第27話 開票の夜
午後八時。
投票箱が閉じられた。
その数秒後だった。
テレビ画面へ大きく文字が躍る。
【民自党 単独過半数を大きく上回る勢い】
民自党本部の十二階のホールに設置された開票センターでは、分刻みで慌ただしい動きが展開されていた。
開票時間の二十分前くらいから、開票センターには、選挙対策委員長の有賀、渡辺幹事長などの主要幹部が続々と開票センターに入り、各テレビ局のカメラや記者が見守る中、自らの席に着き、緊迫した空気のなかで午後8時を待っていた。
投票が締め切られると同時に、出口調査に基づく【当選確実】が報じられる。
モニター最上段。
真っ先に表示された。
【神崎孝一 当選確実】
開票センターの空気が一瞬止まった。
次の瞬間、
大きな拍手が起こった。
開票センターに集まっていた人々が「ほーっ」という驚嘆の声を出す。
神崎に続くように続々と民自党候補の当確のテロップが流れだした。
民自党の獲得議席の見込み過半数超えが、この瞬間に大枠として判明すると、モニター画面を観ていた有賀と渡辺は恵比須顔になった。
三井派は派閥全員が当選する勢いだった。
領袖である三井はさらに派閥の人数を増やすため、既に画策に動き出した。
品川は派閥で存在感を示し、過去最高の票を獲得すると予測された。女性議員の中でもトップに入るだろうと思われた。
ベテランぞろいの有賀派は明暗が分かれそうだった。ベテラン組の一部が苦戦している。大河原と武藤が難しい顔で票開票の行方を速報が入るたびに一喜一憂していた。
民自党の他の派閥や無派閥議員は概ね好調の出だしをしていた。
午後九時過ぎ、開票センターの扉が開いた。
「総理です」
誰かの声と同時に休日とは思えないほどきっちりとしたスーツ姿で神崎は開票センターに入った。
一斉に無数のフラッシュが神崎へ降り注いだ。
『たったいま、総理と中継が繋がりました』
一番くじを引いたテレビ局が生インタビューを始める。
『神崎総理、選挙戦を通じての手ごたえはいかがでしたでしょうか?』
「各地で歓迎していただきました。猫にも歓迎されました」
神崎がにこやかに答える。
会場に笑い声が漂い、開票センターの隅に控えていた鈴木の胃がしくしく痛んだ。
『先ほど一番に総理の当確がでました。お気持ちは』
「ありがたいですね。でも党の議席も大事ですから」
『その民自党の議席ですが、過半数を大きく上回る見込みですが』
「選挙は水ものですから、気を引き締めて見守っていきたいです」
『ありがとうございました。』
持ち時間がきたのか、インタビューが終わった。
神崎が改めて開票センター内を見回した。
開票センターに設けられた候補者名を書いたボードには、既に多くの赤いバラが付けられていた。
大河原に当確の文字がでた。
有賀がすぐに動き、神崎に赤いバラを渡す。神崎は受け取ると大河原の名前の上に赤いバラを付けた。
次々に当確が出る。
神崎は一本一本、当選者の名前を見ながら丁寧に赤いバラを付けていった。
まだバラがついていないのは、各党の重鎮や強固な地盤、党の顔ともなる議員と戦っている激戦区になっていた。その中には民自党の新人が挑んでいる選挙区もあったが、互角に戦っている状況だった。
激戦区の速報が入る。
「当確ラインはいくつだ」
有賀が渡辺に尋ねた。
「あの地区は定員が三名だったな。あと、千八百票がはいれば……」
「……頑張れ……」
神崎は思わず手を握り、真剣にモニターを見ていた。
ボードに赤いバラの花が次々に咲く。
神崎が応援に入った選挙区の候補者には赤いバラが既についていた。
先ほど話題になった選挙区で民自党は議席を獲得した。他の激戦区についても、追いつ追われつの戦いを繰り広げている。
「よし!取った!!」
「あと一歩だ……くそっ、駄目だったか」
「頑張れ、頑張れ」
すべての選挙区での結果は出ていないが、午後十一時前には議席数がほぼ決まった。
民自党は改選過半数を大きく上回る議席獲得が確実となった。
議席を減らすこととなった各党の党首たちの表情は引きつり、記者の鋭い追及に対して終始うつむき加減で、言葉を選びながら慎重に消え入るような声で答えていた。
神崎の記者会見が、開票センター内の特設ステージで正式の行われた。
開票センター内は拍手と笑顔に包まれ、和やかに進んでいた。
「総理、この結果に対して一言をお願いします」
「これほど議席が伸びるとは、私も予想していませんでした。皆さんが、自分で考えて投じた一票の重さを政治家として、党として、無駄にしてはいけないと感じています」
「内閣改造、党役員人事はどうなりますか?」
「人事は適材適所で白紙です」
「総理、勝利宣言を一言」
「今回の勝利はゴールではなく、スタートです。皆さんが頂いた信頼の票という強力な後押しを重く受け止め、特別国会で速やかに『お腹いっぱい食べて、笑える政治』を実現させていきたい。これからが本当の実行の時であり、私は国民の期待に誠実に応えるために、全力を尽くしていきたいと考えています。ありがとうございました」
拍手が起こったと同時に、
「万歳!」
という声が上がる。
次々に
「万歳!」
「万歳!」
と声が上がり、神崎も「万歳!」と両手を上げた。
神崎旋風は、普段政治に関心の薄い無党派層まで投票所へと向かわせた。最終的な投票率は約六十八パーセント。近年では異例の高水準となった。
万歳三唱が終わり、特設ステージを降りた直後、神崎は側に寄ってきた鈴木へ小声で尋ねた。
「もうご褒美のアイス、食べていいよね?」
「ハーゲンダッツですか?」
「うん」
「いま、何時だとお思いですか。深夜の間食は成人病の元です」
「頑張ったよね?一日くらいいいじゃないか!」
神崎が子どものようにむくれた。
「はぁっ……」
鈴木がため息を吐いたのに、神崎は嫌な予感がするとばかりに
「トマトサラダは要らないから!」
と先手を打った。
「私は、仕方ないですね。今日だけですよというつもりだったのですが……トマトサラダの方が良かったんですね、総理は」
鈴木が意地悪な笑みを浮かべる。
「鈴木、いじわる」
がっくりと神崎は肩を落とした。
「秘書なんて、そのくらいじゃないとやっていられないんです。特にあなたの秘書はね」
そう言って鈴木は、しょげた神崎の目の前にハーゲンダッツのカップを差し出した。
「今日は特別です」
「ありがとう!」
子どものように笑う総理を見て、鈴木は小さく肩をすくめる。
(……本当に、手のかかる人だ……)
だが、その笑顔を守るためなら、また胃薬を何箱飲もうとも構わない。
十二日間に及んだ選挙戦は、こうして幕を閉じた。
総選挙を終え、特別国会が召集された。
特別国会で再び内閣総理大臣に指名された神崎は、第二次神崎内閣を発足させた。
官房長官には三井耕造。少子化・女性活躍担当大臣には品川沙織を再任。有賀、武藤らも党役員として新体制を支えることとなった。
こうして、選挙のために担ぎ出されたはずの男は、本当の意味で日本という国の舵を握ることになった。
だが、選挙に勝ったからといって、政治が終わるわけではない。
少子高齢化、物価、社会保障、安全保障、外交、環境問題――。
神崎の机には、国内外の難題が文字どおり山積みになっていた。
そんなある日の総理執務室。
神崎は国際情勢についてまとめられた資料を眺めながら、ふと思いついたように顔を上げた。
「ねぇ、鈴木」
「なんでしょう」
「紛争を『国別ゆるキャラ対抗戦』にできないかな?」
「んぐっ?!」
神崎の斜め上過ぎる考えに、鈴木は飲んでいた胃薬で窒息しかけた。
苦しさの余りパッケージを思わず握り潰す。
「それだと、戦費も人命も助かるよね」
「できるわけないでしょうが!!」
鈴木の怒鳴り声が、今日も総理執務室に響き渡った。
第二次神崎内閣は、どうやら選挙戦以上に前途多難らしい。
最後までお読みいただきありがとうございました。
いかがでしたでしょうか?
評価やリアクションをいただければ嬉しいです。
第二次神崎内閣の直面する難問(?)を天然総理はどう乗り切るのか。秘書の鈴木の胃は保つのか。
どうなるのか……また、ご縁があればお会いしたいです。
ありがとうございました。




