後日談1 婚約・後編
【後日談1】後編
帝釈天との結婚を、さらにその上司が『認めない』と書簡で言ってきた。
そもそも交際期間のないスピード婚に不安があった咲千としては渡りに船ではあったが、反対をされてみると、それはまた複雑だった。
「わたしに問題があるってことでしょうか?」
すかさず尋ねる。
咲千は根っからの天女ではなく、もと社畜な上、阿修羅王の話ではさらなる昔は阿修羅族でもあったそうだ。
それが天上の神と一緒になるなんて、許されないのかもしれない。
だが、帝釈天は否定する。
「いや違う。増長への伝言からわかるだろう。直接お前を連れて挨拶に来いと言っているのだ」
「えっ嫌だ」
ぽろりと本音をこぼす。
だって、上司の上司は鬼畜度がいっそう上がった恐るべき高位の神サマだ。下手したら社畜の精神がやられる。
『彼ピの家に初訪問♪ 将来の姑とうまくやっていけるかな?』くらいの緊張だ。
素直な咲千の拒絶に、帝釈天は気分を害するどころか、大いにうなずく。
「俺も嫌だ。だが、無視して事を進めるわけにはいかぬ」
「ということは……」
(結婚はなかったことに?)
そう考えると、躊躇していたくせに寂しくなる。
つい、下を向いて肩を落とす。すると、帝釈天は慰めるようにそこを撫でてくれた。
「別に永遠に駄目だと言われたわけではない。ひとまず保留だ」
「保留……」
「俺はお前を諦めやしない。だから、安心して時を待て」
(帝釈天様……)
泰然自若とした態度で宣言されれば、ほんの少し芽生えた不安は空気に溶けるようにさらさらと消えていく。
(そっか。結果的によかったのかな?)
いつもより優しい彼の手つきも相まって、気分がだんだんと浮上してきた。
だから、冗談のつもりで明るくうそぶく。
「いや~、なんとなくこうなる予感はしていたんですよね」
「どういう意味だ?」
「絶対途中で妨害が入るっていうか、もしくは実は最初から嘘でした~っていう展開が来るんじゃないかと思っていて。やっぱり結果、ご破算になりました」
ぽりぽりと頭を掻きながら言う。
あくまで咲千は場を和ませようとして言ったのだ。
なのに、正面に立つ帝釈天の目が剣呑に光る。
「……お前のせいか」
「え?」
「台無しになったのは、お前のせいだったのか!」
「はい? なんでそうなるんですか!?」
なぜ怒られているのか意味がわからない。
しかし、帝釈天は一歩も譲らない。
「お前が『駄目になる』『駄目になる』と念じたから、駄目になった」
「そんな、言いがかりです」
「『言霊』というのを知っているか?」
唐突に尋ねられて、きょとんとする。
知っているような、でもうまく説明できないような。
焦れた帝釈天は、早口で説明をかました。
「言葉にしたことは力を持つという意味だ。お前は人間時代、神に祈ったことがあるだろう?」
「……ありますが」
「そういうのは、具体的な想いを口にすることで言葉が力を持ち、実現できたりするものなのだ」
「はあ」
「つまり、悪いことばかりを考えたお前のせいで、今の状態になったということ。どうしてくれる」
咎めるように両手をげんこつにしてこめかみをぐりぐりと挟んでくる。本気ではないが、地味に痛い。
「謝れ」
「ご、ごめんなさい~」
結局社畜は、上司の言う通り素直に謝ってしまうのだった。
「もういい。今日の宴は終わりだ」
言うと、さっと腰を屈める。一瞬で、咲千の身体はふわっと浮き上がった。遅れて、帝釈天にお姫様抱っこされたのだと気づく。
「え! あのっ、これは」
「今夜はお仕置きだ」
「!?」
「このまま寝所行き決定」
「セクハラ反対~!!」
抵抗むなしく、咲千は殊勝院へ運ばれていく。
ふかふかの寝台の上へどさりと下ろされて、咲千はばねのごとく飛び起きた。
「だだだだめですって! 上司の方からNG出ましたからっ」
「駄目駄目言うなと言っただろう」
後から寝台に乗り上げてきた帝釈天は、あっさりと咲千の両手首を摑み、敷布へ縫いとめる。
こちらの反論などまったく気に留めず、美麗な顔を近づけてきた。
――こうなったら止められない。
覚悟してまぶたを閉ざしたのを契機に……、吐息が重なった。
「……ん」
ふれあった唇から、あたたかさと甘さがしみだしてきて、脳髄が痺れる。
いったん離れた吐息は、またすぐに重なった。
二度目の口づけはさっきよりも深くて……いっそう頭がぼんやりしてしまう。
「ようやくおとなしくなったな」
「……!」
羞恥にさいなまれて、責める目つきでにらみ上げる。なのに、彼は満足げに口の端で弧を描いた。
「かわいいやつ」
「……っ、もう、……」
なにも言い返せなくなってしまったのだった。
やがて帝釈天は手の拘束を解き、寝台から下りる。咲千もゆっくりと身を起こした。
「さっきの言霊の件だが」
「どうしました?」
「お前が駄目だと言ったから駄目になった。つまり、逆を言い直せばよいのではないか?」
至極まじめな顔で問いかけてくる。
「逆とは?」
「だから、駄目の反対だ。俺と一緒になりたいと強く願え」
「ええええっ」
「なんだその驚きは。しないというなら、またこうだぞ」
意味ありげに舌なめずりをしながら距離を詰めてくる。咲千は慌てて承諾した。
「わっわかりましたよ! 願います」
目を閉じて両手を胸の前で組み合わせる。もっともらしく、願い事を唱えているふりをした。
すると、がしっと肩を摑まれる。
「えっ、なにごと」
驚いて目を開けたとたん、三度目のキスが降ってきた。
「んんっ……、ど、うして……?」
「ちゃんと願わないからだ。神を欺けると思うなよ」
曲りなりにも神サマを騙そうとした報いをうけたのだった……。
「仕方のないやつだな。もういい。俺の真似をして言え」
「はい……」
「『帝釈天様と』」
「帝釈天様と」
「『早く一つになりたい』」
「早く一つになりた……い!? え? 一つ!?」
「一つも一緒も同じだろうが」
「全然違いますよ!」
ずいぶんと意味がいかがわしくなる。
「気にするな。ほら、あと百八回。言わぬのならば、同じ数だけ唇を奪う」
とんでもない宣言をされてしまえば、従わざるを得ない。
(でもせめて、除夜の鐘と同じ回数言わされるのは勘弁)
「心を込めて言いますから、一回で赦してください」
「いいだろう、言え」
咲千は大きく深呼吸をした。
そして、じっと彼を見つめて、嚙み含めるように告げる。
「……帝釈天様と、早く一緒になりたいです」
彼は大いにうなずいた。
「永の時を共に過ごそう。大切にしてやる」
「っ」
とびきり甘い言葉が返ってきて、不意を突かれてしまう。
いつの間にか、何度目か知れない口づけが落ちてきて――。
甘く、力強く、自信にあふれた神の誓いは、きっと近いうち叶うのだろう。




