光の抱擁
【第27話】
持国天は、広目天の非難めいた指摘にも開き直る。
「そもそもなぜ主はこやつに執着しているのだ?」
「知らないよ。直接訊けば?」
「おぬしならなんでも見通しておるだろう」
「オレにだって見えないことはあるよ。そのお姉さんの正体とかね」
二柱の視線が同時にこちらへ向く。
(わたしの正体……?)
どういう意味なのか。
持国天がずっと疑っていた『魔の者』かもしれないという疑惑のことだろうか。
「おぬしも思うところがあるようだな」
「なんか気になるんだよね。目が離せないっていうか、それはわかる」
(転生したばっかりだから、振る舞いとかが変なのかな?)
そういえば咲千から見て、同期の琴もやはり他の天女と違って見える。
そういう感じなのかもしれない。
「我は主のそばに怪しいやつを置くわけにはゆかぬ」
「言いたいことはわかるけど、主は干渉するなと言っていたはずだよ」
「そうは言うが我は、主のためを思って」
「ねえ、やめない? きっと持国、墓穴を掘るよ」
「なに」
広目天の第三の目が、ぎらりと光る。
少年っぽかった面差しが急に冴え、大人びて見えた。
「わからない? 主と同じくらい持国もその子に執着してる」
(え……)
咲千から見て、背を向けている持国天の表情は見えない。
だが、彼の肩は動揺に震えていた。
饒舌な彼が言葉を一切発しなくなったのも、心の乱れを示しているようだった。
広目天は額に手をやり、すっと第三の目を閉じる。
そして、見知った少年めいた人懐っこい面差しに戻った。
「じゃあ、お姉さんは善見城へ戻ろうか」
「あ……はい」
「大丈夫。外は暗いけど、主が光の道を作ってくれているから、そこを辿っていって」
「……わかりました」
訊きたいことがあるような気がしたけれど、帝釈天が咲千を探しているのだという。
ならば、なにを置いても駆けつけなくてはいけない――、そんな焦燥感がつのった。
自然と脚が動き、部屋を出る。
気づけば身体は宙に浮き、飛んでいた。
近くに見つけた窓をくぐると、稲妻のような鮮烈な光の明滅が空を彩っている。
(これが帝釈天さまの光の道……。わたしのための)
なぜだか胸がいっぱいになって、なにかがあふれそうになった。
ふわりと羽衣をたなびかせ、光へ向かって飛んでいく。
(帝釈天さま……)
彼の清浄な瞳を思い出したら、居ても立っても居られなかった。
一本筋の光の向こうに、夜の帳の中でもなお金色に輝く善見城が見えた。
東天からはずいぶん遠くに見えるが、全然苦にならない気がする。
無我夢中で光の中を進んだ。
ふいに、タンポポの綿毛のような真っ白のつぶつぶが降ってくる。
(風花?)
思わず速度を緩めたとたん、隕石かと見間違うほどの凄まじい光度を放つなにかが現れた。
「シャチ!」
聞きなれた声と呼び方。
あっと思ったときには……身体が抱きすくめられていた。
「シャチ、大事ないか!?」
「帝、釈天さま……」
まだ夜が明けたわけではない。
それなのに、真夏の太陽が昇ったみたいに目の前が明るかった。
辺りの気温もぐんと上昇したような錯覚がする。
(わたし……なんだか、変かも……)
帰ってこられて安堵したような、でも、胸がどきどきして苦しいような、相反する不可思議な想いが全身を駆け巡り、頭を沸騰させる。
「兜率天から戻ったら、お前がいないから」
「はい」
「最悪の事態を想像した。なにか異変が起こり、お前が滅したのかと。俺のいないところで――動揺した」
(動揺……帝釈天さまが?)
いつだって自信満々で鬼畜で俺様な神サマが、咲千の姿が見えなかっただけでこんなに慌てるなんて。
「自分でもまさかと思った。お前の存在が、俺の心をこれほど乱すとは」
帝釈天は固い抱擁をほどくと、真正面から咲千を覗き込んできた。
「ちゃんと顔を見せろ」
(この目……)
見つめられたら、逸らせない。
日輪のごとく輝く金の瞳の中に、咲千がいる。
彼の瞳に映しだされた自分は、今にも泣きそうな情けない顔をしていた。
「賢上城へ連れ去られたと聞いたが、誠か?」
「はい」
「なにをされた?」
(……されてないけど)
無理やり連れていかれはしたものの、持国天はなにかを強いてきたりはしなかった。
咲千が死にかけたせいで、疑いは晴れたのだから。
(でも、死にかけたことは言わないほうがよさそう)
帝釈天と四天王との関係になにかあってはよくない気がした。
少し考えてから、無難な返答をする。
「よくわからないのですが、琵琶を聞かされました」
「それだけか」
「あとは、なんとか印? とか言って床を指して、呪文を唱えてきましたが、特になにも起こりませんでした」
「そうか」
納得はしていなそうだったが、帝釈天はそれ以上つっこんで訊いてはこなかった。
もしかすると、わざわざ咲千に語らせなくても、ある程度はわかっているのかもしれない。
「帰るか」
彼はいたわるような手つきで咲千の髪を撫でてきた。
不思議と、持国天に感じたような不快感はなかった。
「はい」
「殊勝院へ」
さらりと言われて、自然にうなずきかけ……たところで、咲千はカッと目を見開いた。
(殊勝院って帝釈天さまの部屋じゃん!)




