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第二話:蒼いカラス(ブルー・レイヴンズ)

「どうやら迷宮の探索中に死んで、パーティーメンバーに置いて行かれたようですね…」


「・・・」


青い形式ばった制服に身を包んだ若い男が、死体の傍に屈みこんでいる。四角い帽子の下からは、まだ青年期を抜けきっていない青臭さが残る精悍な顔つきが覗き、後ろで一本結びにした長いつやつやの黒髪が肩から垂れていた。


魔法犯罪、非魔法犯罪に関わらず、街で起きた事件を取り締まる「魔導治安維持局」から派遣された警察だ。彼らはいつも真っ青な制服に身を包んでいることから、市民からは『蒼いカラス(ブルー・レイヴンズ)』と呼ばれている。犯罪の起こった場所に現れるので、不吉の象徴であるカラスに準えて『不吉な蒼いカラス』ということらしい。

まだ巣立ちを終えたばかりのような幼さの残る青年は、恐る恐るといった(てい)で細身ながらもしっかり鍛え上げられた体を縮こませ、目の前の死体を様々な角度から眺めている。その後ろでグソクが壁を背に、捜査の様子を遠巻きに眺めていた。


「死体が発見されたのは迷宮の第三層。低レベルのモンスターしか出てこない、初心者エリアですよね?」


「ああ。いくら初心者の冒険者でも、ここで死ぬことはまずない。モンスターと戦っても、せいぜい軽い怪我を負うだけだな」


それを聞き、男は「うーん」と唸りながら手元の板にクリップで止めた紙の書類へサラサラと熱心に何事かを書きつけた。紙には右側に文章を記入すると思われる細長い長方形の欄が数行と、その左横に大きな四角い欄があり、そこに不気味なイラストが描き込まれている。真ん中に捌かれたニワトリのようなほそっこい両手足の生えた肉の塊があり、その上に球体上の物体がついている。死体を眺めるたびに肉の塊へ注釈が付け加えられていくところを見るに、どうやら死体の模写らしい。下手くそすぎて、どう考えても首を落とした部分に丸い飾りを付けたローストチキンのイラストにしか見えない。男は自分の絵心のなさに気づいていないのか、気にせず調書を書き続けている。


「この死体、服のなかまで火傷していますね。しかも体中にある魔力の痕跡に加え、服と床には焦げた跡。ということは、火の魔法で殺されたと考えられます。・・・このフロアに出る火系のモンスターは、サラマンダーだけですか?」


男が特殊な紋章の描かれた手袋をはめた手でそっと床に触れると、死体の周りに青白い燐光りんこうが立ち上った。警察のもつ特殊魔道具『追跡者のトレース・タクト』だ。この手袋は着用者の魔力を流し込むことで、過去の魔力の痕跡を浮かび上がらせる。燐光は死体の全身から均一に光っていたが、特に頭部と両肩は目を射るほどに濃く光り輝いていた。まるでそこだけ集中的に攻撃されたかのようだ。そして死体から少し離れた周りの床にも、身体を取り囲むように正円状に光る渦が巻いている。


「そうだ。もっと深い階層に行けばサラマンダーの上位種がいるが、ここの個体の火力では人を殺すことはできない。せいぜい、軽い火傷を負わせるくらいだ」


「サラマンダーには殺せないが、死体は全身に火傷を負っている…。魔力の痕跡を見ると、高火力の炎の渦に閉じ込められたように見えます。サラマンダーの群れに襲われたのでしょうか?」


サラマンダーの群れは、一匹のオスとその妻であるメス4~5匹で構成される。そのため、基本的に群れの頭数は5~6匹程度だが、子供が卵から孵った育成期に入ると子供も含めて全部で15匹程の大所帯になる。一匹いっぴきは軽いやけどを負わせる程度の火力でも、それほどの数が集まれば合体技を放てるだろう。人を殺すにも十分は火力が出るはずだ。

しかし――


「いや、それはあり得ない。いまはサラマンダーの繁殖期間ではないし、群れは6匹程度と考えていい。小さな松明ほどのサラマンダーの火力では、6匹集まったところで火傷しか負わせられない。それに繁殖期間はより大きな獲物を求めて下位層へ潜る。こんな浅い階層にはまず出てこないな」


「では、何か火が付くものがあれば?例えば、服に火が付いたら燃え広がって殺せるじゃないですか。いくら火力が弱くても、火が広がれば人を殺すことだってできますよね?」


男の言葉にグソクは黙って重たそうなヘルメットを左右に振った。


「よく見てみろ。服はまったく燃えていない。ところどころ焦げてはいるが、全身を丸焼きにされるほどの高火力の炎を浴びたら、こんな小さい焦げでは済まないはず。なのに、この死体は服のなかまで焼けている。こんな器用なこと、高度な技術をもった魔法使いならまだしも、低レベルのモンスターにはできない芸当だ」


「うーん」


男はますます困った様子で「このままでは上に報告することができない」とぼやいている。近年、このダンジョンを有する魔法王国エテリカは魔法学の発展により急成長を遂げてきた。魔法技術が進歩したことで、一般市民でも食うものに困ることなく日々を生きていくことができるようになったのだ。経済が発展し、市民も力を持ち始めると、一部の金持ちには警察に賄賂を渡す者も出てきて、杜撰な捜査が問題となっている。そのなかで、適当な理由をでっちあげて捜査を終わらせようとせず、真摯に目の前の死体に向き合っている男は真面目で仕事熱心なのだろう。


「そうだ!パーティーメンバーが犯人かもしれません。調べてみましょう」


思いついた!とばかりにポンっと手を叩くと、男は服についた多くのポケットの一つから片手より少し大きいサイズの四角い緑色の端末を取り出す。明らかに出てきたポケットよりもサイズが大きいが、ポケットに拡張魔法でも付与されているのだろう。それは男の手のひらに収まると、彼の魔力に反応してブゥンという起動音とともに全体が緑色の光で輝きだした。


「ちょっと、失礼!…あった、あった」


男は死体に明るく断りを入れつつ、死体の脇に下げられた持ち物袋をまさぐり、一枚の頑丈そうな四角いカードを取り出す。それは迷宮に潜る冒険者全員がギルドで作ることを義務付けられた『冒険者カード』だった。名前、年齢、職業、ギルドに登録した日付が記載されており、迷宮で命を落とした際には身元確認の重要な情報源となっている。そのため過酷な探索中でも傷つかないようにと、防水、防火、防刃などあらゆる衝撃を防ぐ特殊素材でできている。


「ロット。25歳。魔法使い。一か月半前に冒険者登録したのか。新米ですね」


「そうか」


男が端末を操作しながら、話を続ける。


「パーティーメンバーは剣士に僧侶、そしてもうひとり魔法使い。うーん、この魔法使いが怪しいですね。剣士や僧侶が火を出せる魔法を覚えるとは思えませんし」


「そうだな」


男は「困ったなー」と言いつつ、端末を見つめる。いつものモンスターによる単純な殺傷事件だと思ったのに、その線が薄いことが分かり、当初の予想より手がかかりそうな事態に頭を抱えているようだ。そこへグソクがさらに男を途方に暮れさせる一言を放った。


「言っておくが、そもそもこれは焼死体じゃない」


「…え?焼死体じゃない?これだけ焦げていて、魔力反応もあるのに...?」


男が驚いて顔を上げる。唐突に告げられた突拍子もない発言に思考が停止したように動きが止まった。そんな男の様子に構うことなく、グソクは淡々と話を続ける。


「死体をよく観察してみろ」


「え・・・はい」


グソクに促されるまま、男は素直に死体を眺めまわす。服を開けたり、閉じたり、手を持ち上げてみたり、体に耳を押し当ててみたり...死体の周りをぐるぐると回りながら、つぶさに観察する。


「うーん。いたって普通の焼死体だと思いますが・・・」


「・・・」


男は困った様子で頭をかいた。グソクの言葉にとんと見当がつかないようだ。グソクは男に自力で見つけさせるのを諦め、子どもに勉強を教える教師のように一つひとつ順序だてて話を始めた。


「第一に、火で焼かれたにしては死体の匂いが変だろ?」


「たしかに。焦げた、というより肉を茹でたような匂いがします」


男が死体の近くで鼻をクンクンと動かし、同意する。グソクの指摘通り、死体からは焼死体特有の焦げた肉ような匂いではなく、肉が茹でられたような生臭い匂いが漂っていた。


「つぎに皮膚もおかしい。お前は火傷をしていると判断したが、全身のどこにも焦げている箇所がない。高火力の炎を間近で浴びたなら、全身が真っ黒に焦げるはずだ。それなのに皮膚はハムのようなピンクがかった白色をしている。焼かれたにしては綺麗すぎる」


「そう・・・言われてみれば、そうですね」


男の返答もそこそこに、グソクは食い気味に言葉を続ける。


「それに服もまったく燃えていない。所々に焦げはあるが、注目するべきは火熨斗(ひのし)を押し当てすぎたように不自然にテカテカと光っている点だ。服の繊維が溶けたのだろうが、溶けるほどの熱を浴びていながら服が一切焦げていないのはなぜだ?しかも、この服の不自然なテカリも火傷も体の前側だけじゃない。後ろや左右も含めて全体的にほぼ均一に表れている。たとえ高度な技術をもつ炎の魔法使いに挟み撃ちにされたところで、火という出力の方向性をコントロールしにくいものを360度均等に相手に当てることなんてできっこない。どこかが重点的に当たるはずだ」


「それなら、頭と両肩が怪しくないですか?魔力の痕跡では、ここが一番強く魔力が当たっていた形跡がありました」


「髪の毛は燃えているか?服の両肩が焼けているか?違うだろ。この男の髪の毛はきちんと生えそろっているし、燃えた様子もない。服の両肩も他の部分と比べて繊維がどろっと溶けてはいるが、炎が直接当たったならば黒焦げに変色しているはず。炎で殺されたにしては、どこもかしこも不自然だ」


「・・・」


もう、男はいちいち口を挟まなかった。ずっと焼死体の線で追っていた事件が、自分の頭では全く想像のつかない、別の様相を呈してきたことに気づいたのだ。


「そして脇に携帯しているポーション瓶。高火力の炎を浴びたら、急激な熱膨張で外側に向かって弾けるように割れて、破片がそこら中に散らばっているはず。中身も加熱によりじわじわと温度が上がっていくため、沸騰して中身が気体になったとしても、中身がすべて蒸発することはない。それなのに、このポーション瓶はどうだ?コルクは火を間近で浴びたにも関わらず、煤ひとつ付いてないし、瓶自体も内側に向かって全方位から力を加えられたように、内部へ吸い込まれるように砕けている。そして中身の液体がすべて霧散し、かわりにポーションの成分と思しき緑色の粉が残っている」


そこまで一気にまくし立てたのち、グソクはゴツゴツと重厚そうなブーツを鳴らしながら大股で死体に近づいた。そして、死体の服にできた焦げをぶ厚い灰色の手袋の指先でなぞる。


指についた煤はざらざらと粒だっていて荒く、松明の明かりに当てるとキラキラと光を反射して、中に木の繊維のようなものが混じっているのが見て取れる。続いてグソクは壁にかかっている松明の一つを先ほど白い薬品を噴射していたホースとは別のもう一つのホースの先から風を出して吹き消し、松明の火で焦げた壁の一部を先ほどとは反対の手で擦る。そして男に近づき、手に持っている調書の白い欄外に両手の指の先をこすり付けた。


「あー!何をするんですか!」


男が慌てて調書を腕に抱いて隠す。グソクは気にせず、調書を指さした。


「よく見ろ」


そこには、インクをこぼしたようにベッタリとした真っ黒な線と、 鉛筆でこすったようなカサカサしたグレーの線、全く異なる特長の2つの線が伸びていた。


「本来は同じ見た目の線が伸びるはず。服の繊維の焦げも、松明の明かりでできた壁の焦げも、どちらも同じ煤だからな」


グソクはベッタリとした真っ黒な線を指し、

「これは松明のところから採取した。粒子が細かくて色が濃い――煤だ」

次にカサカサとしたグレーの線を指し、

「これは死体の服から採取した。粒子が荒くて木の繊維が含まれている――炭だ」

と告げる。


男は慌てて死体の服に付いた煤を指で拭った。煤だと思っていた黒い焦げは手袋の上で荒く伸び、木の繊維が指につく。床の焦げも同様だった。それは魔法の炎で服や床が燃やされてできた焦げ跡ではないことを示していた。茹でられたような不自然な遺体に、まるで火で焦がしたかのように付けられた炭の跡。こんな細工はモンスターにはできない芸当だ。ならば考えられることは一つ――


「これは焼死体に見せかけた人為的な犯行――つまり殺人事件だ」


グソクのとどめの一言に男は大きく目を見開いた。

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