11
春菜の物珍しそうな視線を感じたのか、夏樹はちらりと春菜を見て、少し恥ずかしそうに目を逸らした。
「あー、その……。畏まられるのはあまり好きじゃなくて。少しでも気安くしてもらおうと思ってたら、なんかこんな感じになった」
「そうなんだ……。うん。私はそっちの方が好きだよ」
「うんうん。わたしもー」
突然の、春菜にしか聞こえない第三者の声。一緒に乗っていたとは思わずに、びくりと肩をふるわせる。勢いよく振り返れば、ふーちゃんが座っていた。椅子はもう余っていないので、床に正座している。
どうしよう、放って置いていいのかな、と春菜が困っていると、ふーちゃんは笑いながら手を振った。
「わたしのことは気にしなくていいからね。むしろほら、なっちゃんがびっくりしてるよ」
なっちゃんて。
「どうしたんだ? 何かあったか?」
「何でも無いよ。ちょっと、なんだろう、寒気がしただけ。うん」
「ふうん……。一応調べさせておくか」
「え」
何を、と驚く春菜の前で、あっという間のやり取りが交わされていった。
「なんか寒気がしたらしい」
「ほう。よからぬことを企んでいる馬鹿でもいたのですかな。調べさせましょう」
「よろしく。素人の勘ってのはなかなか馬鹿にできないからな」
「ええ、ええ。心得ておりますとも」
なんだこれ。ちょっと怖いぞこれ。来た道を調べる誰かでもいるのかな。
「まあ、あまり気にするなよ、春菜。なんかあったらこっちで処分するから」
「処分」
「おう」
こわい。
なんだか怖い話は忘れて、夏樹とゲームについて話していると、すぐに春菜の家にたどり着いた。ぎりぎり十時には間に合っていて、十分前だ。ただ、多分心配はさせているかなと思う。
春菜がワゴン車から降りて、夏樹に挨拶をしようと振り返る。何故か夏樹もワゴン車を降りた。
「え。どうしたの?」
「ん? いや、あたしが付き合わせたからな。挨拶」
「え」
困惑する春菜の目の前で、運転席の男もワゴン車を降りた。そのまま自宅のインターホンを押す。
『はい』
「夜分遅く申し訳ありません。春菜お嬢様をお送りさせて頂きました、藤堂家の使用人、山口と申します」
『え? え? あ、えっと……。お待ちください!』
すごく慌てている。まあ当然だ。正直自分も混乱中だ。
家のドアが勢いよく開かれて、母が飛び出してきた。今日はすでに帰ってきていたらしい父も一緒だ。
「ども。藤堂夏樹です。そちらの春菜さんと一緒に遊んでいて、ちょっと遅くなっちゃったんで送らせてもらいました」
「ええっと……。ご丁寧に、ありがとうございます……?」
父が頭を下げながら言う。母も慌ててそれに倣う。ある意味でこんな姿の両親は新鮮だ。
「春菜さんはちゃんと帰ろうとしてたんで、怒らないであげてください」
「あの、はい……。分かりました。もともと十時には間に合ってますし、はい、怒るつもりはありません」
しどろもどろだ。気持ちは分かる。夏樹も春菜と同じ制服なので一目では分からないだろうが、使用人なんている家だ。いわゆる上流階級の家だと予想できる。
説明しろ、という両親の視線に晒されて、春菜は冷や汗を流した。これは、とても、面倒だ。
「えっと……。夏樹。ありがとう。もう大丈夫だから」
「ん? そうか? それじゃ、あたしも帰るとするよ。また明日、学校でな」
「うん」
「ああ、もしも先生に今日のことでなんか言われたら、あたしに話を聞けって言っとけ。それで終わる」
「あ、はい」
先生からするとかなり厄介な生徒なんだろうなあ、と漠然と思った。いや、もしかすると、自分もその仲間入りなのではなかろうか。
走り去るワゴン車を見送っていると、春菜の肩を両親が叩いた。
「春菜に友達ができたことは純粋に喜ばしい。けれど、これ、どういうことかな?」
「あ、あはは……」
助けを求めてふーちゃんを探す。地面で笑い転げていた。役立たずだ。
春菜は肩を落として、両親と共に家に入ったのだった。
両親との話は、結構あっさりとしたものだった。両親はやっかいな人に目を付けられたのではと危惧していたらしい。そんなことはなくて、一緒にゲームをして仲良くなったことと、ゲームセンターでの出来事を話すと、とりあえずは安心してもらえた。
お風呂に入って、自室に戻って。とりあえずふーちゃんを睨み付けた。
「もう少し助けてほしかったよ」
「んー? うまくやってたじゃない」
「結果論だよ……」
「それでいいんだよ。気が合わない人と友達になっても仕方ないしね」
「気が合わなかったらどうするつもりだったの?」
「その時はその時さー」
けたけたと。ふーちゃんは楽しそうだ。なんだかお気楽そうで、少し羨ましくなってしまう。本人はそんなに気楽にできるはずがないというのに。
この子の元々の性格なのか。それとも、春菜が気負わないように気を遣ってくれているのか。春菜にはまだ分からない。
「あの子も春菜のことを気に入ったみたいだからね。きっとこの先、助けてくれるよ」
「…………」
それは、そうかもしれない。春菜が嫌がらせを受けていると知ったら、きっと夏樹は助けてくれるだろう。
でも、それはあの子が気付いたらだ。そして春菜は、自分から言うつもりはない。
せっかく仲良くなれたのだ。利用するようなことは、したくない。
「夏樹とは、友達でいたい」
そう春菜が言うと、それだけで察したらしく、ふーちゃんは一瞬だけ動きを止めた。
「あー……。なるほど。うん。春菜らしいね」
「ごめんね」
「うにゃ。春菜のいいところだよ。うん。春菜はそれでいいんだよ」
苦笑するふーちゃん。少しだけ申し訳なく思ってしまう。
けれど。それでも。利用はできない。全てが終わった放課後に、一緒に遊べる友達ができた。それだけで十分だ。それを楽しみにすれば、とても気が楽になる。
「とりあえず今日はもう遅いし、寝ようよ」
「うん。そうだね」
ふーちゃんに促されて、ベッドの中へ。そうして目を閉じて。
「うん。まあ、わたしは勝手にするのだ」
何故か背筋が寒くなった。気のせいだと思いたい。
壁|w・)誤字脱字の報告、感想などいただければ嬉しいです。
ではでは。




