独占欲
【第46話】
黙って音楽を聴いていたら、持国天は得意になって何曲も何曲も引き続けた。
さすがに二十曲目になって、帝釈天が制止の声を上げる。
「持国、もうよい。十分堪能させてもらった。素晴らしい演奏であった」
「は。ありがたき幸せにございます」
「下がってよいぞ」
「は。ではいくぞ、シャチクとやら」
「えっ、わたしもですか!?」
思わず立ち上がりかけたところを、帝釈天に手を引かれて座り直す。
「のわけないだろうが。お前はここにいろ」
「ですよね? 甘露の雨待ちでしたもんね」
すると、持国天がかっと瞳を見開く。
「甘露の雨とな。では、有難く我もご相伴に預かりましょう」
いそいそと琵琶を担ぎ直し、持国天は帝釈天と咲千と向き合って座る。
(ここまで空気が読めないのもかえってすごいな……)
全方向に気をつかいすぎる社畜としては、むしろ見習いたいスキルである。
帝釈天は大げさなため息をつくと、諦めた面持ちで持国天に話を振る。
「そういえばお前、他の事件に忙殺されて正式に咎め立てしていなかったが、このあいだこいつを自室に連れ込んだな」
(今、ここでその話!?)
ひと悶着起こりそうな予感に、咲千は背筋が凍える。
持国天もさきほどまでのドヤ顔を消し、わずかに顔色を青ざめさせた。
「そ、れは……その者の近くから魔の匂いがしたゆえ、取り調べをと思いまして」
「取り調べとは具体的になにをした」
金環を宿した高貴な瞳がぎらりと光り、凄みを増す。
さすがの持国天もまずいと思ったのか視線を逸らし、しどろもどろになった。
「その、小脇に抱えて……匂いを嗅ぎました」
「っ!」
賢上城へ連れ去られる途中のできごとだろう。あのとき咲千は気を失っていた。
「具体的にどこの匂いを嗅いだ?」
「ダアアアアー! やめましょう、そういう質問っ、もう済んだことですしぃぃぃ!?」
二柱の神のあいだに身を乗り出して、必死に話を遮る。
「それよりそれよりそれより! 魔の匂いといえば琴さん! どうして帝釈天さまはあの子が最初から怪しいとわかっていて身近に置いたんですか!?」
この話題は切り札となった。
帝釈天はばつが悪そうに眉をひそめる。
「それは……今となっては後悔していると言っただろう」
「退屈しのぎになるかなって、放っておいたって言ってましたもんね?」
「面白そうだから泳がせていたのは事実だ。だが、放置はしていない。あいつは最初から一人部屋に閉じ込め、ほかの天女に部屋には入れないようにしていた」
「そうだったんですか?」
ふと思い出すと……彼女は咲千の部屋にいつも窓から入ってきたのに気づいた。
「もしかしてドアから入ってこられないような仕組みになっていたとか?」
「ああそうだ」
「自信満々に言いましたけど、窓から普通に入ってきましたよ!? 穴だらけじゃないですか」
「その辺は持国が無理やりお前を城から連れ去ったとき、俺の封じに綻びを生じさせたせいだ」
ということは。
やはり持国天が事の元凶なのではないか。
同室の天女たちが穢されて命を失ったのも、咲千が持国天に拉致された日の出来事だ。
あそこで彼が帝釈天の守りを突破するなりして咲千を連れ出したせいで、琴が自由に活動できるようになってしまったらしかった。
「お前は本当に余計なことをした!」
「も、申し訳ございませぬ、主……」
また話が戻ってしまった。
修羅場を回避するために、咲千は慌てる。
(なんか別の話題に変えないと!)
最後に身近にふれあった四天王、多聞天の顔が浮かんだので、彼をスケープゴートにさせてもらう。
「そういえば多聞天さまのこと、わたしは本当に女性なんだと思い込んでいました! お名前も毘毘さんなんて言うから、すっかり天女仲間さんなのかと」
「毘毘さんだと?」
どうやら帝釈天の興味を引いたようだ。
話題を持国天の糾弾から逸らせたみたいで、ほっとする。
「そうなんです。毘毘さんって呼ぶように言われて。思い返してみれば、別名が『毘沙門天』さまだから『毘毘』さんだったんですね」
「……」
「あれ、どうしました?」
なぜか帝釈天は下を向いて小刻みに震えている。
主の異変だと言うのに、持国天は不思議と無言で立ち上がった。
まるで自分は無関係ですとばかり顔をそむけ、そそくさと去っていってしまう。
いつもしつこいくせに、逃げるが勝ちだとばかりの素早さだ。
(え? なに? どうしたの、これ)
おかしな反応に、帝釈天の顔を覗き込もうとしたときだった。彼はがばっと顔を上げ、咲千の両手首を摑んでくる。
「きゃっ」
その目は赤らんで、怒りに燃えていた。
「いつの間にそんなに親しくなった!」
「はいぃ!?」
「なぜ愛称などで気安く呼んでいるのだ! そもそもあいつ、お前を囮にして阿修羅城へ乗り込んだのだった。咎め立てせねば。多聞!! 姿を現せ」
「ちょっと待……」
咲千が止める間もなく、呼ばれた多聞天がどこからともなく姿を現した。
かつての墨染の天女のなりはしておらず、黒の鎧に身を固めた美麗な軍神姿で帝釈天の前に膝をつく。
「お呼びでございますか」
「ああ呼んだ。お前を厳しく罰せねばならぬと思ってな。なぜかはわかるな」
地を這うような怖ろしい声で問いただされて、多聞天はひゅっと喉を鳴らす。
わずかに視線を泳がせ、そして観念したようにがっくりと肩を落とした。
「……申し訳ございません。あれは事故でございました」
「事故だと? なにを言っている。お前が自分で考えて起こした行動だろうが」
「まさか。誓って事故でございます」
「嘘をつくな。あんな事故があってたまるか」
「嘘ではございません。下心など一切ございませんでした。なぜならわたしは、彼女にふれるまであのように柔らかで甘美な感覚は知らなかったのですから!!」
(……待って)
ものすごく嫌な予感がする。
帝釈天も同様だったらしい。鼻先に深い皺を刻んだ。
「多聞、お前なにを言っているのだ?」
「ですから、わたしは誓って無実でございます。シャチさんの胸をさわったのは卑猥な出来心からではなく、あくまで事故です!」
真面目な多聞天は、空に響き渡る大声でとんでもないことを言ってのけたのだった。




