光の刃
新しいスキルを手に入れたな。
手に入れたけど、仲間を死なせそうになったのは反省したい。
「二度と、あんな思いはさせない」
俺は隣を歩くライラとエルザの手を、ぎゅっと握った。
二人は驚いたような顔に。
すぐに優しく握り返してくれた。
シロが先頭を走り、俺たちを導いているみたいに。
王都までは、まだ距離がある。
俺たちの足取りは、昨日までとは違うかな。
絆のチートスキルがあるから俺はやっていける。




