第7話 今回はお会い出来ましたね。
予期せぬトラブルはあったが、私達は寮の自室へ。
当然だが部屋は前回と同じ。
貴族の中でも次期王妃の私は特別に大きな部屋をあてがわれていた。
前回は広すぎる部屋に困惑したが、今回はこの部屋に合わせ特別に作らせた本棚と膨大な書物を運び入れていた。
書物は主に世界情勢について、アンロム王国とランネム王国の物が中心だった。
「アヌシー、頼んでいたのは?」
「もちろん用意出来てますわ」
椅子に腰掛け頼んでいた書類を受け取る。
自信ありげなアヌシー、これ期待していいの?
「...成る程」
意外にも書類は丁寧に詳しく書かれていた。
内容は王立学園に在籍する数人の学生や職員達について。
学園の名簿はネクシルに頼んで既に手に入れていたが更に詳しく知りたかったのだ。
なにしろ30年近く前の記憶しかない。
忘れている人が居るのは当然だけど重要な人物に関して早く思い出したかった。
前回お世話になった先輩やランネム王国の関係者、最初の戦争の時に参戦した人達。
「どうですか?」
アヌシーは紅茶を用意している。
その顔は得意満面『文句無いでしょ』そう言っているようだった。
「良く調べられてるわ、大変だったでしょ?」
「そりゃ大変でしたよ、一使用人が得られる情報なんて限られてますから」
今、気になる事を言ったわね。
「誰に協力して貰ったの?」
「あ...」
しまった顔をするアヌシー。
まさかとは思うが。
「アブドルに?」
「あ、その...はい」
やっぱりか。
まあ一人で調べろと言わなかったから仕方無いが。
「アブドルにお礼を言っといて」
「畏まりました」
アヌシーは明るい顔に。
調子の良いんだから、前世のアヌシーと全く別人ね。
これも前回との相違点かな?
「ん?」
再び報告書に目をやる私の目がある項目で止まった。
「これは?」
「お嬢様どうなさいました?」
「アヌシー、ハンナの使用人の名前が...」
「ハンナ?」
『誰だそいつ?』って顔だな。
「ハンナよ、ハンナ・アナスタシア。
ランネム王国侯爵令嬢の」
「ジョージ王太子の婚約者でアナスタシア様の事ですか?」
まだハンナとジョージは学園に来ていない。
前回の通りなら明後日、学園に着くだろう。
アヌシーがハンナの名前を聞いてもピンと来ないのも分かるけど隣国の王子の婚約者よ、ちゃんと名前まで覚えてなさい!
「そうよ、そのアナスタシアの使用人です」
小言は後にしよう。
苛立ちながらアヌシーに書類の名前を指した。
「[ラブドル・テンプシー18歳]、ですか」
それがどうしたって表情のアヌシー。
私の心は穏やかでは無い。
なぜなら前回ハンナが連れてきた使用人と名前が違うのだ。
これは私の記憶違いでは無い。
3年共に学園生活を送った親友の使用人なのだから。
「アヌシー、ラブドルさんは学園に来てるの?」
「先乗りで来ていると思います。
先日アナスタシア様の部屋に荷物が運び入れられてましたから」
ハンナの部屋は私の部屋から少し離れているが、彼女の部屋も特別室だった。
まだ確認してないが、おそらく前回と同じだろう。
「ラブドルさんの名前はアブドルから聞いたの?」
「そうです」
って事はアブドルが調べたのか。
...待って、[アブドル]と[ラブドル]?
それに姓がアブドルと同じ[テンプシー]
まさか?
「お嬢様、直接お聞きになっては?」
「直接ってアブドルに?」
「はい」
簡単にアヌシーは言うが、男子寮に居るアブドルと簡単に連絡が取れる訳無いでしょ?
入学式すら来週なのに。
それでなくても私は次期王妃として学園内で目立っているのだ。
私が他の男性を呼び出すなんて、あらぬ誤解の元になりかねない。
「大丈夫です」
「なにが?」
自信ありげにアヌシーは微笑む。
この自信はなんなの?
「行きましょう」
アヌシーは元気に立ち上がり私の洋服棚から服を取り出した。
「どうぞ」
アヌシーが取り出したのは稽古着、武術の稽古の時に着ていた物。
「これは?」
「稽古着です」
それは分かるよ。
「なぜ稽古着なの?」
「武術場に行くからです」
「は?」
「アブドル様はこの時間いつも鍛練されてますから」
もう何も言いたくない。
アヌシーはアブドルと何をしてるの?
「分かりました」
ドレスから稽古着に着替え、アヌシーに連れられて寮を出る。
この格好なら目立たないね、周りから私は使用人に見えているのだろう。
しばらく歩くと1つの建物に着いた。
「ここは?」
余り知らない建物だ。
この建物自体は知っていたが、前回は立ち入る事が無かった。
「武術場です」
「別の場所でしょ?」
武術場は学園の講堂にあった筈だ、ここは違う。
「お嬢様、ここは使用人の武術場ですから」
混乱する私を他所にアヌシーは微笑みを浮かべたまま中に。
私は部外者なのだが入って良いの?
「アブドル様はここでも鍛練をされてます。
実戦を学ぶにはここの方が良いと」
「へえ...」
学園に通う生徒の使用人は武芸に秀でた者が多い。
万が一の襲撃から主人を護る為だが、こんな場所に使用人専用の武術場があったなんて。
「どうですか?」
「広いわね」
中はとても広い空間が広がっていた。
さすがは王立学園、使用人の施設にも粗末さは感じない。
屋内の床には塵1つ落ちておらず、綺麗に磨かれていた。
壁には整頓された武具類、静謐な空気に包まれ気が引き締まる。
「居ませんね」
「そうね」
場内にアブドルの姿は見えない。
1人の女性が剣を振っていた。
「綺麗...」
思わずアヌシーが呟く。
私も同感、女性が持つのは細身の剣レイピア。
両手に握られたレイピアを振る姿は剣舞、まるで舞を踊っている様。
それでいて隙が無い、かなりの武芸者だ。
「素晴らしいです」
「え?」
一通りの型が終わり女性は腰を降ろした。
思わず駆け寄るアヌシーと私。
女性は驚いた表情で私達を見た。
「...綺麗」
女性の表情に今度は私が呟く。
彼女は美しいのだ。
汗の滲んだ顔はもちろん、無造作に括ったブロンドの髪、大きな瞳に長い手足、均整のとれた身体、なにより...
「...デカイ」
その先はアヌシーが呟いた。
「は?え?」
アヌシーの視線は女性の胸に釘付けだ。
私より遥かに大きな胸、よく邪魔にならない...ってアヌシーのバカ!
「すみません!」
アヌシーの頭を押さえつけ、私も頭を下げる。
不作法は駄目とさっき言ったばかりなのに!
「あの、貴女達は?」
女性の言葉に名乗ってなかった事を思い出した。
「失礼しました、私アンロム王国のマリア・サニットと申します。
この子は、」
「マリア様の使用人、アヌシー・ハンブルクです」
私達は改めて頭を下げた。
「....」
「あの?」
女性の様子がおかしい、私を見て真っ赤な顔で口をパクパクさせている。
「し、失礼しました!!」
女性は慌てて床に平伏した。
一体どうしたの?
「アヌシー、今日は早いな」
「アブドル様!」
聞き覚えのある声にアヌシーは歓喜の笑み。
本当に何してるの?
「アブドル」
「マ、マリア様!?」
焦るアブドルは慌てて膝を着き忠誠の姿勢をとるが、それより。
「アブドルなの?」
平伏していた女性がアブドルの名を呼ぶ。
「ラ、ラブドル姉さん...」
「え、嘘、アブドル様のお姉さま?」
そう言ってアヌシーは絶句し固まってしまった。
やはりハンナの使用人がアブドルの姉なんだ。
前回と変わってしまった事を改めて知ったのだった。