第七十四話 ユールの縁談
「……ヤクール族との縁組か」
「ユールさんはいい人ですけどねぇ……」
そもそもうちで紹介できる女性がレイラとアイナぐらいしかいない。あの二人にヤクール族への嫁入りができるかと言うと……。
「レイラはちょっと難しいと思います……まだ若いですし、メディスン家の許可がないと」
「うむ。こちらに来て日も浅いし、教会名家の貴族の娘が異民族に嫁ぐのは問題があろう」
「となるとアイナさんですか?」
「あいつは性格的に難しいだろうなぁ……こう言うことは一度ドル爺に相談してみよう」
「そうですね」
――
「ふむ……ユール殿との縁談ですか。アムズフェルト家としては是非受けておきたい所ですな」
「うむ……だが、紹介できる女性がアイナぐらいしか居ないんだ」
「アイナで良いではないですか。アレなどもう嫁のもらい手もない行き遅れですぞ?」
「その言い方はちょっと……」
アイナは若く見えても旧アムズフェルト家臣。オレより5、6歳は上だからな……。
「しかしあいつにヤクール族の暮らしは無理だろう?」
ヤクーの世話をしながら草原を駆け、日夜糸を紡ぐアイナの姿……まるで想像できない。
「まぁそこは本人次第。とりあえず引き合わせて、ダメなら別の人を探せばよいでしょう」
「それもそうか」
とりあえずアイナにその気があるか聞いてみよう。
――
「私に縁談ですかっ!?」
「う、うむ」
想像以上の食いつきだった。
「ど、どなたですか!? おいくつ? もしかしてルキウス君とか?」
ルキウス……ファイエルンの若手か。こいつひょっとして年下好きか?
「いや……他所の家だ。年はどうかな……アイナよりは若いと思うが」
「若い! 良い家柄の方ですか?」
「うむ。性格は穏やかでアムズフェルト家とも懇意にしている」
「あ、ひょっとしてフーガ家ですか!? ジュナイブのお金持ちならすぐにでも――」
「落ち着け……相手はヤクール族、族長の息子ユールだ」
「……ヤクール?」
「そう、ヤクール」
しばしの沈黙の後、アイナはがっくりと肩を落とした。
「私……ちょっと用事を思い出しました……」
「まぁ待て。オレとて無理に嫁げと言うつもりはない。一度で会って話をするだけでいい」
「えー……なんで私なんですか?」
他にちょうど良い女がいないだけなんだが……。
「ユールに見合う気立ての良い女性がアイナしか思いつかなかったのだ」
「そうですか? まぁそうですねー……ユールさんもいい人だとは思いますから……まぁお話するだけなら……」
「おお、それは良かった。じゃあ今度夕食にでも呼ぶとしよう」
――
晩餐にユールを招き、アイナとブランドルを交えて食事会が開かれた。
「赤鷲の宴への招待、感謝します」
「ど、どうも……アクアライナと申します」
アクアライナは一張羅の薄青いドレスを身に纏い、結った髪を抑えながら席に着いた。
ヤクール族に嫁ぐ気はさらさら無いが、アイナは結婚可能な12才から12年を優に過ぎている。いわゆる3週目の女である。
これまで良いなと思う人がいなかった訳では無いが、若い頃は魔法に明け暮れ、適齢期はアムズフェルト家のゴタゴタですっかり過ぎ去ってしまった。
例え相手が誰であれ、良い縁談を貰える機会は少ない。その焦りがアイナを必死にさせていた。
「アクアライナ……水使いの名ですね。とても美しい名。私ヤザルの子、ユールと名乗ります。部族の言葉で大きな家、意味します」
「ユールさん……よろしくお願いします」
仲人のヴィクトルがユールの事、アイナの事を軽く紹介し、この縁談で同盟の絆が深まることを語ったが、アイナにはまるで耳に入らなかった。
ユールは若く穏やかで、ヤクール族では珍しく言葉も達者。なにより結構イケメンだった。
アイナの心中はやや揺れていた。このまま行き遅れて、中年の後妻に収まるぐらいなら若く立場もある異民族の男性に嫁ぐのもありなのでは?
「アイナ? どうかしたのか?」
「あ、いえ、ちょっと考え事を……その、ヤクール族ってどんな暮らしをされてるのですか?」
「自然の精霊に感謝し、ヤクーと共に生き、アルゴスの山に眠ります」
「も、もうちょっと具体的に……」
「はい。太陽と共に目覚め、水を汲みます。ヤクーが水を飲んでる時にミルクを搾り、部族の女性は集まって食事を作ります」
「ふんふん」
「食事終わると、仕事します。子どもの世話、皮なめし、糸紡ぎ……やること沢山ありますが、忙しいことありません」
ちょっとメスゴブリンっぽいなとその場の全員が思った。
「でも……アイナさんは部族違います。都市の暮らししたい。違いますか?」
「それは……そうです。でもユールさんは長の息子さんですよね?」
「私、兄弟たくさんいます。長を継ぐなら、勇ましい弟の方がいい」
話が変わってきた。都市で暮らせるならありよりのありかも知れない。
「ただ……私は家族、とても大事です。ヤクーも家族。ヤクーは都市には留まれません」
そう、ヤクール族は遊牧民だ。暮らしを捨てない限り、都市でずっと暮らす分けにはいかない。
「ふむ……ならばアイナはここで暮らし、ヤクール族が南にいる間は伴に過ごせば良いので?」
「それって、アリなんですか?」
ユールは少し考えてから答えた。
「部族としてはあまり……ですが、そうやって外の女性と番うことはあります」
要するに遊び相手としてなら良くあるが、婚姻関係ではあまりないと。
「もしアイナさんがそれでも良ければ……ぜひこの縁談、進めてもらえませんか?」
にっこりと微笑むユールの一言。それは穏やかながら、紹介された女性を見初めたことを意味していた。
真っ赤になったアイナは、思わず酒を一気飲みして記憶を飛ばし……目覚めた時にはあれよあれよと話が進んでしまっていた。
「まずい……え、私ほんとに結婚するの?」
アイナがポツリと疑問を口にした時、頭にはユールの笑顔が過ぎり、ドキンと高鳴る胸の鼓動を感じた。




